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“満ちてゆく”もの。


この世に生まれ落ちた瞬間から、
命はすでに死を孕んでいる。
そして、
どんな出逢いにも
必ず別れが含まれている。
意思を持って別れようとするのか、
あるいは死によって分けられてしまうのか、
理由は様々だけれど
これは抗うことのできない生きるものの宿命だ。
清々しいまでに平等なこと。


✴︎


藤井風さんの新曲
"満ちてゆく"(Over flowing)の
MVが公開された。
映画のサントラとしてオファーを受けたこの曲は
ラブソングとして書かれたものであるらしい。
けれどもMVはそれとは違う物語として、
描かれている。
それを観て感じたことや想いを
書き残しておこうと思う。

これは解釈の正しさや誤り、考察などではなく、
私なりの言葉でしかないものだ。
どちらかというと、
曲の作りや歌そのものよりも、
MVとしての感想になっている。
公開された時のyoutubeのコメント欄をみても、
そうした感想が多かったように思う。
なぜそうなるのかというと、
映画監督による映画仕立てのMVだから
なのだろう。
藤井風さんもその脚本に真摯に応え、
素晴らしい作品にしようとする姿勢が
伝わってきた。
藤井風さんは、やはり憑依体質の人なのだ。

✴︎

このMVには
あの『若くて美しい、いつもの』藤井風さんは
あまり出てこない。
登場からすでに年老いた姿で、
車椅子を操りながら雪道を行くのだった。
思いがけないシーンに息を呑み、胸が詰まった。
誰もがいつかはこの日々を迎える。
それは藤井風さんであっても例外ではない。
無論、私たちもだ。


顔に刻まれた皺や白髪混じりの髪、
丸くなった背中。
文字を書く時に頁に添えられた左手の指先は、
力無く曲がっている。
もうすぐこの世を去る予感の中にいる
藤井老人は、
日記あるいは自分の物語を綴りながら、
過去を振り返っているのだった。


画像はすべてMVより。



歳をとると、
何かと回想することが多くなるようだ。
若い頃の栄光、ときめき、挫折、失敗。
それらが今の自分をかたち作り、
ここまで導いてきたのだと知る。
今の自分は、過去の集大成だ。
どう生きてきたかの答え合わせを、
人生の最後に迫られることになる。
それに悔いるのか満足するのかは、
その人の生きてきた過程次第なのだと思う。
どんな人生なら正しい、
などというものでもない。
藤井老人は
手帳にどんな最終章を書き込んだのだろう。

人は時に人生の荒波に翻弄される、
孤独な存在だ。
ひとりきりで大海原を漂う心許なさは
歳をとるほど身に沁みる。
そんな自分の心を支えてくれるものがあるとすれば、それは無償の愛の記憶なのかもしれない。
どんな自分でも無条件に愛してくれた人がいた
という事実が、
どれほど安らぎを与えてくれることか。
今は目の前に存在していなくても、
揺らいで消えて届かないように思えても、
その面影が自分の中に棲んでいることは
真実。


この女性の光の当たる横顔が美しく
とても印象的だった

✴︎

藤井風さんは
『愛されるために愛すのは悲劇』
だと歌った。
愛だと思い込んでいるものを掴んだら最後、
失いたくなくてしがみつくほどに
大切なものがこぼれ落ちてゆく感触は、 
ざらりとしていて擦り傷を負う。
囲い込もうとすればするほど、
中身は小さくなって減ってゆく。
それはきっと愛の正体でない。
見返りや執着や依存とは違う次元のものを
愛と呼ぶのだろう。

コメントのなかでも風さんは
『愛は求めるものではなく
すでに持っているもの。
与えれば与えるほど満ちてゆくもの』
だと言った。
いま、風さんの心は、
溢れるほどの愛で満たされているのだろうか。
藤井風さんが音楽している姿を観ていると、
まさに風さんの言うところの『愛』を
世界中に分け与えているのだと思える。
歌えば歌うほど彼が満ちてゆくのなら、
幸せなことだ。
そうあってほしいと願っている。
世界を愛で満たすために
音楽家として生まれてきたのだとしたら、
藤井風さんの使命はまだまだ続いてゆく筈だ。



MVという名のショートムービーを観て、
あの世へ旅立つ時のことを思った。
その時は軽やかでありたい。
心を縛るものから解き放たれて、
自由にふわっと身軽になって浮かんで、
空へと還ってゆけるようでありたい。
そうあるためにはやはり
愛を分け与えていくことが大切なのだ。


何しろ、最近の巷のMVにはない、
滋味のあるものだった。
藤井風さんの可能性の広がりを
このようなかたちで見せつけられる
(魅せつけられる)ことになるとは、
思いもしなかった。
観る前の自分には、
もう戻れないのだ。



(歌詞もとても素敵だ。
その中でも特に
個人的にグッときたポイントを記す。

空好きな私としては
『晴れてゆく空も荒れてゆく空も
僕らは愛でてゆく』
という詞が胸にふわっと広がった。

日々、
空を見上げている私もまさに
晴れ空も曇り空も
夕空も星月夜も
太陽が昇る明けの空も愛でているので
本当に嬉しかった)




#満ちてゆく #藤井風
#音楽レビュー  

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