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Quick Bread

“Quick Bread”と聞いて、何を想像するだろうか。私は、甘くなくて、味付けもほとんどない、もさもさとしたパンを想像した。だって、”Quick”に食べるパンって、特別においしいわけがない。第一、一番安かった。

節約生活をしているためできる限りお昼ご飯も家で作るようにしているのだが、その日はどうしても外で買う必要があった。昼に用が重なり、やっと時間ができたのが2:00ごろだったのだ。すっかり腹が減って戦ができない状態になっており、一番近くにあった大学のカフェに喉から手が出る思いで入った。そこにはパンの棚があって、ベーグルやらマフィンやらが色々と売られていた。ただ、どれも3ドルほどはしてしまう。「高いなぁ」そう思いながら値段表を見ていると、他と比べて唯一、低い値段設定のものがある。Quick Bread。なんだこれは...。聞いたこともない。しかし、一番安い以上、私が手に入れるべきパンはQuick Breadで決まりだ。しかし、いくつも種類のあるパンの中でどれがQuick Breadなのか見当が付かない。それでも、これはベーグル、これはシナモンなんちゃら、これはホウレンソウホニャララ...と打ち消していくと、一つだけが残った。四角い茶色いパン。「ほう、もしやこれがQuick Breadか」手に取り、茶色い紙袋に入れる。レジにもっていくと、袋の外から形を見て、 “Quick Bread?”と聞かれる。自信はないが、頭をひねった結果の結論なので、間違っていたらごめんなさいと思いつつも “Yes” と言う。”It’s $1.99. Would you like your receipt?” 軽やかに会計を済ませ、やっとありつける。

あまりにおなかが空いていたのでむしゃむしゃと一気に食べてしまった。はぁおいしかった。しっとりとしたバナナ味のパウンドケーキみたいなものだった。おなかを少し満たせたことで安心し、ここでQuick Breadについてはしばらくすっかり忘れてしまう。

数か月後、急にQuick Breadのことを思い出し、食べたくて仕方がなくなってしまった。大学内のスーパーのパンコーナーに行ってみる。Quick bread, quick bread… 「ない…。」がっくりし、たまたま右方向のカフェに目を移すと、なんとQuick Breadらしきものがレジのすぐ横に並んでいる!足早にそちらに行き、一番大きなQuick Breadを手に取り、無事購入。今回はレモン味だが価格は安定の$1.99。スーパーから出るや否や、食べ始めてしまう。しっとりとした生地にしみ込んだ、ギルティーな甘いレモン風味の味。「お、おいしい...」

そのあたりからすっかりQuick Breadオタクになってしまった。雪の日の朝、カフェに向かう途中で、朝食の代わりにQuick Breadを買って食べる。色々なことに疲れてしまったのに、お気に入りの紅茶のお店が空いていなかった日に、Quick Breadを買って食べる。食べたくてどうしようもなくなったときに、Quick Breadを買って食べる。

あるとき、Quick BreadはTea Breadとも呼ばれることを知った。確かに紅茶に合う味だ。しかし、私はどうしてもQuick Breadと呼びたいし、Tea BreadオタクではなくQuick Breadオタクでいたい。だって、Quick Breadという地味な名前からは想像もつかない、このおいしさに惹かれているのだから!

Quick Breadは決して「甘くなくて、味付けもほとんどない、もさもさとしたパン」ではない。アメリカで太ってしまうことを懸念している身としてはあまり食べすぎるわけにはいかないのだが、しばらくは自分へのご褒美としてときどき食べることだろう。

みなさんもシアトルに来たら、Quick Bread、試してみてくださいな。

*2019年2月17日のエッセイ


海外生活経験や、自然に関する研究等を通して培ってきた私なりの視点で、ほっと一息つけるような楽しいエッセイを書いていきたいと思っています。支援いただけましたら、ぜひ活動の幅を広げるために最大限使わせていただきます。