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どんなに世界的な事でも個人的な事にはかなわないんだ。 - VA-11 HALL-Aと私 -

 自分の周りの世界が死であふれていて、辛さにあえぐ人々がいて、そして一向に改善の兆しが見えない、むしろ悪化すらしているような状況であっても私たちは昨日遊んだ友人のことや、過去の恥ずかしい経験やトラウマ、恋人との関係などの個人的な事ばかり気が向いてしまう。今日のタイトルのもとになった発言をしてくれたゲームの開発者は「世界レベルでどんなに大問題が起きていても、人間は自分の中の個人的な問題を大きく感じてしまう」と インタビューで述べた。今日紹介するこれはゲームだけれでもどこかどうしようもなくパーソナルで不思議な体験を与えてくれるそんなゲームだ。


Time to mix drinks and change lives.
一日を変え、一生を変えるカクテルを! 

 そんな一言でこのゲームは始まる。

 そう、このゲームはバーテンダーになり、バーにやってくるお客さんにカクテルを出し、お話をする。ただそれだけのゲームだ。このゲームの舞台であるグリッチシティはコテコテのサイバーパンク世界で、住人は当然のように体を機械化したり、ナノマシンを入れたりするし、人間と同じような生活を送るアンドロイドも暮らしているような世界だ。そしてサイバーパンクといったら監視社会といわれるぐらい、この世界でも各住人の体に入ったナノマシンを経由して監視や弾圧が行われているし、加えて当然のようにフェイクニュース、暴動、汚職も横行している。率直に言ってひどい世界だ。そんな中で主人公の”ジル”は場末のバーにしばしの休息を取りに来た人たちにひと時の幸せを作り出す仕事をしているというストーリーだ。

 ここに来るお客さんの種類は様々でそのどれもが魅力にあふれている。話せば話すほど、話を聞いている自分がのめりこんでいくのを感じる。敏腕美人ハッカーのアルマ、フェイクニュース常習犯メディア編集長のドノヴァンから、ドリルツインテにドレスに眼帯という属性のハッピーセットのステラ、幼い見た目を利用してセックスワークを営むアンドロイドのドロシー。誰もかれも深い背景とそれだけで一本別のゲームが作れるような人生を歩んでいる。

 私が好きなキャラクターの中にトンデモ飛ばし記事を出しまくる悪徳メディア編集長のドノヴァンという人間がいる。先ほどのちらりといったが、このメディアは年がら年中ゴシップと本当かどうかわからないようなトンデモ記事を出しまくるメディアだ(ちなみに実際にゲーム中から記事が読める)。そんなメディアの編集長をしているドノヴァンだが、当然のように嫌な奴なのである。バーでは大物ずらするし、セクハラもしまくるし…っと上げればきりが無いぐらいひどい人物だ。

彼がドノヴァン、いかにもな風貌である。

 「え?これで好きなキャラクターっておかしくない?」といわれるような説明だが、彼は意外と憎めないおっさんなのだ。

 ドノヴァンもあんな横暴な態度でふるまっているが、彼なりに色々考えての行動なのだ。もともと典型的なゴシップ詩だったドノヴァンのメディアはある時からそれを読んでいる読者が「刺激的」な記事を掲載するたびに大変PVが伸びることに気づいた。はじめは「おばあさんが犬を助けた」というような話がから始まり、それでは「刺激」が足りないため、次は「おばあさんが車にひかれそう」となり、挙句の果てには死ぬようになった。

 ドノヴァンももはや事実からかけ離れた報道をすることに一メディア人として嫌悪感をもってはいたが、会社に投資している投資家たちには厳格に成果を要求される以上もはやどうしようもなかった。結局誰が悪いなどという単純な問題ではなく、様々な相互作用の中でドノヴァンも役を割り振られてしまったのだ。

 そういった彼なりの矜持と世界のはざまに彼はいて、その中で小さく奮闘している彼が私は好きで、このゲームの奥深さの一端を表しているエピソードで好きだ。

 このように多くの登場人物と主人公は触れ合っていく。はじめはお客さんとしてくる彼らとの非常に多岐にわたるジャンルの会話を繰り広げているが、後半は主人公たる”ジル”の内面に迫っていくことになる。

 転換のきっかけはジルとジルの思い人であるボスとサシで飲むイベントだ。このイベントは不思議なイベントでゲーム中なのに自分で缶ビールをあおるボタンがある。ゲーム中に缶ビールを主人公に飲ませることができるというのは大変ちんちくりんな体験だが、そこには不思議な没入感があるのだ。現実でもしゃべることがなくなってしまい、その気まずさに耐えかねて何かを口に含むことはよくあるが、まさかそれをゲームで体験するという奇妙な経験ができる。

飲みボタンが存在するゲームがかつてあっただろうか…?

 ジルとボスがサシ飲みをしているさなかにも、グリッチシティでは大規模な暴動の前兆や、お客さんが事件に巻き込まれていたりと、ゲームスタート時よりも社会情勢は悪化している。そして追い打ちをかけるかのようにジルに対しても死別してしまった元カノの妹が突然手紙をよこしてきて全く仕事に集中できなくなってしまったりと個人や社会、多くのものが混沌に飲まれていく。

 普通こういったゲームであれば、主人公はドラクエの勇者が世界の敵である魔王を倒すように、社会に対してアプローチをかけて解決のために立ち向かうというストーリーになっていく行くだろう。しかし、このゲームは違う。むしろ主人公にとっては世間のそんなごたごたよりも、過去の自分が彼女にしてあげられなかったことや、元カノの妹と仲直りすることのほうがはるかに重要で、重い課題なのだ。

 実際に私たちだってそうじゃないか?東日本大震災時も、今現在のコロナウイルスのような災害で世界は大混乱し、政府も対応がうまくいかず、オリンピックがどうなるかすらわからないような今があっても、日々の生活を送る私たちにとって目が向くことは、明日の会議の資料作りだったり、気になるあの人との仲だったりそんなパーソナルな物事で占められているではないか。普段ゲームをやってるときに感じている「この人はやっぱりキャラクターなんだな」という感覚をこのゲームは圧倒的な人物描写のリアリティーで吹き飛ばしてしまった。まさにそこに人格を持った「人」がいることを私はこの目で見たのだった。

 ゲームの中に人を見るというのはあまりにも不思議な経験であるのと同時に違う世界が本当に存在することの確信でもあり、救いであった。世間のいろいろな辛さが蔓延する中にいて、それなのにどうしても自分のことで精一杯になってしまう自分がこの世にただ一人ではなくて、同じことを感じ、考える人がゲームの中にも、そしてこれを生み出した世界にもいるのだと知れて私はとても救われたし、プレイしたその日とその後を大きく様変わりさせるようなゲームだった。


Time to mix drinks and change lives.
一日を変え、一生を変えるカクテルを! 


#心に残ったゲーム #VA-11 HALL-A

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