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星さらい。#シロクマ文芸部


銀河売りが屋台を引いて僕らの街にやってくるのは、夏の夜と決まっていた。
夕立が引いた後のぬかるみが固まって
少しでこぼこする道を、
屋台はぎしぎしと進んでくる。
屋台の庇に吊るされた銀河入りの袋が
揺れるたびに、
中の星々がこすれ合って
ほろろほろろと音を立てる。
母さんは、
ああもうそんな季節なんだねえ、
と呟きながら、
団扇で風を作っては耳を澄ましていた。
「草市。銀河をひと袋買ってきておくれよ」
母さんは浴衣の帯に捩じ込んであった財布を取り出すと、僕の手に小銭を握らせた。
「銀河売りについて行ったりするんじゃないよ」
「わかったよ」
母さんが何かを欲しがることが嬉しくて、
僕は急いで下駄をつっかけて表へ出た。
ちょうど屋台が水菓子屋の角を曲がるところだったので、僕は慌てて声をかけた。
「銀河売りのおじさん、銀河をひとつ頂戴」
しんとした夜の街に僕の声が響いて、
驚いた野良犬が吠えだした。
銀河売りはゆっくりと屋台を止めた。
「いらっしゃい。さあ、好きなのを選びな」
うながされるままに銀河の入った袋に触れて、
矯めつ眇めつした。
こちらのは少し大きめの星が入っている。
手前の袋の中身の星は小さいけれど、
ずっしりと詰まっている。
散々迷った挙句、
僕は小さな星がたくさん詰まった袋を指さして
「これにする」
と言った。
銀河売りはその袋の紐を杭から外し
僕に差し出した。
僕は母さんから預かってきた小銭を手渡した。
「おや。これじゃあこの銀河を買うには
ちと足りないよ。この金額で買えるのは
これだけだ」
銀河売りは腰に結んでいた小さな麻袋を取って
僕に見せた。
それは手のひらにすっぽり収まるほどの
小ぶりな袋だったので、僕はがっかりした。
「もっとたくさん銀河の入ったやつが
ほしいのかい?」
僕は大きく頷いた。
「じゃあ自分で銀河を攫いにいったらいい」
「そんなことできるの?」
「ああ」
銀河売りが言うにはこうだ。
月のない夜に、
天上の淵に梯子をかけて空へ昇る。
そこで銀ぎつねの尾の毛で編んだざるを使って
河の水を攫うと、
大小たくさんの銀河を
掬うことができるのだという。
しかも今夜は新月。
またとない良い機会なのだった。
「僕、銀河をとりにいきたい」
「そうかい、行く気になったのかい」
銀河売りはにやりとして
屋台の下から梯子を引っ張りだした。
それを暗い夜の空に向かって立てると、
ぐらつかないよう足場を確かめた。
梯子の先は果てしなく伸びていて、
僕は少し躊躇った。
「ほら、行った行った」
僕は銀河売りに言われるまま梯子を昇った。
行けども行けどもてっぺんにはなかなか辿りつかなかったが、僕は銀河がほしくて昇り続けた。
母さんの顔が心の中に浮かんでは消えた。
ようやく天上のほとりに着くと、
そこは眩いばかりの光に満ちていた。
足元の水を掬ってみると、
銀河がしゃらしゃらと美しい音色を立てた。
河の真ん中辺りまで歩いていって、
銀河売りから借りた銀ぎつねのざるを
水に浸した。
それから軽くゆすって持ち上げると、
色とりどりの煌めく銀河が
ざるの底に溜まっていた。
青白いのはひんやりとして、
琥珀色のは少し熱を帯びていた。
なんて美しいのだろう。
たくさん取って母さんへのお土産にしよう。
きっと喜ぶだろうな。
夢中で銀河を掬っては傍らの錫バケツに注いでいると、あっという間に満杯になった。
その時、闇夜の鴉が零時を告げた。
遥か下の方から銀河売りの声がした。
「おうい、そろそろバケツを下ろしてくれ」
よくみるとバケツの取っ手には縄が付いていて、
それを使ってバケツを下に送るようになっているらしかった。
慎重にバケツを下ろすと、銀河売りは中身を
ザアッと大きなたらいにあけた。
そしてまたバケツを手繰るように合図した。
いつのまにか夜中を過ぎていたので、
眼下にいる銀河売りに向かって叫んだ。
「僕、もう家へ帰るよ」
「何を言ってるんだい。お前は今日からずっと
そこで銀河を掬う仕事をするんだよ」
驚いて辺りを見回すと、梯子が消えていた。
「おじさん、梯子を寄越してよ。僕は帰りたい」
「いいや、そうはいかないね。銀河を攫えるのは子供だけなんだ。お前のような子供が来るのを待っていたのだから。さあ、どんどん銀河を掬いなさい。夏場は銀河がよく売れるからね」
家で僕の帰りを待っている母さんのことを思って、涙がこぼれた。
涙の雫が水のなかにちゃぽんと落ちると、
キラキラと光る銀河になって河底に沈んだ。
このたくさんの銀河の煌めきはすべて、
天上へ昇ってきた子供たちの涙でできているのだろうか。
恐ろしくなって、大声で母さんを呼んだ。
腹這いになって街を見下ろすと、
僕と母さんの家が見えた。
窓にはまだ明かりが灯っている。
母さんはきっと、
僕の帰りが遅いのを心配して
待っているのだろう。
「母さん」
僕は銀色の涙を流しながら、
母さんに届くように、
たくさんの銀河を掬っては
下界に下ろしていった。
ほろろほろろと、星が擦れ合う音が立った。


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小牧幸助さんの企画に
初めて参加させていただきました。
今回のお題は『銀河売り』とのことです。
ありがとうございました。
ちょっと緊張しました。
やり方が間違っていたらごめんなさい。


#シロクマ文芸部

文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。