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いつか… ~「サード・キッチン」白尾 悠~

コロナ渦に消えた留学

「○○ちゃんは、○○に留学したいみたいだけど、私は○○がいいな…」
カフェでとなりのテーブルに座った家族が楽しそうに話している。話しているのは大学生になったばかりに見える女の子だ。娘の大学受験が無事に終わりホッとしている頃だろうか…、ご両親はにこやかにアドバイスをおくっている。
私はとなりのテーブルでぼんやりと話を聞きながら、「去年までは考えられなかった会話だな…」と心の中でつぶやいていた。

この3年あまりのコロナ渦で、留学を諦めた人は数えきれないくらいいたことだろう。特に日本を飛び出し広い世界でたくさんの経験をしようと思っていた大学生たちは、大学に通うことも許されず小さな自分の勉強部屋で1日中オンライン授業を受けていた。
私の娘もその留学を諦めた大勢の人々の中の一人だった。今はすっかり留学のタイミングを逃し、次のステージに進もうとしている。
コロナウィルス感染症が撲滅されたわけではないのだろうが、去年までと今年に入ってからでは全てが変わったのだとしみじみ思う。

「サード・キッチン」白尾 悠

「サード・キッチン」白尾 悠

娘の留学がなくなり1日中勉強部屋に閉じこもっている娘を見ていて、なんとも言えず切ない気持ちの中で手に取ったのが「サード・キッチン」だった。実現しなかった留学とはどんなものなのだろうか…、きっと夢のような日々なのだろう…と思いながらページをめくった。しかし、「サード・キッチン」に描かれている留学はなんともほろ苦いものだった。

自分の英語に自信を持ってアメリカにとびたった主人公の尚美は自身の英語が全く通じず、大きな孤独を抱えて一人図書館で過ごしていた。それなのに、日本に送る手紙にはとても充実した学生生活をおくっているかのように書いているのだ。
そんな尚美もあるきっかけからマイノリティが集う「サード・キッチン」に出会い、ようやく孤独から抜け出せるのかと思ったが…。そう簡単にはいかなかった。一口にマイノリティと言っても、それぞれに抱えている問題は様々だったからだ。

留学の明るい部分だけを描いた作品ではないので、読んでいてただ楽しいというような作品ではない。けれど、人種差別やLGBTQ、ジェンダーなど様々なことを考えるきっかけとなる心に染みるような作品だった。

いつか…

私がこの作品を読んだ後、主人にも「ぜったいお勧めだから!」と読んでもらった。主人も本当に感動したようだった。それでも私たちは二人とも留学に対して楽しいイメージしかなかったので、娘の留学について「行かなくてよかったのかもね…」と半分冗談、半分本気で笑い合った💦
「サード・キッチン」を読んで少したった今、海に囲まれた島国日本で生まれ育ち、人種差別やそれに伴うコンプレックス、その他のいろいろな問題に無知で無関心だった自分を反省するとともに、こんな年齢になっても知らないことがたくさんあるのだな…とまた広い世界に思いを馳せたりしている。
ことあるごとに「いつか留学したら?」と言う私に、娘は「もう今は留学にあんまり興味ないよ」と本当に興味がなくなったのか、私を安心させるためなのかわからない感じで答える。
このところ、「学び直し」とか「リカレント教育」とかの文字が新聞でも雑誌でもとびかっている。娘にもいつか留学のチャンスがあるのだろうか?

大学の説明会の時、留学について熱心にメモを取っていた高校生の娘の姿が今でも目に浮かんでくる…

#創作大賞2023

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