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【エッセイ】行けたら行くは、気遣いなのか

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 お祝いを頂けました。ありがとうございます。

takewoodyです。本日は、
” 【エッセイ】行けたら行くは、気遣いなのか”
ということをテーマに書いていきます。(約3,000文字) 
タイトル画像は、にゃこぱんさんの画像をお借りしました。

本日は、初めて、エッセイ風に、記事を書いてみます。
本当は、コラム記事を書いてみたかったのですが、
論理性の文章を書くのが苦手なこともあり、エッセイにしてみます。
ただただ言いたいことを書いていきますので読んで頂けたら幸いです。

コラムとは、ライターの意見が書かれた「評論文」「囲み記事」であり、
その意見には、しっかりした「根拠」や「論理性」があること。
エッセイとは、「自由形式の文章」のことです。
コラムのように「意見を述べなければならない」「論理や根拠が必要」などの制約が一切なく、思ったことを自由に描いた文章をエッセイと呼びます。

コラムとエッセイの違い

■【エッセイ風】行けたら行くは、気遣いなのか

人に誘われるときに、「行けたら行くわ」という言葉を使ったり、
人を誘うときに、「行けたら行くわ」という言葉を聞かされたりする。
そんな経験は、誰しも、1度や2度はあるのではないか。

会社や仕事上の飲み会だったり、友人の誘いだったり
あるよね~。

「行けたら行くわ」っていい言葉なのか、よくない言葉なのか。

直球で断ると角が立つからとか、気づかいとか
本当は行きたくないけど、行けないと言えない。
行けるか行けないかわからないから、とりあえず感覚の言葉。
行けないことを察してよというニュアンスだったりと、
何とも、歯がゆい、どっちつかずの言葉である。

または、来る人のメンツで、考えるなんてこともあるよね。
だって、せっかく行ったのに自分にとってつまらない人達(失礼)
の集まり時間では、時間の無駄になってしまうのだから。

誘う方からしたら、すぐに答えをもらえないと
予定が立てずらいし、お店の予約など、何かと面倒だ。
直前になって、やっぱ行けないという返事や
やっぱ行くわだったりとなると、はよ言えや!
と心の中でヤキモキするだろう。

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