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斎藤昌三が『変態崇拝史』に引用している幻のもうひとつの『土の香』?

 Twitterで金沢文圃閣が書誌学、性に関する文化の研究・蒐集など様々な仕事をした斎藤昌三が発行していた趣味誌『おいら』、『いもづる』(以毛図流)の復刻を出版するという情報を目にして、(私のまわりだけかもしれないが)斎藤昌三が今話題なので私も斎藤に関する話題を取り上げたい。

 斎藤の著書のひとつで梅原北明たちが企画した「変態十二史」シリーズの第9巻として出版された『変態崇拝史』(文藝資料研究会、1927年)(注1)には、性に関する信仰の先行研究を行っていた雑誌のひとつとして『土の香』が紹介されている。『土の香』は拙noteでも度々紹介している加賀紫水の編集していた『土の香』(土俗趣味社)であるが、斎藤が言及したのはどうやらこの『土の香』ではないらしい。

加賀の『土の香』は上述した記事で紹介したように昭和3年(1928年)に発行が開始されたが、斎藤は『変態崇拝史』の中で「(大正)十二年「土の香」」と言及しているので発行年数が加賀のものと一致していない。また、斎藤は『土の香』第4号(大正12年)に掲載されているとして谷川磐雄(大場磐雄)の調査を引用しているが、うわずら文庫様が公開されている加賀の『土の香』の目次を確認する限りでは、谷川は文章を投稿していない。そもそも斎藤のこの本が出版されたのが1927年なので時系列的に加賀の雑誌を言及することができない。

以上のことから斎藤が『変態崇拝史』で言及している『土の香』は加賀のものではないということが言えるだろう。では、斎藤の言及している『土の香』という雑誌はどのような雑誌であるのだろうか。

 ここからは推理になってしまうが、この雑誌が赤松啓介が『民俗学』(三笠書房、1938年 復刻版(明石書店、1988年)で確認)で言及している「「土の香」(横浜)」である可能性はないだろうか。拙noteでも度々引用している「近代日本民俗学史の構築について/覚書 (日本における民俗研究の形成と発展に関する基礎研究) 」佐藤健二(『国立歴史民俗博物館研究報告 165』, 2011年)(注2)には、民俗学の研究史に関する複数の本を比較して各本がどの雑誌に言及しているかを検討したリストが収録されているが、「「土の香」(横浜)」は、赤松の『民俗学』でのみ言及されており、詳細は不明とされている。

 これは赤松の誤記である可能性もあるが、赤松の『民俗学』では「土の香」(横浜)と中部地方の「土の香」と明確に分けられており、赤松は「土の香」(横浜)を「町人的趣味の伝統たるもの」としている。また、『民俗学』では、民俗学の歴史を概観した部分があるが、「土の香」(横浜)は、田中緑紅の編集していた「郷土趣味」とともに「第二節 日本に於ける発達」に、中部地方の「土の香」は「第三節 最近の情勢と動向」に記載されており、両者の発行されていた時期は異なり、「土の香」(横浜)の方が早い時期に発行されていたと推測される。これらのことから「土の香」(横浜)は赤松の誤記であるとは断定できないのではないだろうか。

 斎藤が言及している「土の香」が赤松の『民俗学』に登場する「土の香」(横浜)と同一であるかどうかは分からないが、斎藤は性に関する研究を行っていた雑誌として「土の香」とともに「郷土趣味」に言及している。赤松と斎藤は「土の香」の雑誌の性格を「郷土趣味」に近いものと考えていたことから同一であった可能性はあるだろう。余談だが、斎藤、赤松ともに加賀の『土の香』に投稿したことがあり、加賀の雑誌のことも知っていたと思われる。特に斎藤は以下の記事で紹介した加賀の『百人一趣』の題字を書いていることから加賀と深い交流があったようだ。

(注1)「変態十二史」に関しては、以下の記事が詳しい。

(注2)この論文に関しては以下の記事で紹介したことがある。


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