目醒めー記憶喪失、歩行不能、嚥下障害を経て/SLE(全身性エリテマトーデス)という難病とともに生きる(11)

<2017年12月>

 転院を受け入れる体制が整うのが、週明けの月曜との事で、土日とそのままリツキサンの投与を受けた私は、少しばかり安定していた様子だったという。その時には、リタイアして第二の人生を歩んでいる私自身の両親も、郷里から駆けつけていた。妻曰く、私の死を予感させる程の、本当に衝撃的な光景を目の当たりにしたのは、妻と彼女の母だけだっただろうと今も話している。

 ともあれ、予定通り12月4日、全国でもリウマチや膠原病の研究で名高い、X大学付属病院に転院する為、私は当然ながら救急車に乗せられた。だが、当時私には、救急車に乗っているという感覚、理解力は最早無かった。何か卵型のカプセルの様なものに乗せられた。それが、私の理解の範囲だった。ストレッチャーに乗せられた私の視界は天を仰いで見られるものしかなく、また、眼から取り込まれる情報量が著しく少なく、何が何だか分からなかった。それが、単に私が過去に白内障の手術を受けた事で遠視(老眼)になっている為に、よく見えなかっただけなのか、はたまた脳の問題と関係があった為なのかは解明のしようが無い。だが、この先もこの視覚の機能低下と反面、聴覚が研ぎ澄まされる感覚について触れる機会があるだろう。

  転院した頃の私の記憶は、ほぼ無いに等しいが、家族が病院側に許可を取って記録していたボイスメモの音声に、その生々しい悲劇的なシーンが、まるでドラマさながらに残されていた。

    医師からの話を聞く為に、私の妻、実の両親、義父母が集まった。まず、X大に来るまでの悪くなった経緯などのやり取りが、セオリー通りに始まった。周りでウィルスは流行っていなかったか、日常生活はどんなだったか、どの様な症状があったかなどと。妻が、それぞれの質問に丁寧に答えた後に、義母が、私の舌が驚くほど荒れていた事や直前に行った町のクリニックでも、既に手が震えていた事、薬が無い無いと言って探し回ったこと、しかも連続で何回か。そういった事があったと伝えると、明らかに医師の反応が変わった。それは正に身を乗り出し気味に聞くような、そんな雰囲気が音声からも容易に読み取れた。

「それはいつ頃の話ですか?その時、既にふるえは出ていたんですね?」

 ひと通りの経緯を確認し終わった後、医師からの所見が伝えられた。

 ファーストインプレッションとしては、私の意識が曖昧で、手足も動かず、小便も大便も垂れ流している状態から判断する限り、私の中枢神経系は、脳から腰髄のあたりまで侵されているだろうとの見立てだった。
 そして、治療方針が語られた。パルスという一度に大量に、ステロイドを1000ミリ単位で短期間投与する方法を軸にしながら、リツキサンが少し効いてきていたという引き継ぎに基づき、リツキサンを週に一度投与。それが私の治療として取れる最善策の様だった。更に、私がオムツ替えの時に腰を浮かそうとする動作をしたり、発語は無いが、意図が理解出来ていそうな期待感があったことから、まだ機能している部分までダメにならない様にリハビリを計画したり、点滴ではなく、鼻から管を通して胃に栄養を入れていくという説明をしてくれた。

 機能している部分という表現に父が反応し、機能していない部分はどうなるのかと質問すると、医師は更に語り始めた。

  まず、入院して標準的な治療をしていたにも関わらず、ここまで悪くなっている事に対して、決して良い状況でないという事が率直に説明された。

「元気に歩いて帰れるかというと、厳しい状況と言わざるを得ない」

 医師は、私の状態を燃え盛る炎の中にある建物に例えて、まずその火を消してみない事には、中の建物すなわち私という存在が無事に残っているかどうかは、やってみないと分からない。そう表現した。

 厳しい見立てを伝えられた後の沈黙に、その場の重苦しさが、ひしひしと伝わってきた。家族が皆、きっと頭を項垂れたり、受け入れ難い事実に抗う様に医師を凝視していたり、そんな情景が目に浮かんで涙が止まらなかった。それが、この私自身についての会話であることが、本当に信じられなかった。

 少し間を置いて、医師は、そうは言っても治ると信じて全力を尽くすと力強い言葉をかけてくれて、最後の最後には、血液を入れ替えるという手段もあると言って、絶望のどん底に落ちた私の家族に、希望の光を射し込んでくれた。

その症状の名は、”中枢神経ループス”

全身性エリテマトーデス(SLE)においては多彩な精神神経病変が見られ、ループス腎炎とともに SLE の難 治性病態の一つとされている。その頻度は軽症のものも含めると全患者の 25~60%に及ぶとされる 1)。精神 神経症状の約 40%は SLE の発症前あるいは SLE の診断時に見られるといわれている 2)。SLE においては多 彩な精神神経症状が見られるが、特に頻度の高いものが、高次脳機能の異常(広義の精神症状)と痙攣である。 一般的に、CNS ループスという用語は広く SLE の中枢神経病変を指して用いられるが、多彩な精神神経病 変をひとくくりにして論ずることは到底不可能である。これまでは、高次脳機能の異常は、見当識・記憶・ 計算などの知的機能の異常を主徴とする脳器質症候群(organic brain syndrome)と、神経症・抑うつ・精神分裂 病様症状などの精神症状を主徴とする非器質性精神病(non-organic psychosis)に大別されていた 1)。一方、アメ リカリウマチ学会(ACR)は 1999 年に SLE の精神神経症状の新たな分類基準を提唱している 3)。この新しい分 類においては、高次脳機能の異常が 5 つに分けられている。 

出展:全身性自己免疫疾患における 難治性病態の診療ガイドライン

〜次章〜回想




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