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(11) 自衛隊なのに、予備役と言う概念を採用する(?)

夏の日差しが照りつける畑で、直射日光をモノともせずに除草作業を続ける人型ロボット達が居た。夜間警備を請け負った後はキプロス島の農協に奉仕活動として170体のロボットが各農家に分散して、農作業に従事中だった。各農家に分配したロボットグループ毎にドローンを1台づつ割り振り、上空から農作業の模様と畑の現在の映像を記録し、ロボットが採集した土壌から分析したデータと共に、畑で耕すのに相応しい農作物や適した肥料などの情報を各農家別にコンサルティング結果を纏めてレポートとして提供する。ここまでの箇所を国連軍の無償のサービスとして提供すると、大判振る舞いだとして国連の評価が上がる。

ネパール兵やバングラデシュ兵が運転してきたトラックが現場に到着して、荷台からロボットが農地に足を踏み入れて映像を撮り始めると、AIが細かな箇所まで分析を始めてゆく。 
実り始めたトマトを狙うカラス対策案を提示し、まだ小さなジャガイモを狙って獣が夜間に掘り返した跡が見つかると、ヒトが四六時中農地に居られない隙を狙っている動物達がキプロス島にも生息しているとAIが判断して、地形分析結果とともに動物の夜間捕獲支援案を立て始める。日本の農地で獣害被害対策を経験しているAIが鳥獣捕獲計画を纏めると、キプロス島の農協に捕獲案の提案を行った。 

農作物を狙う動物による被害は世界各国共通の問題でもある。日本ではニホンザル、猪、鹿、カラスが田畑の作物の味を覚えて、人里まで降りてくるようになり、効率的に栄養を確保するようになると数を増やすと言う悪循環が近年まで続いていた。         
農作業のシーズン中にロボットを貸与するようになり、増えすぎた動物の駆除が全国的に進むと、被害数が急減していった経緯がある。    
カラスと猿は日中の明るい頃にやってくるが、鹿や猪は夜間に集団で行動するのでタチが悪い。ロボットがチーム間で連携して、獣を捕獲する術をAIが覚えていった。

キプロス島では鹿だった。嘗ての宗主国英国がハンティング目的で持ち込んだ鹿が数を増やし、群れを成していた。鹿は跳躍力があるので畑の柵など、人の丈の高さなど軽々とジャンプして畑に侵入する。ロボットの優位点は、スリープモードになると動物からは案山子にしか見えないという点だ。ましてやヒトの匂い等もしない。
群れで行動する鹿を捕獲する「待ち伏せ組」が捕獲ネットを何時でも張れる体制で待機し、「追い込み役」のロボットやバギーが草原を疾走して鹿の群れを追い込んでゆく。無灯火のままの夜間作業となるが、赤外線センサーを搭載しているロボットには造作でもない。
翌朝、数百匹の鹿がネットの中で息を殺してヒトを見つめているのを見て、キプロス島の人々が能力の高さに気付く。
「国連軍は素晴らしい!」「日本のロボットは非常に役に立つ」といった地元の農民の声が、捕獲された鹿の写真と共に紙面を躍る。     

「前の自衛隊派遣の際には人型ロボットは無かったから、こんな副産物は生まれなかった・・」 キプロス島の宿泊先のホテルで朝刊を読んでいたモリ・ホタル官房長官は、出発時間が近づいたので上着を纏ってバッグを取ると、集合場所であるホテルのロビーに降りていった。 防衛省の事務次官を始め、日本の訪問団4名が集合すると、キプロス島の日本総領事館のワゴン車に乗り込み、会談が行われるキプロス政府のあるエリアに向けて出発する。   

国連のスタッフとアメリカの国防相、バングラデシュとネパールの大佐が集った中に、首相特使としてモリ・ホタル官房長官と防衛省の事務次官が会して、キプロス島PKO部隊の結団式が行われていた。
日本が防衛大臣と自衛隊の制服組ではなく、首相特使と自衛隊の事務方トップを派遣したのも、自衛隊が「兵器提供」を主目的としている為だった。    
兵器のメンテナンスもキプロス島に常駐する保守員は7名だけで、必要とあらばウクライナのプルシアンブルー社の技術者達が駆けつけて対処する。10年振りの国連軍参加なのだが、自衛隊色を極力排除する姿勢を見せて、「専守防衛堅守の立場を保っている」と、言い逃れする為の環境を作り上げていた。       
日本以外の国にとっては「日本軍の海外派遣」に他ならない。そこへ「炎天下でロボットが農作業を手伝っている」「農作物被害を及ぼす鹿を一網打尽にした」という話題が加わると、僅かだが状況が変わってくる。「JIEITAI」という言葉が、キプロス島内では使われ始めてゆく。   
「そんなに好評なら、漁協でも使って貰おうかしら?」と鮎は思い、自然と顔が綻んでくる。海洋生物学者でもある金森鮎の立場であるのならともかく、モリ・ホタル官房長官である以上、生物学的な専門的な発言は自重しなければいけないと自らを諌める。公的にはモリの夫人である娘の蛍なのだ、と。
嘗て自衛隊の国連軍参加を始めた金森首相が、まさかこの場に居るとは日本の訪問団でさえ誰も気付かないまま議論が進んでゆくのが、鮎には面白かった。
各メディアが後に「モリ夫人でもある官房長官の存在感と卓越なまでの議事進行役」として記事にするが、彼女自身が第三次高度成長期の日本を率いたトップなので、当然とも言える。  
万が一交戦が生じた際の自衛隊としての対処策、ルールブック自体を当人が議論を主導して作り上げたものなので、鮎の頭の中にしっかりと入っている。首相特使という肩書でやっては来ているが、現政権の中で誰よりもこの場に「相応しい適任者」でもある。阪本首相、柳井幹事長にすれば、国連軍へ自衛隊を派遣する話なので、本来なら防衛相と外相が担うべき役だが、10年ぶりの自衛隊派遣となった国連軍に「いかにも」という役職の人材に任せるのを避けた。敢えて防衛とは門外漢である官房長官を首相特使として派遣して、「専守防衛」を公言し続けている自衛隊の立場を、「実態は金森元首相」に全権を委ねる事で、日本の姿勢を示そうと考えた。

キプロス島国連PKO部隊を束ねるつもりでやってきたドイツ駐留アメリカ軍は、自衛隊AIロボット部隊とバングラデシュ隊、ネパール隊に支給された5m丈の搭乗型モビルスーツの境界線警備投入に動揺しつつも、国連軍の主導権を握るべくペンタゴンが作成した全体計画をオースチン国防相とアンダーソン中将が提案する。
しかし大田原事務次官、自衛隊キプロス派遣部隊を統括する矢敷中佐の提示する防衛省作成プランの方が説得力があり、アメリカ側ですら日本側の提案に納得して、満場一致でPKO部隊の方向性が決まる。
 実働部隊の主導権を自衛隊が得たと判断したモリ・ホタル首相特使・官房長官は、議論を静観していた状況から態度を一転させ、会議をリードしていった。
日本の官房長官は場の仕切り能力だけでなく、自衛隊が派遣した兵器の能力、適応範囲まで的確に抑えており、前半主導していた矢敷中佐と大田原事務次官は、今は官房長官の発言内容のチェック役に徹する。
モリ官房長官がアンダーソン中将を度々やり込めると、オースチン国防相は「もう止めろ。相手の方が上手だ」と早々に諦めの姿勢を取り、アンダーソン中将に議論から撤退するようサインを送る始末だった。

アメリカ側が考案したプランは従来兵器と人員を基準に作成された警備であり、新国連軍による平和維持活動には半ば老朽化したものとなっていた。
米軍の装備、そして個々の兵士の能力でさえも、現在のPKO部隊には相応しくない状況に気付いてしまう。しかしアメリカ兵に警備以外に農作業や狩り等の作業をさせるわけにもいかない。銃を置いた兵士が請け負う作業として考えられるのは、荷物運びや土木作業など、力作業くらいしか思い浮かばなかった。仮に作業を請け負ったとしても作業に従事するだけで疲労してしまい、本来の兵役業務が疎かになる。24時間体制の献身的なまでの奉仕活動の中核となるロボット兵の引き立て役になり兼ねないだろう。      

アメリカ側が驚いたのは自衛隊のロボット部隊だけではない。自衛隊と国連軍を組み慣れているバングラデシュ陸軍はトルコ系住民エリアで屋台を数台出し、同じイスラム教同士の戒律に基づいたインド料理を振る舞い、ギリシャ系住民側と海洋リゾート客に対してはネパール兵がインド料理の屋台を出して、こちらも喜ばれている。国連軍に参加慣れしている両国は、自国の食を住民サービスとして提供するノウハウに長けていた。余所者がノコノコとやって来て警備活動に従事する事に対して、ネガティブな感情を抱きがちな住民感情を良く理解していた。アメリカ兵が行う住民サービス、屋台・ガレージショップでの食材販売を考えると、ホットドッグかハンバーガーの屋台ぐらいだろうと想定するのだが、そもそもアメリカ系ファストフード店が街中にある。チェーン店を上回る調理が出来る兵士が、果たしてどの程度居るのか?売り物になるのかどうかも分からないモノに新たにチャレンジする余裕は無かった。国連軍に属する上で、まさか住民向けサービスが必須条件の様になるとは米軍側は全く想定していなかった。       

「アジア人だから出来るのだろう」
「アジア地域の宗教的な思考によるものではないか」と短絡的にアメリカの将校達が考えるのは欧米的な発想で、勝手にカテゴライズしたものでしかないのだが「米軍にはそこまでは出来ない」と半ば断定的に線を引いてしまう。     
軍への入隊者が減少している中で、国防以外で仕事量を増やす事はアメリカ社会にはマイナスに作用し、更に軍への参加意欲を減少させかねない。
軍人の給与を引き上げたくとも財政難と厳しいアメリカの経済状況を鑑みれば、到底叶う話に結びつかない。
「自国民ではない人々の国に態々出張って、その上で住民サービスまで行わねばならないのか?」と、大半の兵士が疑問を抱いているのが今の米軍だった。
そもそもがドイツに駐留している部隊だ。ドイツの人々向けに基地を開放し、航空ショーを行う以外の住民サービスをした経験がない。しかも、「代わりに守ってあげているのだ」と余計な自尊心をそれぞれの兵士が抱いている。「これ以上」を考えられない状況でもある。
「キリスト教にだって、博愛精神も施しの概念もあるでしょうに」と、日本の首相引退後にベネズエラへ渡った直後にカソリックの洗礼を受けた経験のある金森鮎は、そう思いながら、鹿料理の次の手としてキプロス島の人達が受ける日本の屋台料理って何だろう、と想いを巡らせる。「焼き鳥か、お好み焼きかな? 匂いでインパクトが出せるよね?」と思い立ち、会議中に不敵な笑みを浮かべていた。                
会議の席上、モリ夫人が終始笑顔を浮かべているので、オースチン国防相もアンダーソン中将も半ば威圧されたかのように押し黙っていた。「彼女を侮ってはならない。55にして政治家として完成している。次の首相の有力候補となるのではないか・・」と思いながら。
大統領から「夫人との関係を構築しろ」と命じられてキプロス入りしたものの、日本人から政治家としての格の違いをまざまざと見せつけられて、オースチン国防相は狼狽していた。ペンタゴンが誇る頭脳が計画した平和維持活動プランが、日本側から簡単に否定されてしまい、米軍が国連部隊を統率するどころか、キプロス島派遣部隊に於ける米軍のポジションは、バングラデシュ、ネパール両軍よりも下の扱いとなってしまう。
アジア両軍の倍の兵士を派遣した米軍は夜間警備人員まで含めて交代人員を用意し、数と規模でアジアからやってきた部隊を圧倒するプランを掲げた。バングラデシュとネパールは夜間警備を自衛隊ロボット隊に依存する前提で部隊編成をしたので、夜間も含めた警備の交代要員を考慮する必要が無かった。日中の警備でも、両軍の兵士が搭乗可能な自衛隊の大型ロボットを使うので警備の効率性に優れ、米軍預かりとなった担当地域よりもより広範囲のエリアの警備に当たることが可能となる。
それだけの機械兵力を自衛隊が持ち込んだとメディアも把握していただけに、米軍の参加を疑問視する記者は少なくなかった。彼らは当然のように国連PKO部隊の全容を把握すべく、米軍への疑問を抱きながら取材活動を行っていた。
まず4カ国の軍に対しての国連からの支給額だが、キプロス島でのPKO活動に投じた費用は5等分され、人員を最も多い200人を派遣した米軍が2/5の予算の4割を受け取り、バングラデシュ・ネパール、そして自衛隊は米軍の半分の1/5、2割づつ受領しているのが判明した。バングラデシュ、ネパール両軍は将校、救急看護部隊、医師を含めて100名づつ派遣している。 
自衛隊は人員12名を派遣し、将校は矢敷中佐と各軍との連絡係となる大尉2名づつの計5名と、ロボット、モビルスーツの整備士は7名で、バングラデシュ、ネパールの部隊の宿舎に同宿して同国の兵士達と同じ食事を摂って生活する。つまり、自衛隊は食料品や生活常備品を考慮する必要が無く、250体のロボット兵と50体の乗用モビルスーツをバングラデシュ、ネパール部隊に混在配置するだけで済んでいた。

モリ官房長官と共にキプロス入りした防衛省の大田原事務次官が「自衛隊が国連にレンタルしたロボットの費用は、自衛官一人の人件費の半分以下」と政府専用シャトル機内でのオフレコ発言が説得力が帯びたものとなる。バングラデシュ、ネパール、自衛隊の受け取った費用は同額なので、250体の「Naked」は自衛隊100名の兵士の人件費とほぼイコールなのだろう、と記者達は受け止めた。    
額面だけを見ればアメリカ主導なのだろうが、実態は、人員数の少ない自衛隊が全体を統括する事で決定したようだと話が漏れると、国連に支払いが滞っている付託金との相殺目的となっている米軍派遣に対する国際世論も、芳しいものではなくなる可能性も出てくる。

「今夜の夕食会で、次に繋ぐ為の布石なり約束を日本側と取り付けなければならない」とオースチン国防相は思いながらも、アメリカ側の提案が全否定された現在の状況下での相互間の関係構築は流石に無理があると、あれこれ策を考えていた。

55の夫人ではなく、中身は76のモリの義母だとは思いもしなかっただろうが、もし、中身が金森鮎元首相だと事前に知っていたなら、オースチン国防相も最初から匙を投げていたかもしれない。    
ーーーー                      「国連内部まで熟知しているとは言え、退任してから、もう10年経ってるんですよ。それも外から組織を変えるだなんて・・、改革好きと彼は自称してますけど、流石に限度ってものがあります」経産大臣の中山智恵が呆れた様に首を振る。  プルシアンブルー社の会長職を経て、アメリカ大使として赴任していたアメリカ通の一人だけに、本当に信じられないといった表情を智恵がしているので、阪本首相と杜 里子外相が苦笑いする。 

閣僚会議後に、首相と外相、経産相、官房長官の4人が残ってのお茶会、30分ほど話し合う場が、互いが次の予定の無い時に設けられていた。午後一の予定も入っていなければ昼食まで共にする事もある。金森元首相であるモリ・ホタル官房長官はキプロス島出張でこの日は不在で、3人だった。「組織改編をやらせたら世界一と言ってもいいんでしょうけど、身内の立場からすると家族構成も出来ればコンパクトにして欲しかったです。子供の数をこれ以上増やしてどうするのよ?って言いたいのが本音なんですけど」         

「養女と孤児達の間で、また妊娠ブームが始まろうとしてるんでしょ?何人、子供作る気なのかしらね?」

「でも、彼らしいですよね。手当たり次第に女をモノにするんじゃなくて、稼げる女としか子作りしないんですから」           

外相のノロケまじりの話に、そういう基準があるとは知らなかった首相が絡み、経産大臣が生々しい話を加えたので、首相が調子に乗る。    

「智恵さんも私も、当時は稼ぐ女だって思われてなかったのかしらね?」        
外相が首相に向かって手を振りながら慌てたような顔をしているが、経産大臣は力強く頷く。

「ええっと、私の場合はそれ以前の問題でしたね。俺、こんど結婚するからって突然言われて、捨てられた女達の一人ですから」     
経産大臣が言うが、政治家に転じてからは、山下智恵に会社の経営を任せてヨリを戻した格好となったのは一部の人は知っている。だから本人も笑って話せるのだし、話を聞く2人も定番ネタとして聞き流せる。

「智恵さんの前に付き合ってた女性全員に、何らかのポストをそれぞれ提供したって話は本当なんですかね?」
里子外相が兼ねてから有る「噂」に触れる。

「どうなんでしょうね。サラリーマン時代は特定の人は持たずに、それこそ不特定多数の人と付き合っていたみたいだし。私だって、何人かの一人でしかないって分かっていながら、それでも別れたくなかったからズルズルと・・」     
経産大臣の話に妙に説得力があるのも、この茶会への参加者がモリと懇意な間柄になった女性の集いでもあるからだ。           

「子作りの話だけど、逆に言えば養育費を渡す必要が無いって事でしょ?柳井幹事長なんて、太朗が30過ぎるまで内緒にして彼の子を育ててたのよ。それも誰にも事実を言わないまま。富山県知事の名参謀として彼がマスコミで取り上げられないまま教師を続けていたら、純子、死ぬまで黙ってたんじゃないかな?」
目を閉じたまま腕を組み、首相が頷きながら言うので聞いている2人が笑う。         

「日本に帰るつもりが無いんでしょうね。それこそ家康以降の子沢山な征夷大将軍様ですから、日本に居れば嘲笑の対象になりかねない」    

「いや。遺伝子学が発達していない中世の貴族以降かもしれない。義理の母と実の娘とも、子を成すような男だから」官房長官がこの場に居ないと、首相も経産大臣も言いたい放題だった。 

「その子供達に父親の思慮深さがもう少し加わるといいんですけどね。ウチの子もそうなんですけど、スペインとイタリアに戻るのと同時に、日本の女の子が何人か付いてっちゃったみたいですし」日本でのレンタル期間を終えて、マドリードの所属クラブへ戻っていった外相の長男の杜 桃李に、勝手に休業を宣言した女優がスペインまで付いていってしまった。決まっていたドラマや映画の撮影を急遽キャンセルする事態となり、休業ではなく事務所解雇という処分になったと芸能ネタで騒ぎとなっていた。
桃李だけでなく、陸、零、零士、一志の大学生5人組にも、それぞれに複数の女子大生がマドリッドに向かったようなのだが、こちらは一般の学生なので「少しばかり早い夏休み」と女優の逃避行よりも小さな記事で捉えられ、杜兄弟のゴシップ記事として一つに括られた。

父親のモリに纏わり付いた女性陣からすれば、スペイン、イタリアに向かった女性達の気持ちが何となく理解出来てしまう。3人もただ笑うしか無かった。
 
「そう言えば、第一世代の歩くんと圭吾くんは、日本でその手の女性は居なかったのかしら?」
智恵 経産大臣が、身内でもある里子外相の顔を見て言うのだが、里子は知らない素振りを見せる。

「イスラエル首相への親書をアユムには持たせた。圭吾くんは、純子と太朗ちゃんの柳井家の駒にでもなったのかしらね?フランスの日本人大使と共に、ジャーファル外相とミッテンヴァルト産業相と会談するみたい。こっちはドイツTC社のホバークラフト事業部長としての顔でね」
阪本首相が突然ビジネス寄りに話を切り替えたので、この日の与太話はここで終わりとなり、閣僚構成員らしい話題となってゆく。      

里子外相の長男桃李は杜家の中では未成年者の第二世代に属している。同世代の異母兄弟にも共通しているのだが、この世代の兄弟はサッカーと女の子以外で、特定の関心事を持っている子は居なかった。「第一世代の兄弟のように何か事業を始めるのかしらね」と思いながら、逆に日本政府から政治利用されている状況を見ると、必ずしも歓迎できないなと、異母の一人として考えてしまう。 「痛し痒しって所よね」スマホの待受画面にしている、自身の6才児の次男の笑顔を見てから、気分を切り替えて首相の話に耳を傾ける。これがこの日の本題だった。      
午後一から財務大臣と防衛大臣が加わり、来年度、再来年度の防衛費も、今年度予算と同様に据え置いたものとする方向を阪本首相が求めていた。 
自衛官の募集を止めてから一定の年齢で自衛隊を除隊する数が増加し、人員自然減となる傾向が顕著となっている。プルシアンブルー社がNakedモデルの量産化に踏み切ったのも、自衛官の減少を見据えて、自衛隊でのロボット比率を更に上げる為だと国会で議論され、世の中で認識されていた。社会党政権になってから経済成長を続ける国に転じてからは、自衛隊出身者の雇用を積極的に行う企業も増加傾向にあり、兵士のロボット化に対する国民の賛同も得ていた。
そこにベネズエラのモリ大統領の発言が、選択肢として新たに加わる。「日本も災害レスキュー部隊を所有する」という下りだ。モリの発言なので、事前に日本側の了解を得てから口にしている筈だと誰しもが判断する。

自衛官には一定の年齢制限があっても、レスキュー部隊となると話が随分と変わってくる。医師や衛生兵のように年齢制限が無くなり、サラリーマンの定年退職の時間軸が採用される。   
瓦礫や火山灰の撤去や除雪作業はロボットが請け負うが、災害現場で作業の指示をロボットに出し、現地の役所、警察、軍と作業分担の交渉に当たる人員等は自衛隊出身者が好ましい。元々、日本国内では災害対応で自衛隊が出動してきた歴史もノウハウもあるからだ。
 プルシアンブルー社がNakedシリーズをラインナップに加えて、従来のロボットと比べてレンタル費用が半減したのも大きかった。更に生産、製造すればレンタル費用もまだ減少出来る余地はあるとメーカーは言う。

「防衛費は減少させて、レスキュー部隊を新設して防衛費用の減額分を予算に充てる。但し、レスキュー部隊のロボットとモビルスーツは予備役兵でもあるって話。
インタビューで彼が言ったように、スコップをバズーカ砲に持ち帰るだけで兵士に様変わりするのがロボット。一旦有事ともなれば、農作業ロボット1万体も農閑期であれば予備役招集を掛けて、武器を持たせれば兵士に様変わりできる。対外的には軍縮に前向きな姿を全面に掲げながら、実際の戦力は維持拡大が出来る。なんか、すっごくズルい話よね」
阪本首相がそう言うと2人・・、経産大臣と外務大臣が笑った。             
ーーー                     キプロス島で国連軍のロボット部隊が農作業で活躍するニュースは、鹿が約10頭づつの括りで、無数の数のネットで閉じ込められている映像が放映される。抵抗するのに諦めきったような鹿の表情は、つぶらな瞳で何やら訴えかけているかのようだった。       
その後、木に吊るされて首を切られて血抜き作業がなされるのだが、鹿にはボカシが入っており分からない。この血抜き処理をしっかりしないと肉が臭みを帯びてしまうと伝えられる。鹿肉は主に観光地のホテルでジビエ料理として提供されると言うのだが、鹿料理の調理方法をAI登録しているロボットが、国連軍駐屯地の食堂で鹿料理を振る舞うというので、調理と調理前の解体作業の撮影から、メディアが殺到する。ロボットによる鹿の頸動脈切りと血抜きの瞬間は流石にカットされるものの、鹿革と肉の塊に分離した姿は放映される。「ロボットは鹿革で敷物とバッグも製造するので、捨てるのは内臓と頭と骨だけになる」とナレーションが添えられた。

キプロス島で鹿を捕獲するのは自衛隊の既定路線だったのだろう。何故か七輪と木炭、柚子胡椒と山葵と醤油が日本から持参されており、弱い炭火で鹿の背ロース胸肉を焼いて、柚子胡椒もしくは山葵醤油と共に食す1品と、赤ワインとハーブでコトコト煮込んだ1品と、鹿カレーがメディア関係者に振る舞われる。
鹿肉は豚や牛とは異なり、脂肪分が少ない。豚や牛の通常の調理のように強い火力を使うと脂肪分が更に減少し、硬い肉になってしまうとロボットが説明をする。
日本や北朝鮮、中南米諸国等でロボットが調理した料理を食す動画や写真は見たことがあっても、調理の手際の良さを撮った映像はこれまで公開された事が無かったので、反響を呼んでいた。  トルコ系住民の居住区には同じイスラム教のバングラデシュ兵が、戒律に則ったハラル食材で調理されたインド料理、ギリシャ系住民の居住区にはネパール兵が「北部インド料理」として、ネパール料理を振る舞う。          

「最も部隊の大きな米軍は、何をしているの?」と疑問を抱いた記者達が米軍を取材に訪れて、「警備以外に特にない」と知ってしまう。 
 日中の勤務を終えた200名居る米軍兵を、リゾート地のクラブやバーで見掛ける位で「キプロスの経済に貢献しているだろ?」と酔った兵士の発言を映像として流してしまう。    
ある意味、不可抗力なのだが4軍それぞれの取材結果から、印象操作的な要素を匂わせる映像が流れると割りを食うのは米軍であり、国連となる。表向きは国連軍なので。    

「繁華街への外出を控えるように、兵士達に徹底してほしい」
キプロス島に派遣している国連監視団は米軍サイドに申し入れをするのだが、それなりのリゾート地でもあるキプロス島で米兵に周知徹底を促すのは至難の業だった。
「Yankee, go home !」歓楽街や飲食店で観光客や地元住民が罵り、米軍兵士のトラブルが毎晩のように生じ始めていた。          
ドイツでは許されても、キプロスではバングラ兵もネパール兵も来ないのに、アメリカ兵士ばかりが姿を現す。
「一体、何しに来やがった」という住民感情は、米軍が駐留してきた世界各国で生じてきた一連の流れと何ら変わらないものだった。    

(つづく) 


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