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(11) 一番槍は、 誰か?

 イタリア国内は勿論、世界中が騒然となる。10月末の総選挙の大勢が早々に判明した。最終的な得票結果が出るのは来月となるが、政権連立与党は各党がいずれも大敗し、下野が確定した。新政権は躍進したリベラル系の3党の連立が軸となり、そこへ7人全員がトップ当選を果たした、日本の政策踏襲を掲げた新社会党が加わり、4党による連立政権がイタリアの明日を担う公算となった。 新社会党には、外相と産業相のポストを考えていると、与党第一の党首が明かした。その発言を受けて、新社会党党首は、     「光栄です。この国の為に全力を尽くします。日本とアジア諸国とのパイプを作り上げ、強固な関係を結ぶのを最優先とします。EUはその後となります。まずは日本の全面的な支援を得て、この国の経済を立て直します」と述べた。「W杯の観戦で日本の首脳が来訪されますが、各国の首脳とのW杯外交とは異なり、日本の首脳陣を各地の工業地域にお連れし、産業の視察もしていただこうと考えております 」と別のメディアに吐露した。     イタリア各紙も「中国の一帯一路構想を完全に見限った我が国は、日本を新たなパートナーに選んだ。今回ばかりは成功の確率が極めて高い。イタリア国民は凡庸な既存の政治を見限り、最良の選択を取った」と、イタリア政界で大きなパワーシフトが生じた背景を、肯定的な論調で伝えていた。   イタリアの劇的な政権交代の報を受け、英米両国で立ち上がった新社会党候補者は勢いついた。例え10名の程度の議員でもキャスティングボードを握れる立場に立てるかもしれないからだ。今回の選挙では小さく立ち上げて、少しづつ大きな党に育てていこうと、学者・研究者を中心に賛同者を募っていた。プルシアンブルー社の次期社長の杜 樹里がローマ入りし、新社会党の当選議員達と会談し、記者会見に応じた。樹里副社長はプルシアンブルー社がイタリア・シチリア島に拠点を構えて、チュニジア、モロッコ、アルジェリア、リビアのアフリカ北部を含む、地中海各国の統括拠点と定めて、商業活動を推進してゆくと発表した。太陽光発電を中核としたエネルギーを利用した経済活動をメインに掲げて、製鉄工場、自転車製造工場のあるターラントに、地中海を航行する船舶を水素エンジンに置き換える改修用ドッグを新設すると述べた。追って、日本政府の首脳が訪伊した際には、農業、漁業の一次産業の活性化支援策を提案するだろうとまで先走りして言ってしまう。早速のイタリア新政権の擁護の姿勢をアピールすると、樹里 副社長は日本代表チームの合宿地、ギリシャ・イロアニアに向かい、市長と会談。データセンターとIT棟を同市内に建設し、プルシアンブルー社の地中海地域のIT拠点とする合意契約を交わした。そして、代表チームが宿泊しているパンボディス湖畔のスパホテルを買収し、Red StarHotelグループの傘下とした。プルシアンブルー社の出張社員の宿泊施設としてだけでなく、今後の日本のスポーツ・競技の欧州での合宿拠点ともなる。樹里が選挙後に直ぐにアクションを取ったとこで、地中海周辺国や欧州は震撼する。プルシアンブルー社の地中海経済の関与により、イタリア新政権がいきなり得点を上げたからだ。来月から始まるW杯で、唯でさえ観光収益が見込まれる上に、投資目的で視察に訪れる企業が出て来る。航空機に船舶まで水素エンジン化出来るのは、日本とイタリアだけとなり、必然的に受注が集中するだろう。ギリシャ西部にデータセンターを構えるのも、地中海全域でAIやロボットを投入してゆくという現れだと判断された。今後の参考例が日本、北朝鮮、ベネズエラにあるので容易にイメージが出来た。日本と北朝鮮の日本海沿岸都市で太陽光発電が伴うパターンを想像すれば良かった。それを地中海で行うのだろう。イタリアの株式市場が急騰していた。モリは自己所有している、セメント会社と航空機メーカー株を売却し、利潤を得た。その利潤を樹里の口座に送金する。樹里は代表チームの合宿も見ずに、トルコ、パキスタンの太陽光発電パネル工場と太陽光外壁パネル工場、水回り設備工場の建設状況の視察に向かう。先にモリが各国政府を訪問した際に、約したものだ。          ーーー                              「ロケットよりも、お爺ちゃんの御見舞でしょ。行こうよ、ベネズエラへ」フラウに言われて、ヴェロニカも踏ん切りがついた。コーチ陣に後を託して、2人で関空へ向かう。太朗にはフラウを連れてゆくので、ハサウェイと他の子達のパパ役をお願いする。そう伝えたあとで、「パパ役」と自身が発した言葉に少々胸が痛む。種子島宇宙センターからは太朗の子が居なくなる。搭乗手続きで妊娠3ヶ月と伝える。お腹は出ていないが、トイレが近いほうがありがたかった。家族はお腹の子が女の子だと知っている。フラウは妹の誕生を心待ちにしていた。「ハサウェイは薄情者だ。御見舞よりもロケットだってさ。妹はちゃんと家族思いの子に育てようね」と言ってから、驚く事を言った。「赤ちゃんの頃は、お爺ちゃんとあんなに会話してたのに・・」「え?だって、その頃はバンコクでしょう?パパはNYに居たのよ。それに、赤ちゃんがどうやって会話するのよ・・」「あっ、そうだったね・・」フラウが嘘をついているのが分かった。そんな所も、自分によく似ていた・・                             ーー                                モリが「何か」を設計しているのを、周囲は察していた。部品の設計図のようなのだが、そのデータには強力なセキュリティがかけられていた。サチが中身を見ようと何度もトライするのだが、どうしても開けない。あゆみも彩乃も、ほとほと困リ果て、日本にいるサミアなら何とかしてくれるかもしれないとSOSを出した。その内に、ファイル自体がごっそりとなくなっていた。消去されたデータを回復させようと、必死になって取り組んだのだが、出来なかった。「覗けないものなど、存在しない」と言われたサチが、初めてハッキングに失敗した。モリが何をやっているのかが分からないまま、日にちが過ぎてゆく。                         暫くしてサンクリストバルの小さな工場で、ネットワークから遮断した状態のロボット数体を使って「何か」を製造しているのが分かった。彩乃がその工場に潜入すると、作っているのはPCサーバのようだった。彩乃はITエンジニアだが、工業エンジニアではない。CPU,メモリ、コンデンサ、ダイオード、抵抗、コネクタ類といったPC内部の部品知識がある訳ではなかった。もし、彩乃がシステムの内部構造を写真で撮っていたなら、今後の状況は全く違うものになっていたかもしれない。                 サミアは、モリはどこかの国と仕事をしているのではないかと、悩んでいた。セキュリティプログラムが今までとは全く異なるものだった。コードや言語自体は一般的なものを利用しているのだが、セキュリティプログラムの構造自体が完全に未知のものだった。サチやAIがお手上げになったものは、サミアであろうが無理だった。イスラエルなのか、それともどこかの一企業によるものなのか、全く分からない。埒が明かないので本人に確認しようと時間を調整してネット会談を開いた。モリは開口一番で言った。「PCユニットを製造してるんだ。サッカー用のAIを載せて、スペックを落として検証している。4年後のW杯出場を目指してベネズエラ代表チームで使おうと思ってね」という。そういう事だったのか、とサミアはホッとした。それで安々と信じてしまうのもどうかと思うのだが。               ーーー                                  「工場の1室に、開発製造したPCユニットをラックに積み上げて、サッカー用AIを、ロボットのエンジニアと開発している」密偵の役割を姉のサチから命じられた彩乃は工場に潜入して、開発状況を度々チェックしていた。確かに、日本代表で使っているAIよりはスペックを落としたものを開発しており、サミアを始めとする各位には特に問題はないと報告していた。モリは彩乃がコソコソと嗅ぎ回っているのを知っていたので、彩乃が侵入するたびに待ち伏せしてマシン室で行為に及び、骨抜きにしていた。サッカー用AI開発は表向きで、別の製品の開発製造をしているのだが、娘達に知られる訳にはいかなかった。                           彩乃の報告の中で噛み合わない部分があるのをサチは感じていた。ロボット数台がメインのAIにアクセスせずに、数時間記録が無い時間帯が存在する。彩乃は「使っていないからログオフしているだけだよ」と一括りにしていた。もし、別のAIに繋いで稼働していたなら?と仮説を立てて、サチは勘ぐった。これだけのセキュリティを開発出来る組織ならば、出来るのではないだろうか。このログオフしている時間帯で、何かが行われているのではないかとサチは考えていた。 モリを信じ切っている自分と、疑う習性が身に付いてしまった自分とが葛藤していた。この日もハッキングを数時間続けて、やはり侵入できずに終わった。「先生は誰と組んでいるのか?このセキュリティプログラムは誰のものなのか」一向に分からないままだった。玲子とあゆみとパメラにも、閨の話として聞き出して貰うように依頼しているのだが、彩乃と同じで三人共なんの役にも立たなかった。玲子とパメラに至っては、妊娠したかもしれないと、密命をすっかり忘れて喜んでいる始末だった。こうなったら、妊娠はあり得ない実娘に期待するしかなかった。やがて、サチも追求するのを忘れてしまう。ロボットの無停止時間が無くなり、常時AIに接続されるようになっていた。実はその情報こそがダミーの情報で、モリの管理下のロボットは70体となり、それぞれが日本のシステムとは完全に別モノとなったシステムと連動して稼働し始めていた。70体のロボットは日本のAIにつながり、工場で作業をし続けながら、同時にベネズエラの新しい独自システムにも接続しながら、担当分野の設計図を作る、そんな2つのタスクを同時にこなしていた。停止時間帯に気付いたサチが、停止期間が無くなって、従来通りの動作に戻るまで、僅か5日だった。自分の考え過ぎだったかとサチが思い直した。1からシステムを立ち上げるのに、5日で済むとは誰も考えもしない。仮に、スパコンではなく、暫定的に利用され始めた量子コンピューターを使ったとしても、5日間はあり得ない時間軸だった。モリは、その新しいシステムを使って、ロボットと薬剤の開発を始めていた。自分達が使うだけなので、製薬の製造もあっという間で完了する。製薬に当たって、原料とそれぞれの成分量と、製薬自体の効能の情報は、何者かによって事前に知らされていた。                  ーーー                                 ベネズエラのカナモリ大統領代理とサクラダ外相兼、防衛大臣が会見を行っていた。2035年から、ベネズエラと中南米諸国は、日本との防衛協定から脱退するとカナモリが突然言い出したので、会見場に居た記者達は、一斉に立ち上がり、質問を求めて手を挙げた。この種の度肝を抜く発表は、ベネズエラとしては初めてだったかもしれない。ベネズエラ司令部が統括している自衛隊を、そのままベネズエラ軍へ移行するという。自衛隊に留まりたい自衛官は、いつでも希望する部隊に自由に帰任できる。また、自衛官がベネズエラ軍属に転ずるのも自由だと聞くと、記者たちは今までとの違いがよく判らなくなる。仮にベネズエラ軍属となっても、日本や東南アジアへの帰省は今まで通り継続できる。単身赴任手当も継続され、家族共々ベネズエラに居住せずとも構わないという。自衛隊の施設や兵器類は全てベネズエラ政府が買い取り、中南米諸国の防衛協定はそのままベネズエラ軍が担う。軍隊となるにあたり、国防省を設立し、サクラダ外相兼防衛大臣が外相兼国防大臣として、国防省とベネズエラ軍を統括する、とカナモリが発言すると、サクラダが後を継いで、爆弾発言をするので記者達は驚く。「ベネズエラ軍となりますので、ベネズエラ憲法に則り、自衛隊とは異なる戦力を保有する軍隊へと大幅に改編致します。今後、我が国はカリブ海、南米沿岸の大西洋、太平洋の海洋開発に乗り出して参ります。深海探査計画につきましては、改めて発表しますが、深海探査船で原子力ユニットを動力源として開発製造を進めております。今回の火星探査で使う原子力ユニットと、原子力潜水艦の推進技術を応用するものです。非核三原則から脱する為に、自衛隊とは袂を分かつのが主な理由となります。また、推進力、動力源としての原子力技術の向上に我が国は取り組んでまいります。現在バレンシア市の造船所で建設中の新ドッグで、原子力空母と原潜を今後10年間、毎年1隻づつ竣工する予定です。尚、ベネズエラで建造された巨大戦艦と空母を数隻のフリゲート艦が護衛しながら太平洋を試験航行中です。間もなく日本の海域、南鳥島沖に到達します。戦艦の名前は大和、空母の名前は加賀と命名しました。空母加賀の艦載機の中には、復刻生産した零戦と隼も搭載しています。プロペラ機の外観はそのままですが、内部仕様は水素エンジンの現代仕様機で、武器は搭載しておりません。この機体は市販機としても販売する予定です。次期ベネズエラ軍では訓練機や哨戒機等の用途で利用いたします。大和は太平洋艦隊の旗艦となります。今回は加賀と零戦共々日本各地を周遊する予定です。横須賀と呉では一般の方々向けに公開乗船会を予定しております。大和が90年経って,母港に帰還します、日本の皆さんはどうぞご期待下さい」櫻田が言い終わると、その船や戦闘機の名前の数々に、日本人記者だけが胸を熱くして反応していた。 ーー                                 このベネズエラの独立宣言とも言える発表に対し、日本政府は「ベネズエラ政府が決めたことに、口を出す権限は我が国にはありません。しかし、今後、自衛隊は中南米諸国の防衛を担う必要がなくなり、且つベネズエラ政府に大量の兵器をご購入頂きました。これは今後の防衛費の縮小にも大きく関わりますので、日本としては非常に助かります。ありがとうございました。また大和と加賀の日本寄港を、心よりお待ちしております」と防衛大臣が述べた。白々しくも聞こえ、既に内々で進めていた事案だったのを誰もが察する。G7各国は慌てた。ベネズエラ政府がしれっと軍拡に乗り出す姿勢を見せたので、特に米中が慌てる。米国にしてみれば、原子力空母とAI戦闘機のユニットをアメリカ海軍以上の10隻所有し、唯でさえ日本のディーゼル潜水艦が多数配備されている所に、行動範囲の広がる原潜10隻をベネズエラが保有するとなれば、海軍力では圧倒されるのは間違いない。それと、太平洋を航行して日本に向かっている空母打撃群を捕捉出来ずにいた。戦艦と空母、そしてフリゲート艦ともなれば、レーダーに映って然るべきだし、偵察衛星で追えるはずなのだが、未だに見つからずにいた。大型艦をステルス化する技術をベネズエラは実装しているのではないかと、恐ろしい推測が軍関係者から出ていた。中国も偵察衛星で捕捉しようとしていたのだが、見つけられずにいた。中国が怯えたのは、北朝鮮が独立国家に転じた場合だ。日本の憲法から逸脱するとなれば、ベネズエラと同じように北朝鮮軍が誕生する。当然ながら非核三原則には捕らわれない可能性がある。中国にとっても「明日は我が身」と言う訳だ。                        軍事ジャーナリスト達が、早速呼応する。ベネズエラも日本同様にAIを多用している国家だ。造船技術は既にAI化出来ているので、ドッグと設備が整えば、いつでもロボットによる竣工が始められる。ドイツと韓国のティッセンクルップ社の造船所で建造しているのと、同じ光景がベネズエラでも見れるだろうと先読みした。ベネズエラの新ドッグの完成は間もなくだ。既に戦艦や空母を建造できるドッグを持っているが、今後は複数の建造が可能だ、と衛星写真を元に報じる。その隣にある既存のドッグでは、巨大な主砲を複数持つ戦艦の建造が行われているのが写っていた。軍事マニアは、この建造中の軍艦の方に飛びついた。「大和・武蔵によく似ている!」という書き込みがネット上に溢れていた。「日本に向かっているのが大和なら、この建造中の戦艦は武蔵とでも言うのか?」と期待値と先読みが先行していた。   国家財政や国家予算の専門家達は、日本の防衛費が半減するのではないかと予想した。中東、アフリカ、中南米の防衛を担っているのは、ベネズエラ防衛省の管轄となっている。このエリアを引き続きベネズエラ軍が担うようになれば、日本はアジア地域だけを管轄するだけでよくなる。もし、兵器産業自体をベネズエラに任せるようになると、日本は必要な兵器をベネズエラから調達するだけでよくなる。造船と同じ原理だ。戦闘機だろうが戦車だろうが、日本で製造する必要は無くなる。生産ラインだけ用意できれば、ベネズエラが製造・販売できる。つまり、日本の憲法に極めて相応しい状態になってゆく。軍事的な箇所は全てベネズエラに移管できてしまうからだ。それも、兵器の無人化が実現できているのが大きい。軍人や自衛官を育成するには時間も費用も掛かるが、日本とベネズエラは軍人を増やす必要が無い。2035年度の日本の防衛予算がどの程度削減されるのか、焦点となってきた。ーーー                                 南鳥島沖に、ベネズエラからやってきた艦隊が海上自衛隊のヘリで確認された。自衛隊はこの時の映像を直ぐにマスコミに公開する。映像で見る限り、大和は主砲や艦橋といったものはオリジナルの配置に近いが、重火器類は無く、その代わりにミサイル発射口が大量に備わっているのがヘリの映像からでも分かった。加賀の方は、極めて現代的な空母だが、甲板にはプロペラ機が30機と、A-1戦闘機とHA-1戦闘機と共に駐機して居るのが確認できた。加賀にヘリが着艦すると、加賀の甲板から見た大和の映像が、一部の軍事マニアを熱狂させた。実際、ヘリで撮影していた自衛官は狂喜して、はしゃぎっぱなしだったので、音声は完全に消されていた。            ーーーー                                   日本からヴェロニカとフラウがやってきた。カラカスの私邸にやって来ると、モリが若返ったようにヴェロニカは感じた。「パパ、髪の毛、染めた?」所々に茶色い髪が見えるようになり、白髪頭にいい意味でアクセントになっていた。「いやいや、あの匂いは嫌いなんだ。ベネズエラが今月から乾季になって、暑くて短めに散髪したんだ。毛根の方がまだ変色しきって無かったみたいなんだ。それが伸びただけじゃないかな?」「そうなんだ・・」頭に近づいてマジマジと見ると、短い毛は茶色ばかりだった。肌ツヤもいい感じだ。奥方達が開発している商品で、マメにスキンケアしているのかもしれない。 「どれ、じーちゃんに思いっきり蹴ってみないか?」と今度はフラウをけしかけている。フラウも自信があるので快諾して、2人でスパイクを履いて庭に出ていった。既に6ヶ月で、それなりにお腹の出てきた蛍と里子が、最近は食欲も旺盛なのよねと笑う。やはり3ヶ月の杏がニコニコしてちょこんと座っている。大統領府に出掛けて居る翔子と志乃も妊娠3ヶ月だという。そこで羨ましがっている自分に気が付いた。「あ、始まりましたね」杏が立ち上がって、サッシ越しに外を見るのでヴェロニカも立ち上がった。そこで驚いた。モリが太朗に見えた。40後半になった夫に・・。「やっぱり若返ったわよね?あの動きも60過ぎに見えないね・・」  「そうですね。お休みしたのが本当に良かったみたいで・・」杏が幸せそうに笑うので、嫉妬に近いもの・・いや、嫉妬そのものを感じた。フラウのそれなりのボールを難なくコントロールして、右足で大きくフィードする姿は、息子たちのプレーしている姿にそっくりだった。「こりゃダメだ。ワタシったら、思いっきり色眼鏡でパパを見てるぞ・・」と思って、ヴェロニカは思わず首を左右に振った。^                    ーー      ー                                 大統領府から仕事を終えた鮎と翔子、志乃、玲子、あゆみ、彩乃が帰ってくる。フラウが大喜びで皆を向かえる。ヴェロニカは鮎が若々しく、少しふっくらとした若々しいものを感じた。娘の蛍と並ぶと姉妹のように見える。モリといい、鮎といい、一体何があったのか?と首を傾ける。「どうしました?」玲子がヴェロニカに声を掛ける。「んー、鮎先生が若返ったよね。パパもだけど・・」「そうですか?毎日見てるので、違いが分かりません。あっ、でも・・」「でも?」「えっと、休暇のお陰なのか、先生の体力は昔みたいになりましたね」「体力?」「あ、その・・つまりですね・・」「ふむ。その体力回復のお陰で、レイコも妊婦になったんだね・・」「はい、おかげさまで」嬉しそうに笑う。パメラも2ヶ月だと言うので、来年は一斉に7人生まれる。そこにヴェロニカが産めば、孫が加わる・・相変わらずの、子だくさん。すごいぞ、パパ。                    ーーーー                              大和と加賀と命名されたベネズエラの現代戦艦と空母が東京湾に入ると、原子力船の入港に抗議する市民団体を乗せた船以上に、取材するマスコミが乗った大小様々な小型船が艦船の左右を並走していた。小型船舶から見上げる、艦の異様なまでの大きさに、90年も前にこれと同じサイズの艦を製造した当時の異常な状況に、記者達は今更ながらに気付く。同時に、首相が会見で何度も口にした、当時の日本の工業力に思いを馳せていた。艦隊が横須賀港に停泊すると、マスコミ向けの公開乗船会が始まる。明後日の日曜日は一般公開が行われる。今回の取材映像が各メディアから直ぐに公開される。外観はオリジナルだが、中身はハイテクの塊のような船だった。乗員がロボットしか居ないので、艦内に居住区画が無い。その代わりに多種多様なミサイルが所狭しと埋め込まれていた。ミサイルの種類は全てを見ることは出来ない。前方2門、後部に1門ある46センチ主砲は、オリジナルを踏襲しているが、能力は公表されなかった。砲口は封印されていて中を見ることが出来ない。動力源は原子力駆動とと水素タービンの2種で駆動し、デュアル駆動、シングル駆動と船速に応じて出力を可変できる。通常の航行時は水素タービンのみとなるが、今回は太平洋横断で双方の駆動装置の出力を様々なパターンを想定して船速を変化するテストを実施した。火星探査にも用いる原子力ユニットが発電する電力で水素と酸素を分離させ、生成された水素を燃料として利用する。つまり、燃料は不要だが、寄港時にバラストタンク内に水道水を注入する必要がある。乗員はロボットなので、食料は詰め込む必要が無い。今回の日本近海周遊時だけ、自衛官5名が乗船し、大和で寝起きする船室はその1部屋だけだ。加賀もそうだが、自衛隊が所有する訳にはいかないのは、誰もが理解した。空母・加賀も大和と同じ動力ユニットで駆動する、ウランと水道水がある限り、無寄港で航行できる艦だった。ゆくゆくは海水を浄水する装置を積む予定だと、ベネズエラの自衛官が説明する。加賀の甲板には零戦と隼がスラリと並んでいる。外観はオリジナルを忠実に再現しているが、プロペラの形状は現代のものとなり、コクピットと後部座席には現代の装置や計器類で占められている。実際に零式戦闘機と隼が水素エンジンを始動させてみせたが、実に静かなものだった。内覧会を終えた記者たちが、空母加賀の広大な甲板上に集まって、柳井首相と、防衛大臣の会見に臨んだ。                「そもそも、大和と加賀、それに零戦を復活させた背景には何か理由があるのでしょうか?リベラル系の日本とベネズエラの政権が、右派的な懐古主義や国威高揚を目指したとか・・そんな単純な理由ではないだろうというのは分かるのですが」とドイツ人の記者が尋ねた。            「貴国も日本と同じ敗戦国ですよね。ドイツは戦後ナチスの台頭を負の歴史と捉えて、反省を重ねて参りました。同じ三国同盟、当時は連合国からすれば、悪の枢軸国のようなものだったのでしょうね。ドイツが敗戦の反省を続ける一方で、日本とイタリアは反省などせず、逆に復古主義が台頭し、政治が右傾化しました。我々現政府に代わってからはドイツを見習って、先の大戦を軍部の暴走が原因であると断定し、反省と検証を今も続けております。同時に、軍を止める事が出来なかった日本という国家の構造的な問題を分析しながら、政策の立案をしています。日本で軍部が台頭した理由の一つとして、90年前の日本の工業力が、当時の大国のレベルに達していたからだと考えております。当時は軍事技術が全てと言っても過言ではないほど、技術の民間利用はされておりませんでしたが、それでも軍事技術と工業力が、日本の戦後復興の原動力となったのは、間違いありません。それはドイツもイタリアも同じだと思います。その敗戦国である日本が、何を血迷ったのか、火星に挑もうとしています。それも無人によるテクノロジーを駆使して挑もうとしています。プロジェクト名に、私はあえてあの艦と同じ、大和の名を付けました。単なる復刻が目的ではありません。現代の最新の技術を搭載して、必要な兵器として仕上げています。90年前に片道の燃料を積んで撃沈されに最後の航海へ出た大和は、建造している段階から、コンセプトとして既にオワコンでした。戦闘機が主流の時代となると、読み切れなかった軍部の判断力の無さと、軍艦主義を捨てきれない海軍首脳の無為無策が原因となったのです。負けるべくして起こした戦いに、日本は必然的に敗れました・・。私達は当時の、そして昭和・平成の日本政府ではありません。この空母打撃群を仮に我が国が有したとしても、零戦を製造したとしても、当時を美化し、右傾化の兆しだと受け止める方は最早いらっしゃらないでしょう。確かに、今の日本の憲法下で大和や武蔵、原子力空母や原潜を建造する事は出来ません。そこで、ベネズエラという抜け道を使って、原子力動力源を搭載した巨大戦艦と空母の実現をしてみたのです。核兵器を持たない日本・ベネズエラ連合の重要な抑止力の象徴として、あの生まれ変わった大和とこの加賀を据えました。無人航行能力とステルス機能を持たせて、強力な艦砲射撃能力に加えて、膨大な数のミサイルを搭載しています。この原子力空母に搭載するAI戦闘機とセットにすることで、空母打撃群としての能力は世界最強になったと自負しております。当然ながら、我々は侵略行為はしませんし、某国のように軍事力を威嚇行為には用いません。中南米諸国、アフリカ、中東の防衛を担う上で、どうしても必要な戦力だと捉えて、配備しようとしています。そんな大和であり加賀を、ベネズエラには10ヶ月足らずで建造してしまう能力があります。今現在も、大和と加賀の兄弟艦を建造中です。艦を増やしているのは各地域に最強の空母打撃群を配置する為です。確かに異様で、見ていても恐ろしいものを私も感じます。それでも、12年間に渡って、世界の人々から、自衛隊の平和活動を認めて頂きました。多くの国々と防衛提携を結ばせて頂きました。しかし、自衛隊という組織ではこれ以上の対応は最早限界という段階に至ったのです。これ以上の段階へ移行する為には、ベネズエラ軍に縋るしか、手段がありませんでした。     あの大和を、抑止力と位置づけると先程私は申し上げました。地球上に限らず、宇宙空間でも覇権を求めないという我が国の基本的な姿勢であり、決意でもあります。大和は兵器というよりも、人類の希望であり続けて欲しいと私個人は考えています。宇宙戦艦ヤマトのコンセプトをお借りして、希望の象徴として、令和の日本政府の決断として、あの巨大戦艦を開発致しました。何れ、我が国は大和の名を付けた宇宙船を建造いたします。戦艦ではないでしょうが、それこそ、全ての人類の希望であり、象徴となる宇宙船をご覧頂きます。あくまでですが、現代の技術力でベストなものが、あの令和の大和なのです・・」柳井首相が、思いの丈をいつまでも語っていた。 ー                                ー                                 大和厚木空港に各国の軍の要人を乗せたヘリが次々と到着する。9番機となるコスモゼロが音速ジャンボ機の背にドッキングしている。この背に乗っているコスモゼロを記者たちが囲んで撮影していた。種子島には島の周囲に豪華客船が停泊し、各国の政府関係者の今宵の宿泊施設となる。その客船を護衛するかのように、護衛艦やミサイル艦が停泊していた。佐世保基地からフリゲート艦2隻を伴いながら時代錯誤のような巨大戦艦と巨大空母がやって来た。あれが何という名前の船なのか、誰もが察した。だから鹿児島、種子島だったのかと人々は悟る。坊ノ岬の沖合に眠る巨大戦艦の現代版が、目の前に停泊していた。                         神奈川の大和空港と種子島宇宙センターの式典会場に入ると、立体映像のAI楽団が音を奏でていた。指揮を執っているのは、既に故人となっている日本人の名指揮者だった。会場に見事に共鳴する音も、会場の作りに合わせてAIがそれぞれチューニングして、専門の音響ホールに匹敵する音を出していた。着席して、誰もが音の調べに目を閉じる。この日の主役は日本のAIだった。演奏が一旦止んで、楽団の映像がフッと消えると、そこに柳井首相が立っていた。大和空港では阪本総督が目の前にいた。2人がそれぞれの場所で前口上を話し始める。ここまで日本が歩んできた道程を訥々と語り、2人が時折涙を流し、失礼と言って鼻をかみ、胸に込み上げてくるものがあると、黙して、暫しの間、天を仰いだ。大和空港には、旧横田基地、今の西東京空港から飛んできた、復刻した零戦、隼等の旧日本軍機が次々と着陸してくる。その映像が会場のオーロラビジョンに投影された。種子島に停泊している巨大戦艦が、46センチ主砲を連射して島にも音が鳴り響いた。決して過去を賛美するのではなく、日本の為に戦った兵士達へのレクイエムでもある。AI楽団が再び、演奏を始める。オーロラビジョンは2分割され、2箇所の出発前の状況を映し出した。先に零戦と隼が離陸してゆく。種子島では空母の甲板に止まっていた零戦がゆっくりと離陸してゆく。大和空港では零戦の後を追いかけるようにドッキング状態の音速旅客機がゆっくりと飛翔していった。種子島では打ち上げのカウントダウンが始まった。ロケットエンジンが点火されると、H-3ロケットが出力を上げてゆく。「・・3,2,1,発進」AIのカウントに合わせるようにロケットが轟音と共に打ち上がっていった。当時の衣装を纏ったパイロット達が敬礼しながら、ロケットと音速旅客機を見送る。ここから先は、一切人間の手はかからない。日本に工業化の素地を作ったのは、紛れもない日本軍だった。唯一の功とも言えよう。そして、戦後90年経って、日本はロボットを載せて火星を目指した。打ち上がリ、全てが終わると各会場ではAIが80年代のロックバンドを再現させた。3人組の英国のロックバンドだった。メンバーは全員、他界しているのだが、当時ヒットした曲を現代風にアレンジして演奏していた。その3人がテレビに出てきたので、テレビを見ていたモリはソファで仰け反った。曲は「高校教師 2034」と日本語タイトルが表示されている。左右ではモリが孕ませた当時の教え子たちが、笑いながら歌っていた。その情景を母親達が見て、腹を抱えて笑っている。世界中の人々が「何でこの曲なんだろう?」と思っていただろう。玲子と杏が左右でモリをがっちリとホールドして「Don’t stand , don’t stand so close to me」とリフレインし続けていた。このモリへの当てつけのような選曲は、柳井純子首相と阪本澄江総督によるものだった。  ーー                                   カリブ海、某島に1軒しかない大統領別荘のビーチで、あゆみと彩乃がフラウの手と足を持って、海の中に投げ込んだ。まだ小学生のフラウはそれなりに高く舞い、慌てたようにバタつく手足で、空をかきながら海面に落ちていった。浜辺で屋根付きのスペースで寝そべって子供たちを見ながら、隣のヴェロニカが大笑いしている。モリは3缶目のビールをクーラーバッグから取り出して、プルダウンして飲み始める。             「海の探査活動の理由は、やっぱり資源なのよね?」         「うん。今回ロケットに積んでいった資源衛星で、火星の資源は粗方、把握できる。その後、ロボット達が採掘方法を見出してくれるだろう。それでも実際に採掘が始まって、地球に運搬するまで、少なくとも5年は掛かるだろう。その間に、海底資源の発掘方法を見出そうじゃないか、っていうのが狙いだ。少なくともグアテマラの沖合にはレアメタルの大鉱脈が有るのが分かっている。ベネズエラのあっちの海には、石油とガスしかないけどね。逆に右隣のグラナダの海底には、ボーキサイトの鉱床がある。海底資源の量は地上に比べれば何倍も有るって言われている。そっちの方をベネズエラが担当して掘り起こしてゆく。海が極力汚さないように掘るのが大原則だけど・・」 「海底資源って、どうやって取るの?」          「君の好きなガンダムで言う、モビルアーマーだよ。深海用の大型ロボットだ」ヴェロニカのお腹に手のひらを載せて二本の指で張りのあるビキニの2つの丘めがけて動かして、指で丘の頂にある突起物をこちょこちょと触る。「通常のロボットが複数台搭乗して、海底に降りていく。深海用のアームで専用工具を使って、作業を進めてゆく。もうプロトタイプは出来上がっているよ」ヴェロニカがニヤニヤしながら指が動いているのを見ていた。乳首が立って来たのが分かる  「ねぇ、あのヤマトはどこで作ったの?」  「あー、スペインじゃなくて、ベネズエラの方のバレンシア港にあるドッグだよ。今は兄弟艦のムサシを建造中だ。時間があったら見に行くといい」「今まで、よくバレなかったわね・・」               「屋内ドックでこっそり建造して、太平洋航行中は、わざと主要な航路を離れて進んで、他の船舶に見つからないように行ったんだ」        実際は独自ステルス技術でレーダーには映らない。そんな戦艦なので、夜間に悟られずに沿岸まで近づいて、ある日沖合に居て、轟音と共に艦砲射撃やミサイル発射が可能な船だ。音と艦の迫力だけで相手を威嚇出来る、正に現代の黒船・・。    「すごい建造費なんでしょう?それを2隻も・・」「ベネズエラは世界一の産油国だ。その位の費用は幾らでも捻出出来る。だから、原子力空母も原潜も作れてしまう。あの零戦の開発製造費用もベネズエラが出した。戦艦に比べれば、安いもんだけどね・・」       「イタリア海軍にも欲しいな・・」ヴェロニカがくっついて来る。「新社会党が政権を取ったら、レンタル提供できるかもね」「・・レンタルかぁ、なるほどね・・」  里子とヴェロニカ、里子の娘の杏と樹里の4人を、何年後かのイタリア選挙で立候補させる。フラウとハサウエイもイタリア国籍のままにして、今のヴェロニカと杏のお腹の子も、樹里の子もイタリアへ・・右派政権が続いたイタリア政界を、日本のように政権交代させて、EUの盟主に格上げしてゆく。ドイツやフランス、スペイン等のEU諸国はイタリアほどテコ入れせずとも、リベラル系が台頭すると見ていた。        「お腹の子はどっちなの?」くっついたまま離れないヴェロニカのお腹を今度は摩る。  「鮎先生に遺伝子検査してもらったら、あの人と私の組合せだと女の子の確率の方が高いんだって・・」   「へぇ、じゃあハサウエイはレアケースだったって事?」「何言ってるのよ、あの子はパパの子じゃないの」ヴェロニカの目が潤み、官能の世界に飛んでいる。「ええっ?」 「・・忘れたとは言わせないわよ。NYの事務局長公舎で毎晩のように・・最高だったなぁ・・」ヴェロニカが股間を弄ってくる。・・おいおい、冗談じゃないぞ、安全日だから大丈夫って・・弄られる手に体は反応しながらも、心持ちは空を仰いでいた。                      ーーーー                                  国歌斉唱で4人の兄弟は自然と手を握りあっていた。オーロラビジョンに来賓席に居る柳井首相に阪本総督、祖母の金森前首相、協会暫定会長の山下智恵ともう一人の祖母、杜 響子が、前田某家の家宝である長槍を持って立っていた。流石に鏃には危なくないようにガードが付けられていたが、誰が「一番槍」を取るのか、ご先祖様達が見ているぞという意味なのだと、各局のメディアにサッカー協会が紹介していた。来賓席の誰も、君が代は歌っていない。事前に全員でそう決めたのだろう。その代わりなのか、左隣で火垂が涙を流しながら歌っていた。歩と海斗が奇異なものを見て、お互いで「後で茶化してやろうぜ」的な事を思いながら目を合わせて笑う。すると、歩と右で手を握っていた圭吾が引っ張って「やめときなよ」と前を向いて微笑んでいた。「随分、嬉しそうじゃないか・・」下を向いて歩がボソッと言う。「そりゃそうさ、兄貴達とこのピッチに立つのが夢だったからね・・」とボソッと返されて、兄はその言葉の方に胸を抉られる。歩が、圭吾と火垂と繋いでいる手を強く握ると、2人も握り返してきた。3月に手術をしてこの場に立ったのは、奇跡と言われていた。アメリカの医師団からも激励のレターを貰った。自分自身が、これは夢なんじゃないかと、まだ半信半疑でいる。相手国の国歌演奏が終わり、相手チームとタッチを交して、日本らしく円陣を組む。向かいの海斗がニヤニヤしている。火垂が目を瞑って、一人で気合を入れている。圭吾は声出しして場を盛り上げているが、それが何の意味があるのか、歩には今一つよく分からなかった。兄弟でもそれぞれだなと思いながら、円陣を解いた後で選手同士でハイタッチをして、それぞれのポジションに散った。そこで、手前の観客席に代表のユニフォームを着ている兄の柳井太朗と小さな弟達に気がついて、両手を挙げてピョンと一度大きく跳ねた。弟達が何か騒いでいるが、何を言っているのか聞こえない。あれ?フラウとヴェロニカは居ないんだな・・と思いながら、歩は前半は左ディフェンダーのポジションに付いた。自分の前には圭吾が、その前には火垂が、そして火垂の右に海斗が居た。審判が腕時計を見ながらホイッスルを吹くタイミングを計っている。「ばあちゃん、約束はここからだ。見ててくれよ・・」歩はそう独り言を言うと、家族が居る超満員のスタンドを見ながら、左手を上げた。前の兄弟達も同じ事をしていた。「そこまで、似るかね・・」歩が微笑んでいるうちにホイッスルが鳴り、大きな拍手と歓声がスタジアムを覆った。                              (第2部:終)          

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