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#192 相手が強かったと考える人と、自分が弱かったと考える人の違い

シンママ起業家のタキマユコです。起業のサポートをする会社を経営しながら、noteでほぼ毎日記事を書き、メンバーシップを運営しています。stand.fmとPodcastもほぼ毎日配信しています。

今日は、あるテレビ番組を見ていて、感じたことを書きます。
高校生が学校代表として、ある種目にチャレンジをする番組で、全国から高校生たちが学校代表として参加していました。

その種目に対する対する、熱い思いを持っている若者がたくさんいて、その中に、特に熱意を持って参加している男子学生がいました。その子は途中で負けてしまったのですが、そのときに応援に来ていた仲間が励ますために

「仕方ない、相手が強かったんだ」

と言う言葉をかけていました。

これって良く言われる言葉ですが、皆さんはどう思われますか。

私は、一時的には慰めにはなる言葉だと思いますが、相手が強いと認めてしまうことは、今後、同じ試合に出る場合においては、マイナスになる可能性もあると感じました。

相手を強いと認識すると、自分の中で相手を意識する気持ちが高まります。それがモチベーションにつながることもありますし、悪いわけではないのですが、相手基準で物事を考えてしまうようになります。

勝ちたい相手よりも、自分のレベルを上げようとは考えますが、相手を超えた後、どうモチベーションを維持するのかと言うことや、その先の自分の成長が難しくなるように感じるのです。

スポーツや勝負事の世界は、自分との戦いです。仮想敵を作り、誰かに勝つために努力する習慣になってしまうと、成長が止まる時が必ずやってきます。

自分を成長させるため、自分の力をつけるために努力するのであって、負けた時も、自分の力が足りなかったと考えるほうが、モチベーションの維持や、長い目線で見たレベルアップに繋がります。

そして、勝負事には運もあります。最大の努力をしても、運が悪くて勝てないことは必ず存在します。

このように強く感じるのは、私自身が3歳からずっと囲碁をやってきた中で、人に勝つことをモチベーションにしてしまったため、成長が止まったと感じた経験があるからです。

最初から相手が強いと思ってしまうのも、フラットな気持で戦えなくなり、その時点で勝てる確率が下がります。意識するのは相手ではなく、「自分」なのです。

戦うのはいつも自分で、相手ではありません。ですから負けた時も、振り返るのは自分のこと。どうすればよかったか、今後同じミスをしないためにどんな努力をすべきか。

そうやって、他人軸ではなく、自分軸でいつも自分をレベルアップさせながら、継続的な努力を続けていける人が、一流としてやっていけるのではないかと思います。

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