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【感想文】怒りの葡萄(下巻)/スタインベック

『超好待遇読書感想文 ~ 宗教に関する解説編 ~』

私は『怒りの葡萄(上巻)』の読書感想文において、無粋を承知で本書のレビューを行ったところ結果はなんと50点満点中49点という超高得点であった。さらに特別点プラス10点という快挙まで達成した。その根拠となる宗教的要素に関する解説は以下の通り。

【概要】

『怒りの葡萄』という表題について、この「ぶどう」を巡る宗教的示唆こそが本書最大の特徴である。まずは聖書を典拠としたぶどうの解釈を行い、本書ラストにおけるローズの行為から作品のモチーフを考察する。

▼Ⅰ. 聖書における「ぶどう」の扱い:

旧約・新約を問わず、聖書には神から民への態度を「ぶどう」を用いて言及する箇所がある。旧約において、ヨエルは悪人に対する神の裁きをぶどうを踏み潰す行為に例えており(※1)、また、ぶどう酒は神が人々を祝福する為に与える良い物であるとも語る(※2)。新約では、ぶどう酒はイエスの血の象徴であり、イエスが人々を罪から救う為に死んだ際に流れたものであった(※3)。また、イエスは自らがもたらす新しい命を、新しい革袋に入れた新しいぶどう酒に例えている(※4)。そして、ヨハネの黙示録では絞り桶で潰されるぶどうの例えを用いて、神がどのようにして悪を裁くかが語られており(※5)、これが本書表題の「怒りの葡萄」に由来しており、ご存知の方も多いことかと思われる。

▼Ⅱ. ぶどうの木としてのイエス/実を結ぶとは:

新約/ヨハネによる福音書,第十五章において、イエスは自身を多くの小枝を伸ばすぶどうの木であると言う。ぶどうの木がよく実を結ぶように世話をする農夫は、古い枝と実を結ばない枝を切る必要がある(ぶどうの木は剪定されないと多くの実をつけないから)。そして、ぶどうの木(=イエス)と繋がる枝だけが実を結ぶ。つまり、イエスが弟子に望む「実」は、神と他者への愛に基づくものである。なお、旧約聖書には神の民であるイスラエルが、持ち主の期待通りの実を結ばないぶどう畑として描かれている箇所もある(※6)。

▼Ⅲ. 黙示の目的について:

ここで、新約/ヨハネの黙示録は、全体が「黙示(※7)」により構成された、いわゆる黙示文学であり、人智を超える存在や現実について、それを象徴や幻を通じて示す物語である。これらの幻は隠されていた真実を神が啓示するのだが、それは人間の歴史の意味を表現することもあれば、死後の生についての示唆もあるし、人類に対する将来の神の裁きを告げることもある。黙示には、善と悪の戦いが深く関連しており、本書「怒りの葡萄」の典拠となるヨハネの黙示録においては、神は悪の力を永遠に滅ぼし、正義と愛が支配する世界をもたらすとされている(※8)。ヨハネの黙示録を読んだ方はご存知かと思うが、その神秘的で謎めいた記述には我々読者の想像をかき立てるものがある。

やっと前置きが終わった。以下、本題。

▼Ⅳ. 本書ラストシーンの意図:

本書ラストにおける、ローズが男に母乳を与えた直後の描写を以下に引用する。

ローズ・オブ・シャロンは顔をあげて、納屋の向こうを見た。唇が合わさり、そこに神秘的な微笑みが浮かんだ。

上記において、どうして神秘的な微笑みが浮かんだのか。まず状況を整理すると、ローズの子は死産しており、彼女自身も心神喪失状態に加えて飢えに苦しみながらも瀕死の男に母乳を与える。ここで、繰り返しになるが「怒りの葡萄」というフレーズはあくまでも神の黙示であり、人間がどうこうするものではない。そのため、本書を社会派・リアリズム小説の文脈で皮相的に解釈してしまうと、神の名の下に人間同士の争いを誘発する恐れすらある。黙示は、危機的な状況下にある神の民に希望を与えるものであり、神が世界の出来事を支配し、人類の歴史に計画を持っていると知ることで、神に忠実な者は励まされ、厳しい状況や死をも超えて、神の正義に満ちた将来を見ることができたのである。左記の様に宗教的文脈で解釈した場合、ローズの神秘的な微笑みは神に対する直感、その表象とそれに基づく愛に満ちた行為の現れであり、つまり、彼女の微笑みは漸進的希望の象徴として捉えることができる。

といったことを考えながら、本書の発想を丸パクリして私もノーベル賞を獲ろうと思った。

【注釈】
※1・・・旧約/ヨエル書,第四章
※2・・・同上
※3・・・新約/マルコによる福音書,第十四章
※4・・・新約/マタイによる福音書,第九章
※5・・・新約/ヨハネの黙示録,第十四章、第十九章
※6・・・旧約/イザヤ書,第五章
※7・・・啓示あるいは開示を意味する。黙示≠預言。
※8・・・新約/ヨハネの黙示録,第二十章~第二十二章

以上

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