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【短編小説】パパママごめんね僕はチェインギャング

 殺したくなるような夕暮れの赤い中を泥だらけのハイエナが歩く。
 自己紹介だよ、とヒデオは笑った。
「俺はいつだって善良さを探してるのさ」
 しかしヒデオは吸い殻を排水孔に投げ込んだ。曰く、地球は大きな灰皿だ。
「生きていると罪ばかりが増えていくから、バランスを取りたくて良いことをしようとするんだよ」
 そう言うヒデオの目は暗く、ローザは厭な顔をしないように務めた。
 ヒデオがそれに気付いていたかは分からなかった。


「俺は別にお前んとこの父ちゃんみたいに神様を信じている訳じゃないけどな」
「別にそこまで熱心じゃないよ」
「日々の祈りじゃ足りなくて寄付までしてるのに?」
「お母さんだって、お婆ちゃんが生きてた頃からお寺にそう言うのしてたけど、別にそう言うんじゃないと思う」
「閻魔様は信じてないってか」
 ヒデオは笑うと咳き込みながらまた煙草を咥えた。
 灰色の煙がぐるりと吐き出された。
 何度見ても紫色には見えないなとローザは思う。


「生きてると、そんなに悪いことをするの?」
 ローザが訊くと、ヒデオは笑って
「そりゃあそうだろう」
 と言った。
 ヒデオが煙草を吸い込むと、その先端がオレンジ色に光った。
「いいか、俺は悪いヤツだ。俺は嘘をついたり、物を盗んだりしてきた。世界が歪んでいるのは俺の罪のせいだよ」
 灰色の煙を吐きながらそう言うと、ヒデオは再び煙草の先端をオレンジ色に光らせた。


 ハヤトの財布、ヤンキーの腕時計、本屋の棚に並んだエロ本、ドラッグストアの整髪剤。
 ヒデオは今まで盗んだものを指折り数えた。
「別にどうしても欲しかった訳じゃない。そいつが持ってたから欲しかった訳でも無い」
 強いて言えば、暇だったんだ。
 ヒデオはそう言うと短くなった煙草を指で弾いて排水孔に飛ばした。
 煙草は排水孔の蓋に弾かれて車道に躍り出た。
「入ってないよ、煙草」
 ローザが言うと、ヒデオは厭な顔をして
「地球は灰皿だって言ってんだろ」
 と呟いて面倒くさそうに足で煙草を排水孔に落とした。


「別に金が無かった訳でもないしな。生まれつきの病気だとかを言い訳にもしない。だから、構わないさ」
「かまわないって、何が?」
「それが神様か閻魔様か分からないけど、死んだ後に最後の審判みたいなのがあって、そこで裁かれる時に言われる覚悟はできてるよ」
「だから良いことを探してるの?」
「たぶんな。怖いんだろ、俺は」
「地獄に落ちるのが?」
「どちらかと言うと、バランスを取れなかった事だろうな」
 ヒデオは煙草の中を握りつぶすとポケットに押し込んだ。


「窃盗罪、業務上横領、道路交通法違反。そんなのは目安に過ぎない。裁判になったら圧倒的に不利、と言うだけの話だ」
 ヒデオは小銭入れを開いて硬貨を取り出すと、自動販売機で缶コーヒーを買った。
「何か飲むか?」
 ローザは要らないと答えてから、これもバランスを取るための良いことなのだろうかと考えた。
 ヒデオの行動が全て善悪のバランスを取る為ならば、なぜ私と一緒にいるのだろうか。そう訊けば、ヒデオはきっと「好きだからだよ」と答えるだろう。


 それに嘘はない。
 ローザは知っている。
 人生に善悪の通帳みたいなものがあって、ヒデオが記帳した時は、私の欄になんて記入されるのだろうか。
 そんなことを考えてローザが笑うと、ヒデオはひと口飲んだ缶コーヒーを押し付ける様に渡して
「飲むか」
 と訊いた。

 ローザが飲んだ缶コーヒーはまるで薄い麦茶のような味だったが、しかしとても甘く感じられた。

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