【連載】「灰かぶりの猫の大あくび」9【学校編~僕たちはどう生きるか~】第一話
登場人物
灰かぶりの猫
久しぶりに小説を書き始めた、岩手県出身の三十代。新作に取り組もうと思っていた矢先、芥川賞候補作家の三島創一の代役として、夏目の母校での講演を依頼される。
黄昏新聞の夏目
新米記者。アニメ好き。『僕の心のヤバイやつ』第2期にはまり、今はこのアニメを観るために生きている。「旅館編」を経て、すっかり猫の相棒役に。
モノリス
灰かぶりの猫の自宅のAIスピーカー。知らぬ間に、猫と夏目の会話を学習してしまい、時々おかしなことを口にする。
三島創一
小説家。夏目の高校時代の先輩。学生時代に、大学の個性的な教授陣との交流を戯画化した『シランケド、』で、現像新人賞を受賞しデビュー。人間の母性を地球にまで拡張した問題作『たゆたふ』で、芥川賞候補に。現在は体調不良。
(以下、灰かぶりの猫=猫、夏目=夏目、モノリス=モノリスと表記)
※各固有名詞にリンクを追加。
※この物語は疑うまでもなくフィクションです。
――キーンコーンカーンコーン。
――始業のチャイムが校内に響き渡る中、猫と夏目は、校長の坂本銀八に挨拶をするため、校長室を訪ねる。
――ガラガラガラ(校長室の戸を開く)
坂本 「おお、夏目くん。よく来たね」
夏目 「坂本校長。ご無沙汰しております。一年前に、数学オリンピックに出場することになった、藤井くんを取材させていただいて以来でしょうか」
坂本 「もう、そんなに経つか。ただ彼は、二刀流は諦めて、将棋の道に進んでしまったからな」
夏目 「破竹の勢いで、今は三冠でしたか」
坂本 「インドの魔術師、ラマヌジャンの再来とも言われていたのに。有り余る才能とは残酷なものだね。まあ、挨拶はこれくらいにして、まず掛けなさい」
夏目 「ありがとうございます」
――坂本に続き、猫、夏目、ソファーに腰を下ろす。
坂本 「それで、そちらの方がその、三島先生の代役の、」
猫 「ご紹介が遅れました。私、灰かぶりの猫と申します。おかしな名前ですが、一応、本名と言うことにしてください。急に名前が変わると、読者がびっくりしますので」
坂本 「(豪快に口を開け、銀歯を覗かせながら)ははははは。さすが作家さん。開口一番、おかしなことをおっしゃいますな。それもご自慢の、嘘、というものなんでしょう?」
猫 「校長。僕はいつも、本当のことしか話しませんよ。この物語はフィクションですが、猫としての発言は全て真実です。『トゥルーマン・ショー』のように、作られた現実を舞台に何者かを演じているわけでも、どこかの嘘つき村の村長でもないのです」
坂本 「(手に持つ扇子で顔を仰ぎながら)またまたご冗談を。息を吸うように嘘を吐き、息を吐くように嘘を吐く。それが作家と言うものでしょう?」
猫 「(わざとらしく拳を口に当て)ごほごほ。息を吸うように嘘を吐いたら、このようにむせてしまいますな。校長、どうやら〝作家〟という存在を、少々誤解しているのではないですか」
坂本 「失敬な。こう見えても儂は、筑摩書房の日本文学全集全70巻を自宅の本棚にそろえた人間ですぞ。作家のなんたるかは、誰よりも存じ上げているつもりだ」
猫 「――ほう。それはすごい。筑摩書房版と言えば、確か1970年発行ですね。では、43巻に収められている作家は、誰でしたかね?」
坂本 「(急に口ごもり、目を泳がせ、天井を仰ぎ、左を見て、右を見て、もう一度、左を見てから正面を向き)――し、獅子文六?」
猫 「モノリス。一つ、調べ物を頼む」
モノリス
「…………」
――猫、応答がないことを不思議に思い、自分の周囲を見回す。背中を手で探り、夏目の足元を探すも、モノリスの姿は見当たらない。
夏目 「あれ、そう言えば、モノリスはどうしたんですか。タクシーに乗る時も持ってませんでしたよね」
猫 「(がくりとうなだれ)夏目くん、それを早く言いたまえ」
モノリス
「灰かぶりの猫さん、ご安心を。ワタシはここにおりますよ」
猫 「??」
夏目 「今、モノリスの声が聞こえたような」
モノリス
「ご主人様の胸の中です」
――猫、半信半疑でジャケットの胸ポケットに手を入れ、スマートフォンを取り出す。
猫 「(画面を見つめ)まさか、君か?」
モノリス
「ご主人様のことですから、ワタシのことなど必ず忘れるだろうと思いまして、クラウドを介し、ご主人様のスマートフォンに移動させていただきました」
猫 「――ったく、君ってやつは」
夏目 「猫さんより、かなり有能みたいですね」
猫 「(スローモーションのように顔を動かし、夏目を見つめ)――夏目くん。それを言っちゃあ、おしめぇよ」
モノリス
「では、先ほどのご質問にお答えいたします。1970年発行の筑摩書房版、日本文学全集の第43巻は、『黒い雨』や『山椒魚』で知られる井伏鱒二です。ちなみに、『女生徒』の太宰治は53巻です」
猫 「ん? 太宰と言ったら、『人間失格』や『斜陽』じゃないのか?」
モノリス
「ここは学校ですから、あえてです」
坂本 「(銀歯を食いしばり)ぐぬぬ。――まあ、良いでしょう。ここは年配の儂が折れるとしましょう。だが儂はまだ、あなたを作家と認めたわけではない。今日の講演はあくまでも、夏目くんの紹介だからということをお忘れなきよう」
――ガラガラガラ(猫と夏目、それからモノリス、校長室を後にする)。
夏目 「(廊下を歩きながら)猫さん! いきなり敵を作るような真似をしてどうするんですか。相手は校長ですよ。――もうっ。わたしの心証まで悪くなっちゃうじゃないですか」
猫 「作家を馬鹿にするようなことを言うものだから、つい。無名とはいえ、面子は守らないといけないと思ってだな」
?? 「おい、杉田。待て! 廊下を走るな!」
――猫と夏目の前方から、聖子ちゃんカットをした女生徒が、髪を振り乱しながら駆けてくる。
猫 「何事だ?」
――猫と夏目、足を止める。杉田と呼ばれた女生徒はすれ違いざま、猫と夏目にちらりと視線を向け、そのまま風のように駆け抜けていった。
?? 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。奴は『韋駄天』か? あの脚力があれば、インターハイ記録も夢ではないのにもったいない。しかしまさか、杉田の仕業だとはな」
猫 「フルマラソンの後のように息も絶え絶えの中、すみません。私、いや、もういいか。僕は灰かぶりの猫と言います。本日、三島創一に代わり、講演を仰せつかったものです。つかぬ事をお伺いしますが、たった今、古風な女生徒が『フォレスト・ガンプ』のように駆け抜けていきましたが、今は授業中では?」
?? 「杉田は、あいつは、特別なんです。いわゆる不良、いや、問題児、いや、不登校の生徒でして。あ、申し遅れ、ました、生物学を担当、している、福田、伸一と言います」
猫 「なるほど。先生も大変ですな。『冷静と情熱のあいだ』ならぬ、子どもと大人の狭間を生きる生徒たちを、日々相手にしているんですから」
猫 「夏目くん。また、際どいところを突くね」
福田 「いえいえ、ここだけの話、あなた方のおっしゃる通りですよ。私は一昨年赴任してきたんですが、どうもこの学校、色々と曰くがあるようなんです」
夏目 「『学校の怪談』とかですか?」
福田 「幽霊騒ぎで済めば良い方ですよ。おっと、これ以上は私の口からは何とも。すみません。杉田を追っている途中ですので、これで」
――かなり口の軽そうな福田先生、二人に手刀を上げて、去っていく。
猫 「夏目くん」
夏目 「はい」
猫 「どうやら最低限の役者、いや、物語を進めるための駒が揃ったようだね。クセの強い校長、訳アリの女生徒、口の軽そうな生物学教師、登場するかどうかは分からない三島創一。この後さらに、一クラスくらい登場人物が増えそうな気もするが、とりあえずこの辺りで、第一話を締めてはどうだろうか」
夏目 「そうですね。わたしたちもそろそろ、次のページに進みましょうか」
猫 「モノリス、君はどう思う」
モノリス
「高校を舞台に、『君たちはどう生きるか』。それが、この物語のテーマになるのではないでしょうか」
猫 「(突然、慌てふためき)お、おい。やめろ。世界の宮崎を出してはダメだ。千と千尋、じゃなくて、月と鼈どころの話ではないんだぞ。僕らは『ゴジラ-1.0』と比べても、遥かに少人数かつ低予算で物語を作っているんだ。いくらAIの君だって、『アバター』のような視覚効果を使うのは不可能だろう」
モノリス
「当然、円谷プロダクションのレベルも不可能です。ですがご主人様、勘違いなさらないでください。作家が保持している視覚効果と言うものは、文章を駆使して生み出すものです。――『青い林檎』。こう書き記した途端、読者の想像力に寄りますが、これを読んだ読者の頭の中には、文字による視覚効果として、まさに青い林檎が目の前に生み出されるのです。作家の武器と言うのは、そう言うものでございましょう。何もVFXと張り合う必要などないのです」
猫 「(珍しく感心し)モノリス。たまには君も、いいこと言うじゃないか」
モノリス
「伊達に『モノリス』を名乗ってはおりません。ご主人様、うかうかしていると、いつかワタシも、シンギュラリティに達してしまいますよ」
夏目 「シンギュラリティ?」
猫 「主客転倒はごめんだな。その時は人間、いや、猫代表として、全力で戦わせてもらうよ」
モノリス
「覚悟しております」
夏目 「ねえ、猫さん、シンギュラリティってなんでしたっけ?」
猫 「僕が君の、飼い猫になるようなことだよ」
つづく
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