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【小説】 スーサイド・トライアングル 【ショートショート】

 誕生日プレゼントに何が欲しい? って聞かれたらから、私はお母さんに念願のスマホをせがんでみた。
 すぐに「いいよ」とは言われなかったけど、お母さんは腕組したまま私の目をじーっと見つめてから、首をゆっくりと縦に振った。

「ねぇ遥、これだけは約束して。危ないサイトは見ない、ゲームの課金はしない、ギガが足りなくなったらお母さんに相談。いいわね?」
「分かってるよ。私だってもう中学二年だよ? クラスでスマホ持ってないのなんて、私だけなんだから」

 私は嘘をついた。だって、本当はガリ勉の杉谷も、野球部の瀬戸君も、ママが教育熱心な伊野さんも、スマホは持っていなかった。
 クラスメイトを都合よく四捨五入したらスマホを持ってないのは私だけ、そんな風に考えた。

 わくわくしながら次の日、携帯ショップでスマホを買った。お母さんのポイントが使えたから、私は先週発売したばかりの最新のスマホを買うことが出来た。

 学校へ行くと皆にスマホを買ったことを早速教えた。早く皆とメッセとかSNSとかで繋がりたかった。
 一緒にあーそぼ、そんな風な気持ちで仲良しの芽衣子にスマホを見せると芽衣子は大きな声を上げた。

「すっげー! 遥のスマホ超最新のやつじゃん! 見せて見せて!」
「えーっ、いいよ」

 私は壊されたらどうしよう、なんてハラハラしながら芽衣子にスマホを渡した。「アプリ何も入ってなーい」と笑いながら、芽衣子は柚ちゃんと恵美ちゃんと三人で私のスマホを使って写真を撮り始めた。
 柚ちゃんは私にスマホを返しながら「うらやましい」と呟いた。

 学校帰り。私の前を恵美ちゃんが歩いている。左には芽衣子、右には柚ちゃん。
 みんなのグループメッセに入れてもらおうと芽衣子に声を掛けたけど、芽衣子は「うーん、恵美ちゃんに聞いてから」とあまり良い返事をしなかった。

 でも、せっかくみんなと帰ってるんだし、グループメッセに入れてもらおうと思って声を掛けた。

「ねぇ、私も皆のグループメッセに入れてよ」

 恵美ちゃんは振り返って、柚に言った。

「ねぇ、昨日のミュージックエアライン見た? ヤンヤン超可愛かったよね!」
「見た見たぁ! ヤンヤン超可愛かったよー」

 あ、無視されてる。
 私はそう感じた。何か悪い事したのかな。何もしてないと思うけど、何でだろう。

 そう思っていると芽衣子がスマホを弄りながら笑い出した。何か楽しい物でも見つけたのかな?

「芽衣子、何か面白いものでもあったの? 教えてよ」

 次の瞬間、恵美ちゃんと柚ちゃんの通知音が「ティロリン」と同時に鳴った。少し間を置いて、三人は一斉に笑い出した。

「ねぇ、何なの? 私の事無視してるの?」

 また、通知音が鳴った。三人は私の事を知らんぷりしたまま、一生懸命画面に夢中になっている。

 歩きスマホは危ないわよ! ってお母さんが言っていた。でも、この三人はそんな事おかまいなしだった。
 前から自転車に乗ったおじいちゃんが走って来たけど、おじいちゃんは三人を避けようとして転びそうになっていた。それでも三人はそれさえも無視して、夢中でスマホを眺めながら一斉に笑い出すのを繰り返している。

 なんで、私が無視されなくちゃいけないんだろう。少し、じゃなくて、たくさん悲しくなった私は立ち止まった。

 せっかくお母さんに買ってもらったスマホなのに、メッセにひとりも友達が登録されてないなんて、悔しかった。
 私は立ち止まったまま、スマホ画面に夢中になって歩き続ける三人の背中を見送った。

 あんなヒドイ真似をする芽衣子達は、バチが当たって死んじゃえばいいんだ。
 そんな風に思ったけど、悔しくて悔しくて私は泣きそうになった。 
 お母さんと色んな約束をして、せっかく買ってもらったスマホなのに。
 こんなことなら、買わなければよかったと思うと余計に悲しくなってきた。

 置いてけぼりになった私を振り返ることもなく、三人は角を曲がって、とうとう姿が見えなくなってしまった。

 何が「ヤンヤン」だ。あんな韓国アイドルなんて、厚化粧と整形ばっかりで、ちっとも可愛くない。
 だいたい韓国アイドルなんて皆同じ顔をしているし、皆同じ真っ赤な口紅をつけていて誰が誰だか分からないじゃない。あんなのに可愛い! だなんて言う恵美ちゃんも、柚も、バカだ。

 私はスマホなんか買ってもらわなきゃ良かった、と思いながら歩き出すと、ドラマでしか聞いたことがない「キキーッ!」というブレーキ音が突然聞こえて来て、驚いた。

 角を曲がって大きな広い道に出ると、先に角を曲がった三人が道路の真ん中に倒れていた。三人のすぐ側には大きなトラックが歩道に乗り上げていて、電柱にぶつかったまま停まっていた。
 急いで走って駆け寄ってみると、三人ともスマホを握り締めたまま白目を剥いていて、顔中血だらけになっていた。一生懸命に名前を呼んでみても、ピクリとも動かなかった。

 早く、救急車を呼ばなきゃ。
 救急車なんて人生で一度も呼んだことがなかったけど、早くしなきゃ。
 私は緊張しながら、深呼吸を意識してスマホを鞄から取り出した。

 スマホの画面を見たら、一件だけメッセが届いていた。
 それは芽衣子からの、グループメッセへの招待通知だった。

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