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【読書】『うしろめたさの人類学』(松村圭一郎)

以下のエントリでも取り上げた『うしろめたさの人類学』(松村圭一郎著)について、読了後のメモと所感を備忘録としてまとめておきたい。

この本では、文化人類学者である著者がエチオピアの参与観察から得た「構築人類学」のレンズを通して日本社会を覗いていく。エチオピアと日本との対比によって、現代の日本社会が抱える歪みに気付くことができる。平易な言葉で書かれており、とても読みやすい本だ。

【はじめに】構築人類学について

世間の常識や仕組みは私たち自身がつくり出している

「構築人類学」とは著者の造語だが、参考文献や他の記事を読む限りだと、同じ人類学者のデヴィッド・グレーバーに影響を受けているようだ。私たちは、何かと「ふつうはそんなことしないよね。」とか、「あの状況であんなこと言うなんて、変わった人だよね。」とか、社会の基準や規範と照らして物事を捉えている。

しかし、構築人類学では、世の中の「ふつう」や「変な人」を作り出しているのは、私たち自身であると考える。社会規範や社会通念ははじめからデフォルト設定として存在しているのではなく、私たち自身の物事の捉え方を鏡写しにした景色なのだ。

詳しくは後ほど述べるが、著者は、現代社会における「関係」(つながり)の断絶が、私たちの倫理性を麻痺させていると警鐘を鳴らす。これを誰もが理解できるように、経済、感情、関係、国家、市場、援助、そして公平という諸概念と私たちとのつながりを一つ一つ紐解いていくのが本書の特徴だ。

【前半】身近なところから「つながり」を考える(経済/感情/関係)

本書の前半は、「経済−感情−関係」の行為の連鎖がこの社会を構築していることに言及している。どういうことか。これを理解するためには、「経済=交換」と「感情=贈与」の2つのモードが鍵となる。

「経済=交換」のモード

私たちが暮らす日本社会は、その大部分が「経済=交換」のモードに支配されている。当たり前だが、お店で何か商品を買う時、私たちはその代金を支払う。商品とお金が交換される。
これは、基本的に一回限りで精算されるやり取りとして成立する。(解約し忘れている健康食品の定期コースやサブスクの話は一旦置いておこう。)
ここには、基本的に感情的なつながりは期待されていない。

「感情=贈与」のモード

一方で、先ほどお金を支払って購入した商品と全く同じモノのやり取りだったとしても、リボンや包装、費した時間の長さなどによっては、これが「贈り物=贈与」にも変わり得る。例えば、キットカットのパッケージの裏面に「頑張れ」と手書きメッセージが書かれていれば、そこには何らかの感情が宿っている。(ブラックサンダーでも同様だろうが、何かちょっと違う感じはする。)

そして、贈り手の思いが宿った贈与は、受け手にも何らかの感情を生み出す。脱感情化された「交換」と、感情を際立たせる「贈与」。私たちは、その都度、交換/贈与のモードを選択しながら生活している。

感情的な「つながり」が失われた社会

好みはあるだろうが、「感情=贈与」には面倒くさい側面もある。そこから歓びが生まれることもあれば、厄介な思いに振り回されることもある。お歳暮やお中元、内祝い、バレンタインデーのチョコレート、旅行先で買った会社の上司・同僚への土産物──。

一方で、「経済=交換」の関係性には、こうした煩わしさは無い。都市化やネット化によって新たな商品やサービスが生まれ、利便性が加速度的に高まっていく。誰かを頼らなくても、大概のことはお金が解決してくれる。
しかし、過度に「経済=交換」のモードに支配された社会は、人と人との感情的なつながりを希薄にしていく。煩わしいつながりではなく、一回限りで精算される関係性が多くを占めるようになっていく。

感情的なつながりの喪失は、自己と他者との境界線を際立たせる。そして、「わたしたち」のつながりの可能性を狭めてしまう。ポジティブであれネガティブであれ、何らかの感情を感じるとき、私たちは自分ではない誰かとの一体感や不自由さを認識する。感情的なゆらぎが小さくなると、この実感が湧きにくくなる。誰かから自分が影響を受けていることや、自分が誰かに影響を与えていることが、いつの間にかよくわからなくなる──。それは、他者や社会に対する無関心や無力感へと変わっていく。

【後半】世界と自分との「つながり」を考える(国家/市場/援助)

他者や世界と自分とのつながりの理解を更に進めるために、本書の後半は国家、市場、援助といったマクロなテーマとのつながりへと論が進んでいく。

国家/市場のことに自分の力は及ぼない。それって本当?

普段、私たちは「国家」と自分との関係性を意識することはなかなか無い。選挙で誰かに投票はするけれど、政治や行政は政治家や公務員の仕事だと捉えがちだ。
著者は国家の支配や権力は、私たち自身の内面化/身体化の度合いと深く関わっていていると指摘する。例えば、子どもが生まれたとき、その事実はその時点によって既に成立していることに疑いの余地は無いが、役所に出生届を届けた時点で晴れて国家制度上の国民となり、様々な行政サービスを受ける権利が得られるようになる。転入届や婚姻届なども同様だ。法治国家ならば当然だが、疑問の余地もないほどに血肉化している。

私たちのアイデンティティは、国家の制度によってつくられているとも言える。そして、「わたし」の存在が国家と不可分なのだとすれば、その「わたし」が変われば国家も変われるかもしれないと著者は言う。

社会主義は意思決定権が為政者側にあり、その責任や不満の矛先は彼らへと向かう。「最適配分」が実現しないことに対して、国民の責任はない。
一方で、市場経済においては自己責任が原則となる。これは同時に、政府への責任追及のリスクが分散されていることにもなっている。社会主義では自らの行為が社会に及ぼす可能性は開かれていないが、市場経済/民主主義は、一つひとつの行為が世界/社会をつくりだすことを可能にしている。そこには、法や制度、社会通念で判断できない「すきま」が沢山ある。例え厳格なルールが決まっていたとしても、文脈や状況によって判断が難しいこともある。

「国家」や「市場」という言葉を聞くと、そこにその言葉通りの実態があるかのように錯覚してしまうが、それは私たちの毎日の暮らしそのものでしかない。世界は、初めから形をもってできあがっているのではないのだ。

【終章/おわりに】「公平」な世界/社会に近づけるために

それでは、より良い世界/社会とは、どのような姿形をしているのか。著者は、以下のように述べている。

努力や能力が報われる一方で、努力や能力が足りなくても穏やかな生活が送れる。一部の人だけが特権的な生活を独占することなく、一部の人だけが不当な境遇を強いられることもない。誰もが好きなこと、やりたいことができる。でも、みんなが少しずつ嫌なこと、負担になることも分けあっている。
つまり、ひとことで言えば、「公平=フェア」な場なのだと思う。

松村圭一郎『うしろめたさの人類学』(ミシマ社)

不公平な社会に対する「うしろめたさ」

しかし、実際には世界/社会は公平ではない。世界には偏りがあり、不公平だ。

これに対する処方箋は2つあると言う。

①見て見ぬフリをしたり、何かの論理的な整合性をつけて、なかったことにする。

②物や財の偏りを実際に無くせるように行為し、バランスを取り戻す。

①はとても耳が痛い。
「社会問題」と言われていることに対して、私は、あなたは、どう向き合ってきただろうか?

著者は、よりよい世界/社会をつくるための手がかりは「公平さへの欲求」と、自分たちが不当に豊かだと感じる「不公平さへのうしろめたさ」にあるのだと主張する。

「それは国や行政の仕事だから」と他人事にして責任を放棄することは容易い。だが、国や行政は功利的(そして利権的)であるのだとすれば、必ず抜け落ちてしまう領域ができる。最大多数の最大幸福を実現するためには、社会的マイノリティは後まわしにされがちだ。社会主義が完璧にはなりえないように、国や行政に責任を委譲したからと言って、ひとりでに良い世界/社会になる訳ではない。であるならば、市場や非市場、つまり私たちの普段の生活でこれをどのように実現させるかを考え、行動しなければ一向に世界/社会はよくならないかもしれない。

倫理性を取り戻すために

私たちにできるのは、当たり前だとされていることの境界線をずらし、その陰に光を当てることだ。それが自分自身の現実との向き合い方を変えるし、たとえそれが微力でも、誰かの世界の見方をずらし、それによって少しずつ世界が変わっていく。

そのためには、一人ひとりが「誰に何を贈るために働いているのか」を見つめ直すことが肝要だと著者は言う。私たち一人ひとりの日々の営みが、市場や国家と結びついて格差や不均衡を生み出しているかもしれないのだ。

見たくないものから目を背けてはいけない。でも、本当に自分の行為が世界/社会をよくすることにつながるのだろうか?──そう、「つながり」だ。だけど、煩わしい。面倒くさい。摩擦のない世界に慣れてしまうと、なかなか戻れない。でも、それは交友関係を増やそうとか、昔ながらのご近所付き合いを取り戻そうとか、贈答品を贈り合おうとか、そういうことだけでもないと思う。

まずは、何かに「うしろめたさ」を感じたときに、その感情とちゃんと向き合いたい。誰かに全てを委ねるのではなく、自分なりのやり方で、少しでも「つながり」を取り戻すことから始めたい。
倫理性は「うしろめたさ」を介して感染していく。だから、この note を書いているのかも。

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