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【こころ #37】本人が何を幸せと思ってどうするかが大事

鬼塚 香さん(後編)


前編から続く)


 鬼塚さんが「声がかかったチャレンジは、そのタイミング」と、福祉現場から教育現場に活躍の場を移し、研究にも取り組み続けて10年近くになる。

 福祉の現場で、目の前の人への直接処遇に真摯に『虫の目』で取り組み、そこから感じたことを俯瞰的に『鳥の目』で学び、そして、かけられた声に『魚の目』で柔軟に応えてきた中で感じた課題を聞いた。

 返ってきた答えは、誰にとっても共通に「ここが幸せって測れない」。そう聞けば当たり前のことだが、日本の社会福祉の「先にここが平均(の幸せ)というゴールを決めて、そこまでは援助しますよ」という考え方に疑問を投げかけるものだった。

 どんな制度でも、何のサービスが使えるかというルールは必要だ。でも、その中でも「この利用者だったらそれをどのように使うといいか変換してくれる存在が欠かせない」。そんなソーシャルワーカーこそ育ち広がってほしいという願いだった。

 その背景には、自身での実践と、海外から学んだ理論がある。


 鬼塚さんは過去にひきこもりの支援に関わり、その方々専用の場所を設置する取り組みに携わった。しかし、「ベースに病気を抱えていたり、純粋なひきこもりの方ってあんまりいないんです」。その方々が求めていたのは、専用の場所ではなく「安心できる場所」だった。自分たちを理解してくれる人がいれば、一緒に散歩にだって出たい。そんな柔軟な姿勢で、本人と一緒に考え、生活をコーディネートしていく存在が欠かせない。

 そして、鬼塚さんのその考えにさらに大きな影響を与えたのが『ソーシャルペダゴジー』というヨーロッパ発の理論だった。例えば、日本であれば、なぜそう支援したか?と聞かれれば、「どの制度を使って支援した」と答えがちだ。しかし、その理論を学びに鬼塚さんが訪問したスコットランドでは、制度ではなく、「なぜその支援を選んだのか、利用者が本来持っている可能性を大事にして、どう引き出すアプローチをしたか」を当たり前に話していた。

 「そんな人にこそ現場に行ってほしい」と、5年前にその『ソーシャルペダゴジー』の研究を始めた。当時まったく日本語のテキストがなかったので、外国語の文献を取り寄せ、読み込むのに3年もの時間を要した。大変ですねと言いかけた瞬間、鬼塚さんから「えらいものを引き当てちゃった。でも出会っちゃったから仕方がない。」と苦笑いで返ってきた。鬼塚さんにとっては、これも「声がかかったチャレンジは、そのタイミング」だった。


 前編の冒頭で、鬼塚さんが福祉を志すきっかけとして、学校に行かなくなった弟さん自身やご家族を置き去りにして、周囲がカウンセリングや精神科を勧めて誰も幸せにならなかった話を記載した。

 「本人が何を幸せだと思ってどうするのかが大事」にもかかわらず、「(社会福祉のあり方は)その頃と今でまだ変わっていない」と感じる。「そこを変えていきたい」。そして、福祉へのきっかけをくれた弟さんに対しては、「あの頃気づかせてくれてありがとう」と言いたい。


 多くの福祉の現場で実践し、いま教育と新しい研究にチャレンジする鬼塚さんは、ニコニコと話してくれた。「福祉の世界は、出会う人も含めて、面白い。それは一回も裏切られたことがなくて、別の仕事をしたいと思ったことは一度でもない。ただ楽しいからやっているだけ」。

 ただ楽しいから。何をやるにも、それは最強の理由になる。鬼塚さんが最後に『鳥の目』で教えてくれた。『ソーシャルペダゴジー』が説く一人ひとりに合わせた支援は「障害分野に限らず、高齢者や移民など多くの分野に応用できる」。さらに、それは専門職に限らず誰もが「お互いがお互いを自分のできる範囲で思いやること」で実践できる。「誰々しかできないとなった瞬間に分断や区別が生まれる。その大きな視点を忘れちゃいけない」という言葉が忘れられない。

 そんな思いやりが社会に広がり、かつ一人ひとりがその行為を楽しいと感じることができたら、未来は明るい。





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