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《十六. 雷次、異空間の殺し屋になる 》

 「どうする?やっぱり、またホラー映画で行くか。俺は、それがいいと思うが」
 雷次プロの三作目に関する企画会議で、百田はそう切り出した。
 「そうですね、せっかく一作目、二作目と尻上がりに動員も伸びてるんですから、この路線を続けるのが得策やと思います」
 大神も賛同する。
 「いや、次はアクションで行くぞ」
 雷次は、あっさりと彼らの意見を却下した。

 「ホラーじゃないのか」
 「何だよ、百田。お前、一作目の時には、アクションをやる気満々だったじゃないか」
 「それはそうだが、今は状況が違うだろう。ホラーで当てているじゃないか。てっきり、俺はお前の意識がホラー映画に行っているものだとばかり思っていたぞ」
 「俺は、この会社を恐怖映画専門のプロダクションにした覚えは無いぞ。それに、一作目からアクションを撮るつもりだったのが、たまたま恐怖映画のアイデアが浮かんだから、そっちに行っただけだ。お前はアクション映画に反対なのか」
 「いや、反対はしないさ。俺だって、アクション映画のシナリオを書きたい気持ちはある。だけど会社的には、どうなんだろう、副社長?」
 百田は竜子に意見を求めた。

 「アクションだったら、別にいいんじゃない。雷次さんの得意分野だし。急に違う分野に手を出そうとしたら、こっちも少し考えたかもしれないけど」
 竜子がそう言うと、
 「だったら、少し考えることになるかもしれないなあ」
 と雷次は告げ、顎に手をやった。
 「どういう意味?」
 「いや、アクションと言っても、俺の考えているのはSFアクションだからな」
 「SF?」
 雷次プロの面々は、全員が驚いた。

 「今のウチに、SFなんて作れるんですか?そんな大金、捻出できるんでしょうか」
 福井が予算のことを心配する。他の面々も、口には出さないが、ほぼ同意見だった。
 すると雷次は声を上げて笑い、
 「いやあ、そう来ると思ったよ」
 と頭を掻いた。
 「実は、みんなの反応が見たくて、わざと言ってみたんだ」
 「何だよ、冗談か。人が悪いぞ」

 百田が顔をしかめると、すぐさま雷次は
 「いや、冗談じゃないぞ。SFアクションを撮るってのは本気だ」
 「本気って、じゃあ予算はどうするんだ?どこかから製作費を引っ張ってくる見込みでもあるのか?」
 「心配するなよ。俺だってバカじゃない。そんなに大金が必要な映画を撮ろうとは思ってないさ。俺が考えているSFってのは、他の惑星で宇宙人と戦うとか、宇宙船に乗って旅をするとか、そういう内容じゃない。現代劇と大して変わらない予算で作れる映画だ」
 雷次は、落ち着いた口調で語った。

―――――――――

 アイデアの発端は、雷次が竜子と出掛けた演芸ホールで生まれた。
 雷次は暇があれば、演劇や歌舞伎を観賞したり、動物園や水族館に出掛けたりと、様々なイベントや娯楽施設へ積極的に足を運ぶようにしていた。
 それは全て、映画のヒントを得るための行動だ。
 次々に芸人がステージへと上がる中、ある手品師が登場した。その手品師は、鳩を使ったマジックを披露した。手の中で消した鳩を一瞬で出現させたり、何も無いはずの上着や箱の中から次々と鳩を出したりしてみせた。

 その時、雷次の中で、鳩を拳銃に置き換えた映像が浮かび上がった。そして彼は、
 「ああいうガンマンがいたら、面白いだろうなあ」
 と考えた。
 拳銃は弾丸に限りがあるので、切れたら新しい弾を装填しなければならない。しかし、どこからでも無限に弾丸入りの拳銃を出現させることが出来れば、その必要は無い。

 「お前、手品を見ながら、そんなことを思ってたのか。かなり変わってるな」
 その時のことを雷次が企画会議の席で話すと、百田は呆れたように告げた。
 「変わってる方が、映画監督としては得だろ。平凡な人間だと、平凡なアイデアしか浮かばない」
 雷次が言う。

 「それはともかく、そのアイデアは思い付いたが、鳩を出すのは手品だから、トリックがある。本当に、何も無い場所から鳩を取り出しているわけじゃない。これを拳銃でやろうとしたら、それは普通の現代アクションでは無理だ」
 「それでSFというわけか」
 「そうだ。その部分が現実離れしているだけで、他は現代アクションと大して変わらない。だから、そんなに予算の心配は要らないのさ」
 それから雷次は、百田たちにプロットを語った。

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  『魔銃変』

  〈 あらすじ 〉

 冴えない中年セールスマンの中西健太(立川充)は、その日も仕事が不調で落胆していた。公園で佇んでいた彼は、通りの向こうにいる美しい女(阿取鈴音)に気を取られた。その女は辺りを見回し、中西の方に視線をやった。思わず中西は、ペコリと頭を下げた。すると突然、彼女は慌てた様子で公園へと走ってきた。
 「こんな所にいたんですか。なぜ、そんな格好を?」
 と女に言われ、中西はうろたえた。少し話している内に、女は自分が人違いをしていることに気付いた。

 その時、黒いコートを着てソフト帽を被った大柄な男が、公園に現れた。どこからか歩いてきたのではなく、何も無い場所に、いきなり出現したのだ。
 女は中西に
 「逃げるわよ」
 と言い、腕を掴んで引っ張った。男は銃を構え、無言で発砲してきた。女は銃を出して応戦しながら、中西を連れて逃走した。

 男を撒いたところで、女は事情説明を始めた。その女はジーナといい、異空間から来た捜査官だった。先程の男はJCという凶悪犯で、特殊な能力を持っていた。捜査局は一人の科学者に依頼し、能力を無効化する研究を極秘に進めてもらっていた。科学者の研究は、完成しつつあった。
 だが、その情報をJCが嗅ぎ付け、科学者を抹殺しようとした。科学者は次元移動装置を使って中西たちの住む世界へ逃亡したが、JCも後を追った。ジーナを含む複数の捜査官が、JCを捕まえるために派遣された。

 手分けして捜していた時、ジーナは科学者に瓜二つの中西と遭遇した。JCは中西を科学者と間違え、襲ってきたのだ。人違いだと説明しても、JCが分かってくれる相手ではないことを、ジーナは中西に告げた。
 JCの特殊な能力とは、ハルトリウムという物質を使って瞬時に銃火器を作り出すというものだった。ハルトリウムは世の中の様々な物品に含まれており、そのため、JCは武器に困らず攻撃を続けることが可能なのだ。

 ジーナは仲間に連絡しようとするが、通信機はJCの攻撃で損傷し、通信範囲が著しく制限されてしまった。JCはジーナと中西を発見し、銃撃してきた。彼は書店の棚や公園の遊具、小学生のランドセルや主婦のバッグなど、様々な所から銃を生み出し、二人を攻撃する。
 ジーナは中西を守りながら応戦し、街中を逃げ回る。最初はジーナの足手まといになっていた中西だが、やがて彼女をサポートしたり、逃げ道を教えたりと、少しは役に立つようになっていく。しかし二人はどんどん追い詰められていき、ジーナは撃たれて大怪我を負ってしまう……。

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 『魔銃変』は『薔薇を抱えた男』や『殺人者は常に微笑む』と同じく、全てロケーションで撮影された。
 前作『殺人者は常に微笑む』で影山洋子を演じた阿取鈴音が、今回はジーナ役で出演している。雷次がオファーを出したわけではなく、今回も彼女はオーディションを受けた上で選ばれている。他の出演者も、やはりオーディションによって選出されている。
 ただし、JC役だけは例外だった。
 これには事情があって、最初はオーディションで選ばれた役者が演じる予定だった。だが、クランク・インの直前、その役者が急病で入院してしまったのだ。

 知らせを受けた雷次プロの面々は、大慌てになった。既に撮影の予定を組んでおり、今から延期すると、他の出演者やスタッフのスケジュール調整など、あらゆる方面で支障が出ることになる。
 しかも、その役者の復帰には、最低でも2ヶ月は必要だという。
 「代役を立てましょう」
 竜子が意見を述べ、他の面々も賛同した。
 しかし問題は、その代役だった。

 「もうクランク・インが迫ってる。今さら新たにオーディションをするのは厳しい。どうする、他の役で選んだ男優を、そっちに配置転換するか」
 百田が提案した。
 「それが出来ればいいんだが、残念ながら、JCがやれそうな人間は見当たらない。大柄で、いかつい顔で、黙っていても強さや怖さに説得力が出るような奴じゃないと困るんだよ」
 雷次が言う。
 JCを演じる予定だった男は空手を長くやっており、がっしりとした体付きをしていた。

 「参ったなあ。こうなったら、代役に合わせてJCの人物設定を変更するか」
 雷次が腕組みしていると、
 「いい案があるわ」
 と竜子が言い出した。
 「雷次さん、貴方がやるのよ」
 「えっ、俺が?」
 「そうよ。貴方なら、この役にピッタリよ。大柄だし、強面だし、それにアクションだって問題なくやれる」
 「そうか、それはいいかもしれんな。大映では悪役を演じていたし、合いそうだ」
 百田も同調する。

 「しかし、俺が今までやって来たのは端役ばかりだぞ」
 「それは言い訳にならないわ。それまで端役だった人間が重要な役を演じるようになるのは、映画界では普通にあることでしょ」
 竜子にそう言われ、雷次は言葉に詰まる。
 「もしも他に何か名案があるなら、そっちを選んでもいいわよ。だけど、もう手が無いんだから、観念してやりなさいよ。大映時代と違って、大物俳優さんたちに遠慮する必要も無いんだし」
 「うーむ」
 額に皺を寄せて考え込んだ雷次だが、結局、他の策は思い付かず、緊急避難のような形でJC役を引き受けることになった。
 そして、これが彼にとって、大きな転機となった。

 『魔銃変』は1973年7月に公開され、『殺人者は常に微笑む』を上回るヒットを記録した。そて雷次は監督としてだけでなく、俳優としても高い評価を受けた。無言のままヒロインたちを追い回し、底知れぬ不気味さを感じさせるJCというキャラクターは、世界に通用する悪役だと絶賛を浴びた。雷次本人も充実感を抱き、大きな役を演じることへの迷いは無くなった。
 雷次は『魔銃変』によって、俳優としての存在感を世間に示すこととなった。彼自身、JCを演じたことで、役者業に対する遠慮のような気持ちは薄まった。
 そして、この『魔銃変』が、アメリカ進出のきっかけとなるのである。


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