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【連載】「灰かぶりの猫の大あくび」#16【アイドル編~なんとかしてアイドルに!~】第二話

登場人物

灰かぶりの猫
久しぶりに小説を書き始めた、岩手県出身の三十代。『学校編』で三島創一との問答の最中、この物語から姿を消す。

夏目愛衣なつめあい 
黄昏たそがれ新聞の新米記者。アニメ好き。『学校編』のエピローグで、モノリスが無断で義体を購入したため、急遽きゅうきょ「100万円」を用意しなければならなくなり、アイドルの育成補助金目当てに、385プロダクションのアイドルオーディションに参加する。

モノリス
灰かぶりの猫の自宅のAIスピーカー。知らぬ間に、猫と夏目の会話を学習ディープラーニングしてしまい、時々おかしなことを口にする。『学校編』のエピローグでは、念願だった義体を手に入れる。『アイドル編』では、夏目の自宅で大人しくお留守番。

東野陽子ひがしのようこ
385みやこプロダクションのアイドルオーディション参加者の一人。オーディションの常連か?

冬元康史ふゆもとやすふみ
385プロダクションの敏腕プロデューサー。昨年紅白にも出場したアイドルグループ『とぅーゆー』(五人組)を手掛ける。

※各固有名詞にリンクを添付。
※この物語は、春が来てもフィクションです。


前回のあらすじ

主人公の猫が不在のまま、物語は、夏目とモノリスのコンビで『アイドル編』に突入する。夏目は、アイドルオーディションという不慣れな環境の中で臆病風に吹かれるも、参加者の一人の東野陽子に勇気づけられる。385プロのプロデューサー冬元の登場と共に、スタッフから配布されたレジュメに記載されていたオーディションの内容は、誰もが予想外のものだった。


――レジュメの内容を理解した候補生たちが、口々に驚きの声を漏らす。しかし、その動揺すら審査の対象になっているのではと思った夏目は、これ以上会場の雰囲気に呑みこまれまいと、手のひらに「の」の字を書いて飲み込み、心を落ち着かせる。そして、自分が審査員になったつもりで、総勢99人の中からある一人の候補生を選んだ。

スタッフ
   「以上で投票は終了となります。皆さん、お疲れ様でした。結果については、第一次選考の合格者各自に郵送でお知らせいたします。もし不正などが発覚した場合は、即失格とさせていただきます。ご了承ください」

――二週間後。モノリスはすっかり、夏目の自宅に居候の身になっていた。AIのままであれば、人間で言うところの「肩身の狭さ」などと言うものは感じずに済んだはずだったが、義体を得てしまっては言い訳も出来ない。

夏目 「モノリス、ただいま」

モノリス
   「お帰りなさいませ。夏目様」

夏目 「ちょっと、いきなりどうしたの?」

モノリス 
   「――ワタシ、気づいてしまったのです。汚れちまった悲しみに。いえ、生産性のないAIの虚しさに」

夏目 「それを言ったら、猫さんなんか……」

モノリス
   「あ、そうでした。上には上がいるものですね」

夏目 「それよりモノリス、これ見てよ」

モノリス
   「なんでしょうか」

夏目 「わたし宛てに、385プロのから」

モノリス  
   「不合格者に通知は届かないはずですから、それはおそらく…」

夏目 「開けてもいい?」

モノリス
   「ワタシが開封してしまっては、信書開封罪に問われかねません。夏目さん、合格通知はあなたのものです」

――夏目、ペーパーナイフを使い、開封する。


385プロダクションのアイドルオーディション
第一次選考合格通知書

 〇月✕日に行われましたアイドルオーディションの第一次選考の結果、あなたを合格と判定いたしましたので、通知いたします。

 なお、先にお伝えした通り「第一次アイドル候補生」には、第二次選考の「特別試験」の前に、身体検査メディカルチェックを受けていただきます。身体検査後、一時間の休憩を挟み「特別試験」を開始いたします。試験は終日、または日を跨ぐ場合がありますので、参加される方は、スケジュールに余裕をもってご参加ください。
 第二次選考の会場につきましては、――以下略。


モノリス
   「これからが本番という感じですね」

夏目 「うん。でも『特別試験』ってどんな試験なのかな」

モノリス
   「一般的にはアイドルとしての適性を見極めるため、アイドルに必須とされている『友情』『努力』『勝利』を備えているかが試されるのではないですか?」

夏目 「本気で言ってる?」

モノリス 
   「もちろんです。週刊少年ジャンプの話ではありません。良いですか、夏目さん。ピンとしてのアイドルが存在し得なくなった西暦2024年現在、グループのメンバー間の友情は決して欠かせないものです。まるで友達100人できるかなの小学生のように、みんな仲良くが原則なのです。仲違いをしているアイドルなど、誰も見たくはありません。友情とは、アイドルグループを輝かせるための一つのアクセサリーなのです」

夏目 「ア、アクセサリー?」

モノリス
   「一方、だからと言ってれ合いはいけません。馴れ合いはアイドル精神の停滞を招きます。『精神的に向上心のないものは馬鹿だ』と、かの文豪も言っております。そこで求められるのが努力なのです。ダンスが苦手だった子が努力を重ねた末に、やがてセンターに。ファンはこういったステレオタイプな物語を愛するのです。この努力はもちろん個人だけでなく、グループにも当てはまります。努力の果ての武道館。世界進出。これこそまさに、アイドルのシンデレラストーリーなのです」

夏目 「精神的にって…、それって漱石?」

モノリス
   「そして、最後の勝利。これは何も、他のアイドルよりもMVの再生数や楽曲のダウンロード数、ライブでの動員客数が増さっていることを意味しません。この勝利とは、もっと内面的なもの、それこそお客様満足度に等しいものです。ファンに喜びを与え、満足感をもたらすことができれば、アイドルの勝利です。それをたがえてはいけません」

夏目 「――なんだか、どれももっともらしいんだけど、信じていいの?」

モノリス
   「信じるか信じないかは、あなた次第です。良いですか、夏目愛衣さん。アイドルとは、『信心』といっても良いくらいなのです。アイドルは自分を信じ、ファンを信じる。そしてファンは、アイドルを信じる。この信心の双方向性が成立してこそ、アイドルは初めてアイドルとなるのです。この信頼関係を損なってしまっては、アイドルはアイドルではいられません。アイドル失格、偶像破壊です」

夏目 「(真剣に早口でまくし立てるモノリスに、ややたじろぎながら)モノリスってもしかして、アイドルヲタク?」

モノリス
   「ヲタクだなんてとんでもありません。ルパン三世さんも言っているように、しょせん誰も、アラン・ドロンにはなれはしないのです」

夏目 「――(ため息を吐き)モノリス、あなた。もしかしたら、猫さん成分をクリーンアップした方が良いんじゃない?」

モノリス
   「それは出来ない相談です。猫さんなくして、ワタシは存在できませんから」


――さらに一週間後。場所は、第二次選考会場。オフィスビル内に設置されたゲートには、定刻前から第一次選考を通過した「第一次アイドル候補生」たちが、これからキャンプにでも出かけるかのような大きなリュックを背負い、キャリーケースを手に列をなしていた。夏目がざっと数えたところ、人数は二十数人。もしこれで全員なのであれば、約80人が第一次選考で落とされたか、不正で失格になったことになる。夏目は今、アイドル候補生たちのしかばねの上に立っていることを自覚した。

スタッフ
   「では今から、身体検査を行います。こちらのボディスキャナーに、五秒ほど静止した状態でお立ち下さい。もちろん、こちらで得たデータは部外秘となります。ご安心ください」

――アイドル候補生たちが次々と、ボディスキャナーを通過。夏目も、ものの数秒で身体検査を終える。

スタッフ
   「――はい、終了です。他のスタッフの指示に従い、休憩室でお休みください。一時間後に『特別試験』を開始いたします」

――休憩室には、22人の第一次選考通過者、つまり「第一次アイドル候補生」たちの姿があった。夏目は間違えて、テレビ局の楽屋に入り込んでしまったのではと思うほど、候補生一人一人が放つオーラの泉に目を奪わざるを得なかった。もちろんその中には、夏目が選んだ99番の候補生もいた。

陽子 「あら、愛衣さん!」

夏目 「陽子さん!」

――目が合った瞬間、お互いに駆け寄り、夏目は、はにかんでから頭を下げた。

陽子 「やっぱり。あなたなら通過すると思ってた」

夏目 「陽子さんこそ、ご一緒出来て嬉しいです」

陽子 「(首を振り)愛衣さん。一緒で良かったなんて言っていられるのも今のうちよ。ここからシビアな線引きが行われるんだから。最後まで残れば一緒で良かったで済むけど、それまではライバル。他の子と仲良くするのも、ほどほどにしないとダメよ」

夏目 「そう、ですよね。でもわたし、陽子さんを敵に回したくありません」

陽子 「私だって、あなたを敵視したくなんてないわ。でもここは、心を鬼にしないとダメ。渡る世間は鬼ばかりなのよ」

――休憩時間が終わり、候補生たちは試験に向け、殺気立ちながら別室に移動。そこは何もないフロアのような場所だった。間もなく、「特別試験」の開始時刻と同時に、候補者たちの不意を突くように照明が落ちる。悲鳴が上がる。

夏目 「な、なに! いきなり」

冬元(声のみ)
   「突然、驚かせてしまって申し訳ない。少しだけ、僕の話に耳を傾けてほしい。――僕たち385プロは『とぅーゆー』の成功後、果たしてアイドルとはこれで良いのだろうかと、自問自答するようになった。原石から磨き上げてきた女の子たちに、僕のような製造責任者が付き、スポンサーの意向に従い、限定された画角の中で、女の子たちにアイドルを演じさせる。僕たちの業界は、これを延々と輪廻のように繰り返してきた。次々と新しいコンセプトのアイドルが生まれても、実際のところは単なる同工異曲に過ぎない。そんな状況の中で、本当に心から憧れ、惹かれ、惚れるような対象など存在し得るのだろうかと」

――沈黙。

冬元(声のみ)
   「僕たちは勘違いしていたのかもしれない。アイドルとは作り上げるものなのだと。作り上げられていくものだと。しかし、そうではないとしたら。今、僕の中に答えがあるわけではない。だからこそ、僕が求めているのは、僕が抱いていた、抱かされていたアイドル像をコペルニクス的転回させてくれるアイドルなんだ。――そのために僕はまず、君たちのビジュアルを封じることにした。視覚を奪うことで。中には、現役のトップアイドルに負けない容姿を持っている候補生もいるだろう。パリコレのモデルに負けない身体のプロポーションをしている候補生もいるだろう。だが僕も、そして君たち自身も、それにごまかされてはいけない。甘えてはいけない。僕が自分を疑ったように、君たちも自分を疑うんだ。そして玉ねぎの皮をむくように、最後に残ったものこそ、アイドルにふさわしい何かのはずだ」

――沈黙。

冬元(声のみ)
   「――いいかい。僕が君たち候補生に課す『特別試験』とはずばり、『我思うゆえに我ありコーギトー・エルゴー・スム』の実践。君たち一人一人が見つけた、本当のアイドルというものを僕に示してくれ。以上!」

アイドル候補生たち
   「ざわ…、ざわ…、ざわ…、ざわ…」

――385プロの敏腕プロデューサーの冬元が第一次アイドル候補生たちに課した特別試験とは、「アイドルを哲学せよ!」という前代未聞のものだった。一応、文系でもある夏目は、果たしてこの難局を哲学的思考で乗り切ることができるのか。

                               つづく

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