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味のしないコーヒー|掌編小説(#シロクマ文芸部)

 ――本を書くように読む。

 もの書きに転職した友人が言った。意味が分からず、続きの言葉を待つ。

「書くことと読むことって同じなんだよ。文章を書くようになって一番変わったのが、実は読むことなんだ」

「変わったって、どんな風に?」

「本ってさ、どこかで誰かが、何かの目的で書いたものなんだよ。タバコを吸いながら、コーヒーを飲みながら書いたかもしれない。自分の部屋だったり、リビングだったり、寝室だったり、職場でこっそり書いたものかもしれない。自分のため、家族のため、人類のため、未来のため……とかね」

 ――もっともらしい御託並べやがって。

 喉元までせり上がってきた言葉を必死で飲み込む。

「読者にとって大事なのは、面白いかつまらないか、それだけだよ」

 友人は「そりゃそうだ」と笑った。

 ――ムカつく奴だ。

 2年前、友人は突然「作家を目指すよ」と宣言し、あっさりとサラリーマンを辞めた。

「頑張れよ」

 もちろん本心じゃない。頑張ってほしいなんて、これっぽっちも思ってない。

 どんな泣き言が飛び出すのか、ずっと待っていた。

 ――世の中そんなに甘くねぇよ。

 その言葉を浴びせるのを、ずっと待っていた。

 夢に向かって突っ走る友人の姿を、俺は味のしないコーヒーを飲みながら、苦々しく見つめている。

(了)


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