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小川洋子の小宇宙

 Ogawa Yoko


 不思議と魅かれる作品
 静かだけど、強い引力を秘めた物語

 自分にとってそんな印象の作品を作り続けている作家さん

 それが小川洋子さんなのです。

 いつも読んでるわけではないのですが、ときどき無性に読みたくなる作家さんなのです。
 今回は、そんな小川洋子さんの作品について”note”します。


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 自分が初めて小川洋子作品に触れたのは、本屋大賞作品『博士の愛した数式』(2003年)だったのですが、どこかノスタルジックで、静謐な物語に魅かれて、他の作品も読み始めたのです。

 と、いっても、氏のすべての作品を読んでいるわけではないので、自分の既読作品の中からの紹介となります。


 実は、小川作品のタイトルは、ちょっと怖い感じのものも少なくないんですよね。
 少し歪な世界観というか、グロテスクなフリークの蠢く世界みたいなものも描かれてたりするのですが、読んでみると、気持ち悪いわけではなく、なぜか静か感じなんですよね。
 なので、タイトルで違和感を感じても、読んでみると、いつの間にか世界に引き込まれているののです。


『密やかな結晶』(1994年)

 その島では多くのものが徐々に消滅していき、一緒に人々の心も衰弱していった。
 鳥、香水、ラムネ、左足。記憶狩りによって、静かに消滅が進んでいく島で、わたしは小説家として言葉を紡いでいた。少しずつ空洞が増え、心が薄くなっていくことを意識しながらも、消滅を阻止する方法もなく、新しい日常に慣れていく日々。しかしある日、「小説」までもが消滅してしまった。

 英訳版が発行されると、2019年「全米図書賞」翻訳部門最終候補作や、2020年「ブッカー国際賞」最終候補作に選出されたりして、え、そんなに海外での評価が高いの?と驚きました。
 けっこう初期の作品なのですが、これも『博士の愛した数式』と同じように記憶にまつわる物語なのです。
 でも、世界観はすごく大きいです。


『寡黙な死骸 みだらな弔い』(1998年)

 息子を亡くした女が洋菓子屋を訪れ、鞄職人は心臓を採寸する。内科医の白衣から秘密がこぼれ落ち、拷問博物館でベンガル虎が息絶える―時計塔のある街にちりばめられた、密やかで残酷な弔いの儀式。

 こういう、なんか怖い系のタイトルの本があるのも小川洋子さんの特徴ですが、けっしてホラーではなくファンタジーなのです。
 この作品は、時計塔のある街を中心にした、いろんな弔いの連作短編集。
 この連作という手法は、小川作品に時々見られる形式で、それぞれを読んでいくと、何か、違った世界がうっすらと姿を見せるのです。


『ブラフマンの埋葬』(2004年)

 ある出版社の社長の遺言によって、あらゆる種類の創作活動に励む芸術家に仕事場を提供している〈創作者の家〉。その家の世話をする僕の元にブラフマンはやってきた――。サンスクリット語で「謎」を意味する名前を与えられた、愛すべき生き物と触れ合い、見守りつづけたひと夏の物語。

 タイトルからは、何の物語か、全く想像できないと思いますし、ブックレビューを読んでも、やっぱり分からないw
 そもそもブラフマンって何だ?って感じなのですが、読むと、きっとブラフマンが好きになります。
 短い作品なので、日曜の午後にどうぞって感じの作品です。


『猫を抱いて象と泳ぐ』(2009年)

 「大きくなること、それは悲劇である」。
 この箴言を胸に十一歳の身体のまま成長を止めた少年は、からくり人形を操りチェスを指すリトル・アリョーヒンとなる。盤面の海に無限の可能性を見出す彼は、いつしか「盤下の詩人」として奇跡のような棋譜を生み出す。

 これもまた、タイトルからは何の話か、まったく分からないですよね。
 イメージとしては、小川洋子版エレファント・マンみたいな感じかな、救いはないのですが、静かな感動が押し寄せる作品で、自分が小川作品でお薦めとしたい一冊なのです。


『人質の朗読会』(2011年)

 遠く隔絶された場所から、彼らの声は届いた―慎み深い拍手で始まる朗読会。祈りにも似たその行為に耳を澄ませるのは、人質たちと見張り役の犯人、そして…。人生のささやかな一場面が鮮やかに甦る。それは絶望ではなく、今日を生きるための物語。

 これはタイトル通りの物語。
 でも、どういうこと?って感じですよね。
 ゲリラによる誘拐事件に巻き込まれた8人が、拘束生活の中で自らの体験談を語る連作集の構成になっています。
 可愛いカバー画に騙されてはいけない、ちょっとブラックだけど、生と死を感じさせる一冊なのです。


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 小川作品を読むと、いつも不思議な世界へ迷い込んだ気持ちにさせられるんです。でも、決してイヤな感じではないのです。
 迷いながら、自分はどこにたどり着けるんだろうと、それが楽しみだったりするのです。
 たどり着いた場所は、自分で思っていなかった場所だったり、どこにもたどり着いてなかったりすることばかりなのですが、そういう、予定調和のない世界が、小川作品の小宇宙なのです。

 多分、予定調和を求める人には違和感しかないのかもしれませんが、そんな不思議な世界を漂うのも、読書の醍醐味のひとつだと思うのです。



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