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魂、分かちがたく、そこに在り。

【塩田千春展:魂がふるえる】
塩田千春の過去最大規模の個展。
1990年代の初期作品やパフォーマンスの記録から、
代表的なインスタレーション、最新作までを網羅的に紹介している。

塩田は、自らの身体と作品を分かちがたい
一体のものとして捉えているという。
初期のパフォーマンス、自身が演じる映像作品などで、
肉体としての己の限界と、そこを超えていこうとする精神の有り様を
まざまざと見せつけているようだった。
それらの作品から気迫のようなものを感じた。


そして、メタファーとしての赤い糸、黒い糸たちが生み出す
インスタレーションたち。
内部構造に分け入ってしまうような感覚が生まれる。
赤い糸は血管であり、関係性である。
黒い糸は夜空であり、宇宙であるという。

「不確かな旅」は抽象化された舟から
無数の赤い糸が湧き上がっている作品だ。
何かとの出合いを示しているのか、むしろ赤い糸にコントロールされているのか。
ディテールを見にいくとそれらは美しさを失ってしまい、
全体を眺めていると、どのようにその美が生まれているのかがわからない。
そもそも不確実なものの集積として日々があるということなのか。

焼けたピアノと観客席のインスタレーション「静けさの中で」における黒い糸は、
黒煙や消失してしまった音をイメージしているようで、
逃れられない宿命を想起させる。

第一の皮膚を人間の表皮だとすると、第二の皮膚は服装で、
第三の皮膚は居住空間かもしれないという塩田。「時空の反射」では、ドレスが黒い糸によって囲われた居住空間に閉じ込められ、それを覗き込もうとすると、第一の皮膚をもった
鑑賞者自身がその部屋の中に現れる。これも己を閉じ込める多重構造を揶揄しているように見える。

400個あまりのスーツケースが振動し続ける「集積―目的地を求めて」。
見知らぬ人の記憶、時間や生活、あるいはそれらの場を失ってしまったがゆえの旅。
スーツケースは波のように不安定に動き続けている。

小品にも惹かれるものがたくさんあった。
時間に限りのある日に行ってしまったことが悔やまれた。

#art #installation #shiota_chiharu #塩田千春 #赤い糸 #黒い糸 #森美術館 #六本木

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takanobu

編集所代表。ライター。とびラー。 「tokyo gallery gang」主宰 https://www.facebook.com/TokyoGalleryGang/ 「ビールと、好奇心。」主宰     TOP画像:「日照」布田葉太郎(藝大油画卒)

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