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(7) 諜報機関が考案する、メディアジャック作戦とは?(2024.3改)

2月だというのに暖かな日が続くと予報が伝える通り、朝の時点で十数度もあるのでコートを手に取って都庁まで10分ほどの道程を歩く。
昨年末以来2ヶ月ぶりの登庁となるが、週末を除いて来月3月一杯は通い詰めとなる。

早い時間なのでメディアに遭遇せずに、無所属、少数政党議員の控え室に入り、自分の机の中を整理したり、年度予算案をチェックしたりしていた。
21年度予算案に関しては、先月当選した新都知事の意向が反映されているのが見て取れる。
保守系の都議からの反発が予想されるが、日本の政局傾向も影響して、反論も軽微なものになると予想していた。おそらく、粛々と予算案が決まってゆく筈だ。

議会での自分の質問時の内容を作成していると三々五々、外様組の議員が入室してくる。適当に挨拶を交わしながらタイピングしていると、私用の携帯にメール着信が有った。

何故か良からぬ感覚を抱きながらスマホを取ると、富山に居る娘からのメールだった。腕時計を見るとまだ授業前の時間だ
明日、市内のスキー場に行く予定になっているのは家族は皆知っている。今朝ほど、学校に向かうバスの中で、突然マイが「危ないからスキーは止めよう」と反対し始めたという。

内容を察したモリは新宿オフィスに居るマイの母親アリアに連絡し、授業の休み時間を見計らってマイと会話するように要請する。
次に富山県庁の知事室に電話し、県内スキー場の週末の営業停止を進言する。
「マイがそう言ってるみたいなんだ」と言えば、妻の知事秘書の蛍も絶句して、了承する。
リフト故障だとか、雪が融けたとか、ゲレンデの運営側も適当な口実を思いつくだろう。

モリは、市内のゲレンデのホームページを参照する。受験を終えたブルネイの王女様が向かうのは間違いなく上級者コースがあるゲレンデだ。

「君達が行こうとしていたのは、”あわすのスキー場”かな?」と娘に返信メールすると「そうだよ」と即座に返信が来る。

コースがある山の頂には、現在は「滑走禁止エリア」になっている箇所が有る。恐らくロープ類、鉄柵などでスキーヤー、ボーダー達の侵入を遮断しているのだろう。その滑走禁止の斜面で、季節外れの暖かな気温に誘発されて、表層雪崩が起きるのかもしれない、とモリは想像した。

母親のアリアと娘のマイには、"Vision of the future"、シャン語を直訳すると”先読み”と呼ばれているシャーマン的な能力があると部族から見做されている。
2人の能力の存在を疑っていた軍事政権は、母子を軟禁して管視下に置いていた。監視カメラで常に見られている酷い環境だったが、母子は隠し通す事に成功した。

クーデター前日、「食用油が無くなったので、すぐそこの店まで娘に買いに行かせたい」と、監視役の兵士に母が告げると、そもそも買い物を禁止され、軍からの支給品に頼る生活では良く有る事なので了承される。
しかし今回ばかりは、娘のマイは店舗ではなく、バスターミナルに向かい、首都ネピドー行きのバスに乗り込んだ。
ネピドーのスーチー邸別宅前に、深夜前に背の高そうな日本人がやって来る”夢を見た”、と母子とリアムの3人が主張した。その様な経緯が実際に有ったので、モリは仮想したに過ぎなかった。

我が家にやって来たシャン族達の話を聞くと、本人達が関与する「日常とは異なる変化」を夢が知らせてくれるという。当然ながら半信半疑だったモリが、少数民族各部族のシャーマンに訊ねると、「クンサーの娘と孫だからね」と笑う老婆も居れば、「何言ってんだい、当然じゃないか」と日本人を見下し始めた老婆も居た。
未だに訳が分かっていない。

時間となり自席を立ち上がると、同僚の議員たちと共に議会へ向かった。

ーーー

2月になってからというもの、中国 ・国家安全部は多忙を極めていた。

突然降って湧いたかのように現れたプルシアンブルー社と、その幹部達の動向を追い、分析する様になる。
「中国経済光明論」関連のトップ案件に該当し、大使館を担当する外交部担当者や産業省の担当者も入り混じり、俄に多所帯の同社の対策チームが発足していた。
チームを束ねる様に命じられた陳 龍明は、前例の無い企業の「対応」に追われていた。実際、収拾がつかない状況にあるのかもしれない。次から次へと集まってくる情報が陳 龍明にも未知のものばかりで、各分野のエキスパートへ助言を請うたびにチームの人員を増員し、調査の優先順位も毎日の様に2転3転していた。
そこへ来て春節だ。欧米の様に休日申請が奨励される組織となり、最小限の人員で運営していた。陳 龍明も旅行が反故になったと妻や子供達からブーイングを受けながら登庁し、担当者に混じって作業に追われていた。

「DNA解析は出来ましたが、毛髪ですので3%〜十数%の情報しか分かりません。ですが3人分の精子に含まれていたDNA配置とはどれも合致しませんでした」
突然言われても陳 龍明には分からない。
「3人分だと? なんの話だ」

「平壌郊外の狙撃地点と目される場所で発見された韓国製コンドームから、一人の女性の粘液と3人の男性の精液が確認された件です。少なくとも4名の男女が現場に居たと、鑑識は推定しています」 
そう言えばそんな話があったと陳 龍明は思い出すが、話の矛盾点に直ぐに気が付く。

「そもそも男女ペアが潜む空間しかなかったと記憶していたのだが、違うのかね?」
陳 龍明はモリのDNA情報のファイルを探しながら訊ねる。
「はい、北朝鮮の鑑識の思い込みに寄る誤りがありました。最初に解析したDNAは血液型B型の人物とされたのですが、当方の鑑識チームで再検査したところA型、O型の精子も検出されました。どれもモンゴロイドのDNAとは異なりました。モリのあの見てくれから、純粋な日本人ではないと鑑識は思った様です」

陳 龍明は天を仰ぐ。「俺たちは嵌められたんだ」と漸く悟った。

「少なくとも3人の男が一人の女と同じ場所で性行為をしていた。女性は北朝鮮人で、穴の中でレイプされていたとでも言うのかね?それもご丁寧に犯人達はコンドームを使って犯していたと?」

「いえ、鑑識は女性も兵士だろうと推察しています」

「2メートル程度の穴の中で、4Pはどう考えたって無理だ。仮に3人の男が居たとして、代わる代わる犯していたら、立派なレイプだ。
その間、待っている男達は寒い外で自分の順番を待っていたとでも言うのかね? 鑑識も含めて、お前ら全員童貞だろう?」         

中国の都市部は相手がいない男性ばかりだ。真面目な役人達は女性と付き合った経験すらない者が多い。一子制度のお陰で性産業とお見合い相談所だけが急成長を遂げ続けている・・

「・・・」黙り込む若い職員を見て、上司が休暇中では仕方がないか、と陳 龍明は思い直す。

「このDNA調査は後回しにしよう。別の優先課題に取り組んでくれ給え」陳 龍明はそう告げた。

恐らく精子は偽装で、本人以外のサンプルを持ち込んでいるのだろうと検討を付けた。
ビルマに入る前に執拗に女を抱いている様に見せたのも「思い込み」を誘発させる為だったのかもしれない。
東南アジアや九州の宿泊先で、精液のサンプルが全く取れていないのも謎だったが、単に「外」に漏れない様に徹底していたのかもしれない。例えば、浴室で精を放っていたとか・・

「こんな偽装を施すのだから、犯人はモリに違いない」と陳 龍明は半ばそう確信していたが、証拠が一つも無ければ報告ができない。推察・推測では何も追い込めない。

「我々、国家安全部が全く捉えられないとは・・なんというヤツだ・・」
女達に囲まれながら、バンコクの空港の出国手続きのカウンターに入ってゆくモリの写真を見ながら、陳 龍明は下唇を噛んでいた。      

ーーー  

春節中にシフト出勤した劉 璋の元に、党の幹部達から「あの3人も君が手配したのか?」「紹介してくれないだろうか?」といったメールが届いていた。  
「何の事だろう?」会議続きの劉 璋には合点できなかった。
3人と言うと、昨日ウラジオストックで別れた3人が思い浮かぶが、いくら何でも、昨日の今日は無いだろう?と思い悩んでいた。

帰宅して家でネットを見て漸く気づいた。 
SNSでは「#女神再降臨」というハッシュタグがトレンドの上位を賑わせている。
SNSを見ると、日本の下着メーカーの中国市場向けのホームページのアクセス数が伸び、検索画面のトップとなっていた。嘗て一斉を風靡した日本のセクシー女優3人がランジェリー姿でモデルとなって出ているので、劉 璋は慌ててブックマークしてしまい、慌てて解除する。
無意識でやってしまったが外交部のPCでは流石に不味い。後で私用で使っているPCに登録しようと思い直す。 

それと同時に、事前に日本で撮影していたのだと劉 璋は理解する。2人は30過ぎで、1人は29歳のほぼ同年代で、今までの接点はそれぞれ無い。

「互いにAVの売上を競うライバル関係にあった間柄なのに、こうしてチームとして中国に向かってるんだから、不思議だよね」
と、劉 璋に内情を明かした。
3人は何気に仲も良さそうで、良いチームだと思えた。そう感じたのは劉 璋だけではなかった。進藤が選んで来たセクシー女優の一人が羨ましそうに3人と接し、互いに連絡先を交換しあっていた。 

事前に下着モデルとしてデビューするのを知っていたならば、あの元セクシー女優をメンバーとして加えるよう要求できたのにと、劉 璋は確認を怠った事を後悔していた。
これでは進藤から預かった3人が可哀想だとも思い、劉 璋は3人のプロモーションを前倒しで行う必要を感じつつ、連絡を貰った幹部達に返信してゆく。
「あの3人は暫く無理です。直近では中国の女性でしたらご紹介出来るかと」と。

日本のワコ〇ルホールディングスは中国向け製品ののネット販売数が急増したので、中国工場の増産を指示を出した。中国市場向けの戦略は初回は大成功を収めたとして、春の新商品の撮影チームを上海派遣を決めた。

中国に進出しているイヲン内に出店している日本のアパレルメーカーも、この3人が纒った中国市場向け春物の新商品をHPで公開し始める。
日本の化粧品メーカーも3人を使ったTVCMを流し始める。   

次第に3人が出演していた嘗てのAVの売上数が突然上位入りする。中古市場では彼女たちの出演作品は高値で取引されている。  
彼女たちの過去の出演作品の中国内の版権を、3人が所属する上海のプロダクションは購入済だった。上海市内のDVD製造業者に生産を委託し、DVD製造が始まっていた。初回生産数を一人あたり3作品で1万枚としたが、彼女たちの全作品の追加製造が必要となる公算が高まっていた。

日本の公安とCIAは、サンフランシスコのトンネル会社と芸能プロモーション企業を介して、プルシアンブルー社のASIA Vision番組製造部門にドラマ制作と、楽曲提供とプロモーションビデオ制作を依頼している。    
日本でTVドラマと映画に出演歴のある一人が、中国俳優陣に混じって日本人女性役の脇役として出演する。毎回のように中国人俳優達とのお色けベッドシーンが、水〇黄門の入浴シーンのように十数秒間盛り込まれる。  
一方でドラマに出演した経験のない2人には元アイドル、元グラドルという肩書きがあり、AIが作詞作曲した数曲を、2人がデュオで歌う。

俳優たちも実際に演技はしていないし、中国語で歌っていないのだが、過去の映像作品と音声、そして歌声を元にしてAIが全て作成していた。
恐らく中国ではオールAI作品は初めてだろう。ドラマの放映は既に決まっており、CDデビューもこの分では、ほぼ確定だろう。

後日、ドラマの放映とCDデビューを知った劉 璋が、上海に居る3人組の一人本名・椙山 阿須佐に面会を依頼し、日本で劉 璋が面会した業界人との再コンタクトと3人が所属する上海の芸能プロダクションへの紹介を求める。
これだけの内容を事前に周到に用意出来るのなら、大陸へ渡った日本人女性達全員にも恩恵のおすそ分けをしてあげたいと劉 璋は考えた。
日本人ならば、きっと応えてくれるだろうとも確信していた。

そして、劉 璋の想定通りに日本人女性にとってはプラスとなる動きが大なり小なり生じてゆく。
視聴者である中国人の反応も印象も、概ね悪いものではなかった。
日本人女性は演技は上手いし、出演する映像は洗練されている。また、歌唱力もあるし、曲のセンスも良い。LLM AIがそれなりのクオリティを考えて作っているので、当然なのだが。

芸能界の実態を知らない劉 璋は、その時点で「今後の弊害」を見落としていた。
AIによる制作だと知っているのは出演者と制作スタッフのみで、テレビ局もレコード会社も、劉 璋ですら、まさかAIによって制作されたものだとは知らない。
AIが手掛けた作品が人々から称賛される裏には、複数のとある制作会社のドラマ制作の提案が通らなかった事実があり、中国人アーティストの作曲した曲が採用されず、自身の唄う曲が売れなくなる・・かもしれない。

プルシアンブルー社の制作した映像や作曲した曲が、大陸で次第に侵食する現実に人々が気づくのは、間もなくなのかもしれない・・

(つづく)


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