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蛍の飛ぶ夜に。

父と二人で、ホタルを見た。

ふわぁ〜と舞うように飛び交うホタル。

私は、中学生だった。

「柊、ホタル見に行くか」

父のタバコ臭い軽トラに乗せてもらい、音量の大きいAMラジオが、時おりザッザザッとなりながら、真っ暗ででこぼこな山道を奥へと進む。山の中の水源地へ。
軽トラのハザードランプをたく。

カッチッ カッチッ カッチッ カッチッ

真っ暗な中に、オレンジが点滅する。

すると、ふわぁ〜と黄緑の小さな小さな光が舞い始める。

スーッと過ぎるもの。

フワフワと漂うもの。

ジッと留まるもの。

ぽーっぽーっと光っている。

「きれい、あっちにも、あんなとこにも」

木々の枝や、草の影から、ふぁ〜っと飛びたち、一つ二つ、三つ四つなどと言わず。

「昔はうちの周りにも、こんくらいおったになぁ」

家の周りの田んぼにまだ、水が張られ、稲が並んで植えられていたころ、この時期には二階の窓からでも見えるほど、ホタルがいた。
田んぼに、ぽーっと、あちらこちらに小さな光が点る。温度のない静かな光。小さな私は姉たちと「ホタル、ホタル!」とずっと見ていた。


一所に目を留めると、視界をふぁ〜と光がかすめて、はたとそちらを見れば、今度はまた他方でスーッと行き過ぎる。ホタルにからかわれているように、目をまるく首を急ぐ。

「柊、ほれ」

父の骨ばった手に、二つの小さな光が、同じ点滅でぽーっぽーっと点っている。

「わぁかわいい。飛んでいかんね」

と、道の先から大きなオレンジ色の光がやってきて
「ちょっと、そのハザード。
   そんなことしちゃいかん、ホタルが狂う」
水源地管理のおじさんだ。
「なんや、公さんやないか、あんたみたいな      人が、こんなことしてあかんに」
父はバツの悪そうに、「すまんすまん」とハザードをとめた。


ホタルは暗闇にフワフワ舞う。

「今日はよう飛ぶわ」

雨上がりの晴れた夜だった。

私にとって父は、怖い人だった。
商売をはじめて、仕事や町のあれこれに忙しく、家に居ることもあまりなく、たまに家にいるときは、プロ野球中継を見ながらビールを飲み、子どもが騒ぐと「うるさい」と一喝する父を、私は恐れていた。
行儀や言葉には厳しく、
「正座をして食べなさい」
「変な日本語を使うな」
とよく叱られていたからだ。

そんな父と、二人でホタルを見た。

「柊はホタルが好きだな」

この時期になると思い出す。

タバコ臭い軽トラと、骨ばった父の手と、
小さな小さなホタルの飛び交う夜を。

ぽーっぽーっと点る静かな記憶を。

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