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【私小説】僕の映画青春日誌 1

あの時、僕にはたしかに夢があった。

映画という魔力に魅せられて
ただあてもなく右往左往した日々。

冴えない日々が多かったけれど
確かにあの時、青春の中にいた。

でも今は遠い過去のように思える。
このまま靄の中に紛れてしまうのか。
記憶も風に吹かれた砂のように消え失せてしまうのか。

しかしなぜだろう。あの時の人生、あの時の生活よりも、あの時見た映画の方が覚えているのは。

映画に侵食され過ぎて日常が背景に押しやられたのか。見た映画のレビューを時折り挟んでみても、生きて過ごした実人生も見た映画の内容も今や渾然一体として継ぎ目は見えない。

あれは本当に起こったことなのか。

だから僕は今覚えていることを全力で書き記す。
そこには今は忘れてしまった大切な何かが
生きていく上で源泉になる力のようなものが
きっとあったはずだから。

【私小説】僕の映画青春日誌 1

2003年1月
こんな英語教材誰が欲しいというのだ。
成功哲学と英語を掛け合わせたら一挙両得。
現代をサバイブするビジネスマン必須のアイテム。
ほんとかよ?
はぁ、しかしそれを僕は売っている。
しかも営業主任としてね。

新宿住友ビルのエレベーターは無音で僕を運ぶ。
最近、自律神経失調症気味で辛い。
会社辞めようかな。

2003年2月
ほんとはアメリカに映画を学びに行きたかった。
でも2年前に結婚してその計画は変更となった。

日本映画学校の後期応募の締め切り間に合いそうだ。

妻の実家にあった「黒澤明の世界」という本を書いた佐藤忠男氏が校長のようだ。面白そうだ。
受かったら会社を辞める前提で応募した。

お金はもつのか?
いや、今は考えるのをやめよう。

会社帰りに「オールドルーキー」を見た。
再起を狙う中年野球選手の話。
僕は28歳でまだ中年では無いけれど感情移入して泣いた。

大泉のマンションに父と母がやってくる。
会社を退職しようと思っていることを伝えたら、
母から「やりたいことやりなさい」とのこと。
ありがたいね。

日本映画学校に受かることを見越して、会社に退職届提出。
受からなかったらその時考えようと思う。

ひとまずこれでOK。半身浴しながら「ツルモク独身寮」を読んだ。このマンガには忘れかけたトキメキがあるような気がする。

アンソニー・ホプキンスのレクター博士の映画「レッドドラゴン」を見る。

新宿で「アレックス」を見た。気持ち悪い映画だった。ギャスパーノエは生理的に合わないよ。

家で妻とヒッチコックの映画を見る。タイトル何だっけな。
漫画「有閑倶楽部」を読む。母と姉が好きだった。

それから妻と学校のある新百合ヶ丘の不動産でアパート探す。
で、見つけたアパートは家賃が前のマンションの半分以下だ。

会社辞めて学生になるのだから当たり前か。

年収800万円から年収0へ。未練はない。現実は怖い。

大学の女友達から「私だったら離婚するわね」と笑われた。

ちなみに僕には一つ上の妻と、生まれて半年の長男がいる。

で、会社を辞めた。で、これから3年間学生に戻るのだ。
辞めた時にはまだ合格していなかったけれども。

生活は大丈夫かって?

貯金を切り崩し、保険を解約し、奨学金を申し込み、バイトでも探そう。いざとなったら夜勤の警備員をするつもりだ。

僕の両親は呑気だったが、妻の両親は2人とも教師。
僕の無計画人生設計にはかなり心配なようだ。
今日も妻は電話で義母に「まあまあ、なんとかなるから」と言っていた。

翌日、足裏マッサージに行く。胃腸がかなりやられてるって。
胃カメラでもするかな。その後、歯医者に行って奥歯の神経抜いた。

マトリックス」を家で見てから、会社の先輩の家に遊びに行く。

戦場のピアニスト」を劇場で見る。素晴らしい映画だ。

心が‘しん’と凍えるような傑作。
戦争とホロコーストを扱った作品で忘れられないのは、ライフイズビューティフルとシンドラーのリスト含め数多あるけど、圧倒的な映像美とリアリズムではこの作品が随一。
瓦礫の山と化した寒々しい廃墟風景が目に焼きつき、哀しくも力強いショパンの音色が心にいつまでも残る。
ナチスの犠牲になった家族や仲間。
迫り来る一瞬一瞬の恐怖。
奇跡の生還を果たしたポーランドの名ピアニストのシュワルツマンを演じたエイドリアンブロディの哀しき眼差しと極限状況下の恐怖、絶望感が胸にせまる。
ピアノ演奏も圧巻。
クライマックス、ドイツ将校との場面も痺れる緊張感。
静かな映画だからこそ音楽の力も戦時の恐怖感も深く沁み渡るよう。
大スクリーンでもう一度観たい。

帰ってから家で「アメリカン・グラフティ」を見て、メイキングも見る。

会社の後輩と和食ランチする。その後、なぜか2人で神社に行った。
20年後、彼は40代で若くして亡くなってしまった。彼の快活な笑顔が忘れられない。

「トレーニングデイ」を改めて見て、青山シナリオセンターに行く。

原宿、表参道、渋谷を散歩して会社を辞める開放感に浸る。

会社を辞める2日前、課長となぜか激論する。理由はもう覚えていない。

胃カメラ。胃潰瘍じゃなくて良かった。

会社最終日。200名の顧客に手紙を出す。
最後の挨拶を終え、帰ろうとすると
先ほどの後輩がバシャールの本をくれた。
ワクワクすることをして生きろ。ということかな。
退社後、また足つぼマッサージに行く。

明日から映画三昧の日々が始まる。


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