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メモ 新興国の高度経済成長が終わると、その国の指導者は重商主義を推進する

タフツ大学のマイケル・ベックリー(Michael Beckley)准教授は、新興国の指導者が直面する課題として、高度経済成長が終わった後の対応に注目しています(Beckley 2023)。それまで順調に上昇していた経済成長率が頭打ちになり、低成長が当たり前になってくると、成長を前提とした政治のあり方を抜本的に見直す必要に迫られます。

ベックリーは、このような状況下で国の指導者はより積極的な対外政策を選択しやすくなると考えており、特に純輸出を増やそうとする傾向があると指摘しています。つまり、国外においては輸出の拡大を図りつつ、国内において外国からの輸入を厳しく制限しようとします。このような政策は重商主義と呼ばれることもあり、国内の需要の低迷を補完するため、外国の市場に進出を図ることが特徴です。重商主義で獲得した権益を擁護するための手段の一つとなるのが軍隊であり、自国領土から遠く離れた地域に部隊を配備することも、この重商主義を推進しようとする国家活動の一部として理解することができます。

ベックリーは、この経済運営と対外政策を一体的に説明する視点を用いて、2014年に起きたロシアによるウクライナへの武力攻撃を捉え直しています。1991年のソビエト連邦の解体によって、ロシア経済は1990年代に大幅な縮小を経験することになりました。2000年代に石油と天然ガスの市場価格が持続的に上昇したことで、1999年から2008年にかけて毎年8%の経済成長を実現しています。2004年から2008年に賃金の水準は4倍に上昇し、多くのロシア国民が生活水準の上昇を実感した時期でした。この時期に国内政治で不動の地位を築いたのがウラジミール・プーチン大統領であり、彼の支持率はこの時期に90%に近づいたことさえありました。

2008年のリーマンショックで世界規模の金融危機が発生し、2008年以降はエネルギー価格が7割近く急落したことで、ロシア経済は以前ほどの成長率を維持することが困難になったことをベックリーは指摘しています。これは政治的にも大きな影響を及ぼしており、プーチン大統領の支持率は61%まで下落しました。2000年代末から2010年代初頭にかけて、プーチン大統領を批判する勢力が拡大し、街頭でデモが実施された背景に経済状況の急変があったとベックリーは考えており、プーチン大統領は政権の維持を図るため、反対派への抑圧を強め、公的部門の規模を拡大し、経済活動に対する統制を強化しています。ロシアを中心とする経済圏としてユーラシア経済連合への加盟を近隣諸国に働きかけるようになったことも、こうした経済的状況の変化に対する反応として考えることが可能です。

ベラルーシのように旧ソビエト連邦の構成国であった一部の国々はユーラシア経済連合に加盟することに同意しましたが、これはロシアに経済的に依存することになるため、ウクライナは慎重になりました。ウクライナでは欧州連合に接近する動きがあり、ロシアはウクライナを欧州連合から引き離し、ユーラシア経済連合への加盟を受け入れさせるために、さまざまな圧力をかけています。ロシアはユーラシア経済連合に加盟した場合、150億ドルの援助を与えることを約束しましたが、この取引に応じなければウクライナ産の製品に対する関税を引き上げ、経済的な損失を与えると脅したことをベックリーは強調しています。

2013年11月にウクライナのヴィクトル・ヤヌコヴィチ大統領は、欧州連合と政治・経済協力を強化する連合協定に署名しないことを発表したとき、ロシアは成果を得たかに思われました。しかし、ウクライナの国内ではすぐに大規模な抗議運動が組織され、治安部隊との暴力的衝突も発生しました。この混乱の中でヤヌコヴィチ大統領はロシアに逃亡し、ウクライナでは欧州連合との関係を重視する親政権が樹立されています。このウクライナの政変はロシアの国内政治に影響を及ぼす恐れがあったとベックリーは考えており、プーチンを批判する政治活動家のアレクセイ・ナワリヌイは、ウクライナの事例がロシア政治を変革するためのモデルになるとして賞賛したことを紹介し、プーチン大統領が政治的な脅威として捉えた可能性があるという見方を示しています。2014年にロシアがウクライナの南部にあるクリミア半島を軍事力で占領し、これを併合したと一方的に宣言しました。同時に東部のドンバスではウクライナ軍と争う親ロシア派の武装勢力を支援しています。

ベックリーは、経済成長の失速に直面した指導者が必ずこのような政策選択のパターンを辿ると主張しているわけではありません。19世紀から現代までに確認できる大国の事例を比較したところ、国際貿易の見通しが良好である場合、また、国内の政治体制が民主的である場合は、指導者は他国との衝突を回避しようとする事例があったとも述べています。また、ベックリーの議論は経済成長の行き詰まりが軍事行動に繋がると主張しているわけでもありません。重商主義は、国外の権益を維持し、また促進するために、軍事力を活用しようとする場合がありますが、具体的にどのような方法で運用するかについては、その時々の軍事的状況によって一様ではないと考えられます。

ベックリーは、同じ視点で中国の最近の対外進出の動きについても説明しています。その内容については、また別の機会に詳しく取り上げますが、中国も2012年に高度成長が頭打ちになっていることが指摘されています。習近平政権はそれまでの改革開放の政策を批判し、一帯一路という中国の輸出を促進するための広域経済圏を構想し、海外の基地の整備にも力を入れていていますが、これは経済成長のピークを迎えた新興国によく見られるパターンであり注意を要するとベックリーは考えています。

中国は2030年代以降に勢力を大幅に後退させると予想されており、それからは米中関係の行き詰まりを打破するチャンスが来るとベックリーは期待していますが、2020年代であれば依然として経済的、軍事的に大きな能力を持っているため、危機回避に注意を要するとされています。

参考文献

Beckley, M. (2023). The Peril of Peaking Powers: Economic Slowdowns and Implications for China's Next Decade. International Security, 48(1), 7-46.

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