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ミステリと呼ぶ流れ(トム・ミードの「死と奇術師」)


 駄洒落なタイトルにしてすみません。
 公開中の映画「ミステリと言う勿れ」に関する ”note” ではありませんのでご了承ください!
 関係するのは「ミステリ」って言葉についてです。

 もともと「神秘」や「不思議」を表す "mystery" って言葉なんですが、小説のジャンルとして使われるのも一般的です。
 その場合、「ミステリー」と表記される時と「ミステリ」と表記される時があるんですが、この違いが気になることってありませんか?

 まあ、慣用に応じて "長音符(ー)" は省略する場合があるんで、どちらも間違いではないのですが、定義は定かではないものの、「ミステリ」と呼ばれる場合、いわゆる「本格推理小説」を指すことがあるんです。(逆に「ミステリー」については、ハードボイルドやスパイもの、サスペンスなど様々なジャンルを含む "広義のミステリー" を指します。)
 「本格推理小説」ってのも緩やかな定義なんですが、ミステリーの中でも、古典的な ”謎解き” がメインの小説で、"トリック" や "探偵" など、名探偵ホームズやポアロを思い出させる構造をもった小説をイメージすれば間違いはないかと思います。

 今回は、今年、私が出会った一冊の ”ミステリ” 本について ”note” していきます。


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 「本格」とは何か?
 という議論は、80年代後半、綾辻行人さんの「十角館の殺人」を契機に巻き起こった ”新本格ムーヴメント” の際、かなり盛り上がった話題でした。
 ただ、正解は一つではなく、感じ方は微妙に違ってたりして、人それぞれの「本格」があるのです。

 そんなわけではあるんですが、私でも、これぞ「本格推理小説」だろうと、自信をもって言える本が、今年、ハヤカワのポケミスからリリースされました。

 それがトム・ミードの『死と奇術師』という本なんです。

 

 1936年、ロンドン。高名な心理学者リーズ博士が、自宅の書斎で何者かに殺されているのが発見された。
 現場は密室状態。凶器も見つからず、死の直前に博士を訪れた謎の男の正体もわからなかった。
 この不可能犯罪に元奇術師の探偵ジョセフ・スペクターが挑む。

 本のタイトルからしてクラシカルで、古典的な ”謎解き” 小説の香りがプンプンと漂ってますよね~
 この本、中身の方でも、いわゆる「本格推理小説」で定番のギミックが用いられているんです。


◎起きるのは「密室殺人」です。

 もちろん、起きるのは単なる殺人事件ではなく「密室殺人」です。
 しかも、ミステリファンにはお馴染みの「フェル博士の密室講義」も登場したりします。
 この「密室講義」というのは、”密室トリック”の名手と呼ばれたジョン・ディクスン・カーの『三つの棺』で、探偵役のフェル博士が事件を整理するために行った ”密室トリックの分類” のことです。


◎「読者への挑戦状」が挿入されます。

 エラリー・クイーンの ”国名シリーズ” などでお馴染みの「読者への挑戦状」が挿入されます。
 これは、物語中、犯人を推理する材料がそろった段階で、探偵が推理を披露する前に、作者から読者へ「犯人が推理できたか?」と差し込まれる挑戦状のことです。


◎解決編が袋とじです。

 今回、この本が特別だと感じたのは、実は、この ”袋とじ” があることなんです。
 ”袋とじ” と言っても、男性の夢が詰まった ”袋とじ” のことではなく、簡単に解決部分が見れないようにしてる本のことです。
 ミステリ好きの私なんですが、実は記念すべき ”初袋とじ本” でした。
 「読者への挑戦状」の後、自分なりに犯人やトリックを推理しながら、覚悟をもって ”袋とじ” 部分にハサミを入れたのです。(けっこうワクワクでした。)


◎あの時代のパスティーシュなんです。

 舞台となる時代は1936年です。
 英国ではアガサ・クリスティジョン・ディクスン・カー達が、そしてアメリカではエラリー・クイーンらが、今は古典と呼ばれる ”ミステリの名作” を次々と著し、「探偵小説の黄金期」と呼ばれた時代です。
 そんな時代を舞台にしたこの本には、ある種の ”パスティーシュ” を感じます。
  ”パスティーシュ” といっても特定の作家の作風を真似たのではなく、タイトルを含め、全体の雰囲気はジョン・ディクスン・カー、探偵役や「読者への挑戦状」などはエラリー・クイーン、そして解決編で明かされるトリックはアガサ・クリスティ(あくまで個人の感想ですよ。)なんかを感じるんです。
     これって、あの時代の名作たちへのオマージュなんだと思うんですよね。
 この本はきっと、「本格推理小説ファン」の手による「本格推理小説」なのです。

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 この『死と奇術師』は、ノベルス2段組みページの本なんですが、256ページしかないんで、適度な長さなんですよね。
 それぐらいの長さに収まるのは当然で、一人一人の登場人物について、大きなドラマはなく、人物が深掘りされることはないんです。
 謎を提示するために設定された登場人物といった風情で、まさに「本格推理小説」が揶揄される時に言われる ”人物が描けてない” ということなのかもしれません。
 そんなとこも、"パズラー" と呼ばれたり "クラシカル・フーダニット" と呼ばれる「本格推理小説」らしい本なのです。

 最後に、作者のトム・ミードは、島田荘司さんや綾辻行人さん、法月綸太郎さん、有栖川有栖さんなど、日本の作家にも影響を受けてるんです。
 そう思うと、日本の ”新本格ムーヴメント” がまいた種が、「本格推理小説」の発祥の地で花開いたのが、この『死と奇術師』だと思うんですよね。

 ぜひ、この純度の高い「本格推理小説」を楽しんでもらえればと思います。(併せて ”袋とじ” 体験も…)←やっぱそこッ?!


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 冒頭で触れた「ミステリと言う勿れ」について、”ミステリー” でなく ”ミステリ” を使っていると考えると、”ただの 謎解き小説 ではないですよ!” って意味なのかもしれませんね。



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