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おはなし

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『文体の舵をとれ』練習問題9

『文体の舵をとれ』練習問題9

ル・グゥインさんの『文体の舵をとれ』練習問題9の回答の記録です。

おはなし『三月』

おはなし『三月』

ル・グウィンの『文体の舵をとれ』に沿った勉強会を知人と毎月しています。これは何を狙ってるの?と頭をひねるような、こむずかしい課題が多く、手強いです。でもやめられないのでした。先月は第8章でした。記録としてアップ。

文舵練習問題3-1

真紅の緞帳が上がって踊りは始まった。2階席からの彼女は指先ほどもない。本当の身長は150cmもないという。しかし私の目には巨人に映った。日本髪を結った頭は天井に届くかのようだ。肉付きのいい指は次々と何らかの形を成す。空気はかき混ぜられ見えない色がつく。しばらくしてその空気は客席へ飛んだ。次第に客の心をもかき混ぜるのだった。足袋をつけた大きな足が床を踏み鳴らす。鳴り物の音は完全に負けだ。彼女の目は観

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文舵練習問題2 ジョゼ・サラマーゴのつもりで

文舵練習問題2 ジョゼ・サラマーゴのつもりで

山の端をふちどっていた夕日が完全に消える瞬間を見届けようとしていた矢先に前方から男たちの野太い声とがんばってぇという女たちの黄色い声がして意識は完全にそちらへ向いてしまいその群衆が作る輪に向かって走り「どうしたんですか」と声をかけたものの誰からも答えがないため群れの体と体の隙間から覗き見ると二人の男は車の背後をわっしと掴んでドブから車の後輪のタイヤを引き上げるのに懸命でその彼女らしい女二人と集まっ

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文舵練習問題1-2

文舵練習問題1-2

たねや

 たねやのばあちゃんは怖かった。駄菓子屋のばあちゃんだが、いつも子どもたち相手に不機嫌さを隠さなかった。細い体をポリエステル製の薄手のワンピースに包み、そこから出る白く骨ばった手足は冷たい感じがした。特に腕はかたい孫の手を思わせた。白髪の髪は手入れが行き届いているとみえ、つやがあり軽くウェーブをしていた。その波の間からじろりと見る目は森に棲む狼のようだった。しかし低学年生が自由に行けると

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文舵練習問題1の再び

文舵練習問題1の再び

『飛び込む』

ギザギザした波状の岩を足の裏に感じながら、私は5メートル下の川面を見つめていた。時折立つ小さな波が日の光を受けて白く光っている。実のところは吸い込まれそうなほど深い、青緑の川だ。ミツルもやった。タケルもやった。二人は崖から飛び込むという新しい遊びにすでに慣れて、次第に勢いを増して飛び込んでは、雫を滴らせながら幾度も崖によじのぼっている。誰も口に出さないが、皆の関心は次にやれるのは誰

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びっくりするほどできない。文舵です

びっくりするほどできない。文舵です

その女の子は話したのだった。お家に帰りたくないって。お日様が1日中、顔を出さない冬の日だった。赤いチェック柄の吊るしスカートに、レースがたっぷりついた白いブラウスを押し込むように履いて、女の子は下からこっちの目を探るように見た。グレイ色の空のまま、夜を迎えようとしている。困ったと思った。もし断れば女の子は帰りたくない場所に、戻らなければいけない。悪い魔法使いが待つ、石でできた城に。少し逡巡して、で

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『散華』

『散華』

 水蒸気はいったん天に昇り、南へと真っすぐな白線を引いて流れていた。
 桜島は今日も生きている。今朝の風予報では桜島の灰が市内に降る可能性はなさそうだったので、フミヨはベランダに洗濯物を干して家を出た。よその県ではそんな予報は流れないことを、フミヨは高校を卒業してから知った。灰の心配がなければ面倒はひとつ減るのかも知れないが、だからといって桜島がない鹿児島なんて考えられないと、フミヨは思う。
 今

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『デカ弁物語』(仮)

『デカ弁物語』(仮)

 特急列車がかろうじて日に2本停まる温泉街の、駅前の「デカ弁」で私は働いている。元は持ち帰り寿司チェーン店だったが、2代目オーナーの佐々木さんは契約更新をせず、建物を買い取って居抜きで店を始めた。人手不足で佐々木さんが厨房に立ち始めたのは間もなくのことで、料理センスがあるのかデカ弁はそこそこ繁盛していた。

 私は半年前まで、仕事帰りに夕飯の弁当を買いにくる客だった。生真面目な両親に育てられたせい

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