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はじまりのはなし…孤独感③

「小さな小さな…光の粒…私はまるで蛍の呼吸のようにゆっくりと弱々しく、なんとも頼りなく瞬いていました。
周りは見渡す限り真っ暗闇で…何一つ無い物静かな場所でした。そんな空間では、私と言う一粒なんて、いつふとした瞬間に闇と同化して消えてしまっても、決して不思議ではありませんでした」

よくもまぁ…ここまですらすらと言葉が出て来るなぁと毎回関心してしまう。
彼女がはじまりの話を語る時は、決まってベッドに仰向けになったまま、天井の一点をじーっと凝視しながら、まるで本を読み聞かせるように黙々と喋る。
僕が彼女からはじまりの話を聞かさせるのは、一体何回目になるだろう…僕自身、最初は彼女のこの話をちゃんと受け止める事が出来ずに聞き流しているような状態だった。ただ、何度か聞いている内に彼女が適当に話しているのではなく、一字一句同じ事を話している事に気が付いた。

それから僕はB5サイズの大学ノートに彼女の言葉を書き記す様になった。大学ノートなんて何年振りに買っただろう…これは、彼女の病気の為?…経過観察?…いや、恐らく自分勝手な好奇心からだろう。
彼女に見つかってしまったら、彼女は何て言うだろう…彼女は自分が話した内容である事に、気が付く事が出来るだろうか?

びっしり書かれたノートは、既に2冊目に突入した。彼女の頭の一体何処にこんな話が記憶されていたのだろう?やっぱり彼女とは異なる何かが語っているのだろうか?

「私はどんな気持ちだったと思いますか?」

「えっ?」

「私が光の粒だった頃…どんな気持ちでいたと思いますか?」

「どんな気持ちだったの?」

僕は彼女の話を否定する事も、肯定する事もしない…してはいけない様な感覚がある。
兎にも角にも聞き役に徹して、毎回同じ様に答えている。

「寂しかった…寂しくて、寂しくて…寂しくて、寂しくて…寂しくて、寂しくて」

毎回寂しくてを81回唱えている…9×9なのか?回数に意味はあるのだろうか?
ただ、彼女がとても寂しかったということは痛い程に伝わってくる。

しかし、それが光の粒だった頃の記憶とは僕には思えない…彼女から溢れているその寂しさは、最愛の母を亡くした事が原因だろう。
母子家庭で育った彼女にとってお母さんが、どれだけ偉大な存在だったか…寂しさのその深さは計り知れない…気が狂ってはじまりの話なんて幻想を語っても何も不思議はない。

「私は一人ぼっちだったんです。それは一瞬のような、永遠のような…その頃は時間という概念もなく、一瞬と永遠には違いがありませんでした。それだけにその寂しさは老いる事なく常に新鮮でした」

彼女は学生時代、ずっと鍵っ子だったという…僕も両親が共働きであった為にずっと鍵っ子だった。
家に帰って誰も居ないあの静かな部屋の寂しさを僕も彼女も体験している。彼女に惹かれていったのは、何処か自分と境遇が似ていたからなのかもしれない。
同じような孤独感がまるで磁石のように、僕達をくっつけたのだろうか?
大人になっても鍵っ子は、あの頃の寂しさが残っているのかもしれない…

小学生の頃は、家に帰ってお母さんが居る家庭が羨ましかった。料理上手なお母さんがいる友達の家に遊びに行って、彼のお母さんが手作りしたドーナッツを食べた時の事は忘れられない。それはほんのりシナモンが香っていて、周りに粉砂糖がたっぷりと掛かっていて、甘くて美味しくて…初めて味わった嫉妬の味だった。それから大人になった今でも、自分から進んでドーナッツを食べる事はない。

「私ね、鍵はいつも首から掛けてたんだぁ」

「直ぐに落としたり、忘れたりしそうだからね…」

「お母さんみたいな事言うね…でも、あの頃はどうしてもスヌーピーのキーホルダーが欲しくて、お母さんに絶対失くさないからって、駄々こねて…無理に強請ったりしたなぁ〜」

「結局、買って貰った?」

「キーホルダーは買って貰ったけど、鍵は首から掛けてなさいって…」

僕の初恋の人は、赤い毛糸に結び付けた鍵を首から提げていた。背が高く大人っぽくて、無愛想だけど、笑うと八重歯がチャーミングな男勝りのサバサバした女の子だった。

その娘は、毎晩自分で夕食を作っていると聞いた事がある。僕も鍵っ子ではあったが、夕食は朝に母親が作ったものを温め直して食べるくらいで、自分で作った事はなかった。

小学生で既に自立していたその娘が、僕のとっては憧れの存在で…それでも、好きという気持ちとは裏腹に、僕はその娘のスカートを捲ったり、鍵の付いた赤い毛糸を引っ張ったり、悪戯ばかりしていた。
大人になった今でも、あの娘の事を思い出す時がある。あの娘は今、どこで何をしているんだろう?そう言えば、学校の帰り道…あの娘はいつも一人ぼっちだった様な気がする。

「私、先生にね。ネックレスをするなって怒られた事があるの…」

「えっ…ネックレスじゃなくて鍵を付けた紐か何かでしょ?」

「そう、勘違いされちゃって…先生は謝ってくれたんだけど、それからクラスメイトに揶揄われる様になっちゃって…」

「どんな風に?」

「オシャレ泥棒って言われたり…」

「それ、褒め言葉?」

「今思うと笑い話かも知れないけど、その頃は傷付いたんだよ。未だにピアスや指輪は着けられても、ネックレスだけはどうしても着けられないし…」

彼女とは似た者同士じゃないと思う…類似点も多いが、相反する所も多い。それでも何故か、気が合うと言うか…懐かしい感じがする。
その居心地の良さからか、彼女に別れを告げられたにも関わらず、僕は週に4回から5回は面会に行って、彼女の語るはじまりの話を聞き込んでいる。

「この世界の根底には孤独があり、孤独があらゆる事象の起因となっているのです。その何かが圧倒的に欠如した感覚が引き合い、求め合う事が、この世の理を支えているのです」


続く

#小説 #躁鬱病 #はじまり #病院 #記憶 #孤独 #根源

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