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【受容と共創】対話の中にある二つの段階

これは僕の「対話」というモノ自体への捉え方です。
「対話」って、二つの段階があると思っています。

最初は「受容」の段階。お互いが対等な土俵に立ち、存在そのものを受容れ、人格同士で「どすこい」する。

その先に「共創」の段階。お互いの未来に向けたボルテージビームが交わった結果、もともと自分にも相手にも無かった新しい概念が生まれる。

「受容」して「共創」する。受容の段階はお互いの持つ100を、そのまま減衰させることなく100として表現するためのプロセス。共創の段階は100同士を合わせることで150や200でなく300、500、10000と新しい可能性を生み出すようなイメージです。

もうちょっと言うと、最初の受容段階で「どすこい」しているとは「人格同士のぶつかり稽古」とも言える状態です。キャッチボールではなくがっぷり四つです。

そんながっぷり四つ状態から、そのまま土俵からテイクオフして宇宙の果てまでフライアウェーイ🙌して飛んでいくような感覚。ぶつかり稽古がロケット燃料を生み出してしまったような感覚ですね。

何のこっちゃ🙄

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