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すずけん
2021年12月9日 16:47
終活が流行っています。それに伴いエンディングノート書き方講座、実用的な相続対策を学ぶ教室など、多くあります。かくいう私も「終活カウンセラー」と「終活ガイド」のふたつの資格を取得していて、実際に終活講師を務めたことも何度かあったりします。講師を務めるときに、お決まりのように伝えてきた言葉があります。「相続が争族にならぬよう、遺言をプレゼントとして残しましょう」遺言としての「エンディ
2021年12月15日 16:54
子どもは夫婦のかすがいと、よく聞くけれど、私にとっては父がかすがいなのでした。何の? 親子の。漢字で正確に書くと、それは「母娘の」。大切だった父亡き今、私は母と絶縁しています。それも心からせいせいしているのです。もう会わなくても良いと思っているし、あちらもそうなのでしょう、父の法事もあったであろうはずなのに音沙汰がありません。もしかしたら母の死に顔を見ても、まったく心が動かないかもしれない
2021年12月21日 15:10
自筆証書遺言を書き上げたとき、父は小さな細い声で呟きました。「ああ、これでほっとした」相続人全員が揃って見守る中、荒い息を整えながら。母は口には出しませんでしたが、その表情は必死に怒りを押し殺しているようでした。「妻のこの私がなんで全部もらえないのよ!」「どうして四分の一なのよ!」間違いなく、顔にはそう書かれていました。その表情を読みながら、私は思っていたのでした。
2022年1月11日 06:38
父が亡くなったとき猛烈に悲しかったのは間違いないのですが、一方でほっとしている自分もいました。「ああ、これでやっと実家から、母から解放される」 振り返ってみれば、母と私が争族人となった瞬間でもありました。 相続手続きの相談は知り合いの司法書士に少しずつしていましたが、土地の合筆と共有名義をどうするかについて、やむを得ず保留にいったん保留にしました。「私の土地のことでなんで娘のあん
2022年1月19日 18:20
「裁判にでも訴えろ」母の雇った行政書士に遺言執行者である私は、嘲笑混じりに言われました。私には何の知識もなく、味方となる人物もいやしないと、高を括っていたのでしょう。私のことを侮っていた母の台詞を信じたのだと思います。昔から、私が幼い子どもの頃から、母は私をずっと馬鹿にしていましたから。しかし打ちのめされた数日後、私は立ち上がりました。まず父の遺言書を読み返しました。それから病床にあ
2022年1月25日 17:29
千葉県庁の担当者、佐藤氏に先日電話を掛けました。初めての出会いから一年以上が経っています。「覚えていらっしゃいますか?」「はい、ご無沙汰しています。朝原行政書士の件ですよね」父の遺言を無視し、母と結託して私を悪者に仕立て上げた行政書士。彼のことを千葉県庁に告発しました。そのときの担当者が佐藤氏です。もう、とうに過去の事件になっていると思っていました。ところがそうではない、と彼女は
2022年1月28日 17:48
母に浴びせられた罵詈雑言の電話を「いい加減にして!」と切った直後から、彼女は私を四面楚歌にしようと動き始めました。「すずこ(著者)はひどい。私(母)がもらえるはずのダンナ(父)の遺産を横取りしようとしている」親戚はおろか、ご近所中に吹聴しまくったのでした。「お姉ちゃんの味方はもう、誰もいない」泣きながら電話を掛けてきた妹が話した通り、普段なら心配し連絡をくれるはずの祖母までもが、