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(2) 異なるスタンスと視点(2023.11改)

夜半にバンダルスリブガワンに到着し、翌日午前には両国の外務省実務者同士が協議中だった。日本側の代表を外務事務次官が努め、メインの交渉役を外相補佐官に就任する里中事務次官補が担っている。ブルネイの油田が産出する石油・LGPの7割が日本に向かう。同国にとって日本はお得意様と言える。方や日本の石油ガスの使用量から見ると4%程度の量に過ぎない。取引量から見ればアンバランスな状況で、日本政府の視点で見れば軽視する対象になりかねない。   
これまで対等な関係を両国が維持出来た背景には「中東から運ぶより近い」地理的な面があったのは否めない。中東での不測の事態を想定して資源調達先を分散する必要もあったし、もし日本が資源調達を止めれば、ブルネイの行く末を左右しかねないからだ。日本の必要量の4%であっても、ブルネイ人口50万人は十二分に潤う。

一方でモリの視点で見ると富山県民​100万人と大田区民75万人、新たに岡山県190万人、栃木県195万人それ以外を加味して合計一千万人を想定する。日本人口の十分のー以下を対象とした場合の石油必要量をブルネイの対日本向け輸出量で換算すると、単純計算で50%近くを賄えるようになる。
複数県を対象に据えると、日本の全体必要量4%以上にブルネイと懇意にする必要性が出てくる。
ブルネイが属するボルネオ島にはマレーシアの油田もあるので、戦略上拠点としての重要度は更に高まる。
もう一つ忘れてはならないのは「プルシアンブルー日本法人の親会社は、SGXで上場したばかりの新興シンガポール企業」と言う点だ。

事実上、国王とモリのサシの会談になりつつある場に外務省のアジア課に属している櫻田詩詠が、外務省実務者協議に参加せずに加わっていた。
会談開始と同時に櫻田が驚いたのが、隣に座っているモリが広げているノートだった。びっしりと英字で書き込まれている。ノートの欄外には赤ペンと青ペンの日本語が書き込まれ、2色の矢印が英字の各センテンスに繋がっている。
色ペンが訂正や変更点で、色を変えているのは「2度、考察し直したのだろう」と櫻田は推察していた。

見開きのページは2020年から2023年までのプランと、日本ーブルネイを取り巻く外的要因と懸念事項が書き連ねてあった。モリが時折捲る次のページには「2035-2040」、「-2045」と5年先の予測や推察が書いてあるのが見える。
モリが発言中にページを捲った際を見計らってカンニングするように盗み見て、暗記してはこっそりとメモを録っていた。

櫻田としては「数年後の先の分析結果」が見たいのだが、今から3年後前までのページが常時開かれている。
仕方なくそのページを盗み見るのだが、
「彼が今、背負っているのは日本全国ではない」と察して愕然としていた。
「都議の立場では無く、プルシアンブルー社幹部として交渉に臨んで居る」のが分かった。

ブルネイ国王は首相と外相を兼務している。
ブルネイ国王・兼務首相外相の日本側の大臣も補佐官も居らず、何の役職もない東京都の議員がカウンターパートとして対峙しているアンバランスな構図に、櫻田は今更ながらに驚く。モリを支える筈のプルシアンブルー社会長もアジアパシフィック部門の総経理も各自プレゼンを終えたあとは、全てをモリに託した状況となっている。

ブルネイが50万人に満たない小国とは言え、国王は極めて有能だ。収入資源が石油ガスに依存していながらも国民を適度に潤し、シンガポール並みの生活水準に留めている。国の全ての采配を一手に纏めて来た人物が、モリの発言の一字一句を聞き漏らすまいと、前のめりになっている。

モリの狙いでありミッションは、ブルネイを岡山、栃木両県同様に「人口100万人県・富山」化する提案を行ない、国王の承認を取り付ける事・・だった。
ブルネイと富山の大きな違いは方や産油国、方や食糧自給率200%近い県という経済資源と気候の違いが存在する。
ブルネイの最大の課題は地下資源枯渇後の国の有り様で、ASEAN王族ネットワークを通じて提案を要請されていた。
プルシアンブルー社の提案は、海上太陽光発電と地上太陽光発電で電力エネルギーを得て、同じボルネオ島内のマレーシア、インドネシアへの売電へとエネルギー政策を転換し、日本、台湾、ASEAN向けの太陽光パネル製造、テレビ用液晶パネル製造、トランジスタ、ダイオード、セラミックコンデンサ等の汎用半導体製造をプルシアンブルー社が進出建設し、一大AI無人工場を操業するというものだった。
各製品の試作品は全て完成しており、映像と説明がゴードン会長から紹介されたが、世界一の微細化技術で全ての既存の製品を圧倒しており、世界市場を席巻すると息巻いていた。

プルシアンブルー社が民間需要の工業製品製造に乗り出すにあたり、ブルネイを戦略拠点として位置づける狙いが同社幹部に有った。
「シンガポール企業の」プルシアンブルー社からすれば順当な提案とも言える。

「・・以上です。殿下、貴国の未来を私どもにも描かせていただけないでしょうか」

モリが国王を見据えて頭を下げるのに合わせて会長とAPの総経理も頭を下げる。櫻田も慌てて頭を下げた。日本ではなく「私ども」と確かに言ったな、と櫻田は反復していた。

「一つ、教えて欲しい。モリさんは日本の首相になろうと考えた事はお有りか?」
 流暢な英語で話される。因みに殿下は大型旅客機も操縦できる。

「いえ、考えたこともありません。私以上に国を統率するに値する人物が周囲におりますので」

「母上を大臣や首相に据えて、裏方として支えようと考えているのかな?」

「それが私の役割なのだと考えております」

モリの発言を受けて国王の表情が和らいだのが分かった。ポーカーフェイスに長けた人物だと思っていたのだが、次の国王の発言で狙っているモノが「人物だった」と櫻田は悟る。

「では仮の話として聞いて欲しい。我が国の外部の経済顧問、外交顧問として就任して欲しいと言ったら?」

「ネットでの遣り取りを主な手段として、コロナ後は月1度1週間の訪問で宜しければ、謹んでお受けいたします。
日本は2重国籍を認めておりませんので、現時点でのブルネイ国籍取得は難しいと思いますが、人口減少と移民政策の必要性から近い将来、法改正されるでしょう」

「2重国籍?我々の想像力では及ばないものかな?」

「いえ、誰でも思い浮かびます。資源の無い日本における財源は税収しかありません。
太古の昔からあらゆる物に税を掛ける島国となっておりまして、民衆も高い税に慣れているのかもしれません。近年では増税を掲げた政権が倒れるケースは無くなりました。日本人が増税慣れしてしまったのかもしれません。少子高齢化の波が押し寄せ、人口減少と共に先々の税収が落ちるのが目に見えておりますので政府は対策を講じます。歳出を切り詰め、地方行政に権限を譲渡し、それでも消費税率を上げ、移民を受け入れて体裁を維持する。現政権はそんな策を選択するしか思い浮かばないでしょう」

「法人税は上げないのかね?」

「与党の財源は企業からの献金、パーティー券購入の強要です。とても上げられません。
企業内剰余金を蓄積させ 献金がスムーズに行えるように法人税を低く設定し、日銀が株を買い入れて収益の低い企業の存続を計ります。
企業存続の為のプロジェクトも国が用意します。
主要都市、主要駅の再開発事業から始まり、マスクにマイナンバーカードに非正規雇用者の増大。辺野古と大阪万博の埋立とカジノ誘致、それに夏と冬のオリンピックです。コロナが広がろうが、軟弱地盤だろうが実行するしか道が無いのです。プロジェクトが大赤字になろうが連中の知った事ではありません。中止という選択肢が無いほど雁字搦めになっているのですから。赤字の補填に税金を投入して、赤字国債を発行して、結局は国民負担です」

「不思議なのだが、よくそれで暴動が起きないと何時も思うのだよ。我が国のお得意様なので、日本が荒れると我々も困るのだが・・」

「悲惨な未来を想像したくない民族なのです。
敗戦濃厚であってもプロパガンダで凌ごうとした戦時中と非常に似ている状況だと捉えております。個人的には火中の栗を拾おうとしない日本人の資質改善は不可能だと諦めております。
私が申し上げました 誰でも推測出来る大矛盾を、既存の野党も日本のメディアも全く指摘して来ませんでした。政権を是が非でも奪おうといった姿勢も能力も野党に無く、国を何とかしなければならないという危機意識が野党だけでなく、メディアにも欠落しています。
与党の上っ面の批判をしていれば議員として政党として食え、政権を奪取して巨額の国の負債を自分達で精算しようと考えもしません。メディアも問題解決の万策が尽きたのか、今では完全に与党の言いなりです」

「二の足を踏むのも、避けたいのも分からないでもないがね・・しかし、幸いな事に君達にはアイディアも戦略もある。それ故に政党を立ち上げた。もはや猶予は無いと判断したのだろう?」
・・厳密には弱小政党に「参加した」のだが、今は流しておこう。

「表向き、プルシアンブルーは中国や韓国企業の対抗馬として立ち上げますが、日本経済の乗っ取りを目的としています。製造立国にならねば、日本経済は絶対に再生出来ません。その為にも貴国を始めとするASEAN諸国での成功物語が必要なのです」

「御社の段階的な成長に、我々も関与できると考えても良いのだね?」

「貴国の発展無しに、我々の事業拡大はありえません」

「私からの条件は2つだ。
我々の王政が続く限り、プルシアンブルー社の撤退は認めない。
その見返りとして工場用地は無償で提供し、御社をASEAN企業として特別優遇税制を適用する。
各工場の管理者1万名とゴードン会長は提案されたが、半数で構わない。マレーシア、インドネシア人のイスラム教徒であれば問題はない。

そしてもう一つの条件は決して公にはしないと約束しよう。モリさん、君の首相・外相顧問としての就任だ。
それと、外務省の櫻田さんとおっしゃったね?
あなたの政府への報告は一部歪めてもらう必要がある。工場誘致に伴う、我々のメリット提示と撤退しないという基本原則は伏せてもらいたい。
また、モリさんのブルネイ顧問就任を報告されるのも困る。モリさんが他国の政府活動に参加し、政策立案に関与すれば日本の議員では居られなくなる。もし、2つの情報が漏れたら、知性溢れる美しい貴方なら、ワカッテモラエルヨネ?」
国王が最後のフレーズを日本語で言うと、櫻田が頷いた。頷くしか手段が無いのだろうが。

「承知しております・・」

「それと、このノートも内緒にしてもらわねばなりません。特に、日本経済乗っ取りの箇所です」隣席のモリが日本語で言いながら、ノートを押し出して来た。櫻田がアタフタしていると、
「大陸へ移動する前に返して頂ければ構いませんよ」と囁いて立ち上がり、国王に発言すると頭を垂れた。

「殿下の為、ブルネイ王国の映えある未来の為に、この身を尽くす所存です」

櫻田は規格外の男を担当するのだと悟った。
マレーシアとインドネシアのサルタン、カンボジア国王、タイ王族とも同じスタンスで対峙するのだろうと。

「一蓮托生、択一か・・」
背中に汗をかいているのが自分でも分かった。

ーーーー

会談前、バンダルスリブガワンにある王宮で謁見している映像がアジア中に流れた。
宮内庁長官を頭とした日本側一行を、国王が王宮の謁見の間で出迎えていた。
通常の訪問団と異なる点としてタイの王族が2人加わっている。宮内庁長官の次席にタイの王族、その次にプルシアンブルー社のゴードン会長、同社、次期アジアパシフィック部門総経理に就任する志木の2人が続き、モリの左右を由真と玲子が殿という順番で進んでいった。宮内庁長官はマレー式の礼服を纏い、タイ王族はタイシルクの礼服、ゴードン以下5名は結城紬の着物で茶系統の色合いで纏めて、訪問団で異なる礼服でありながら一体感を生み出していた。
全体の配色をタイ王族と由真の3人で請け負い、5人の着付けを由真が担当した。タイと日本の女性は帯で華やかを表せたが、ゴードンとモリは帯も落ち着いた色合いで町の商人のようになっていた。

「ちょんまげ姿の先生が見てみたいなぁ」と配列的には左隣の玲子が隣で冷やかしていると、「玲子、前を向いて黙っていなさい。それとアルカイックスマイル!」右隣の由真が叱責し、玲子が慌てて前を向いた。
「樹里かと思ったよ」とモリ笑っているのが、AIの読心術機能で分かっていた。

宮内庁長官は拝礼して天皇からの親書と土産を手渡してから、一行の説明と紹介をし、特にタイ王族との会話とモリの左右の女性に声を掛けていた。映像的にはプルシアンブルー社とモリを意識しないように振る舞ったので、宮内庁と王室関係者の会議と外務省実務者会議の内容だけで、プルシアンブルー社の太陽光発電事業や工場進出の話は、この時点でのニュースでは伏れられていなかった。
しかし会議2時間後の昼食会では、モリとゴードンが国王と、王妃と近親者がタイ王族とモリの近親者で男女に分かれて談笑している。

「一体何があったんだ?」記者達は国王とモリたちが何を話しているのか問いただそうと待ち構える事になる。

(つづく)           


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