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ヒーローの目にも涙

子供の頃についた嘘を
大人になってもまだ訂正出来ずにいる

当時流行っていた戦隊物のベルトをつけて
妹にこう言ったことがあった

「実は兄ちゃんはヒーローなんだ!」って

強くもないし勇気だってない
空も飛べないしバイクにさえ乗れないのに

まだ幼かった妹はその言葉を信じ込んで
目を輝かせながら予想以上に食いつくもんだから
それが嘘だと言おうとしても

「みんなには内緒だよね!わかってるから!」
と打ち明ける前に言葉を遮って
本当のことを告げぬられぬまま今に至る

ヒーローらしいことは何もしたことは無い
これでもかってくらい普通に平凡に生きて来た

それなりの学校に行きそれなりに友達がいて
秀でる物も無く、かと言って苦手すぎる物も無く

そんな、ちょっとした昔の思い出
今の今までそのことなんて何年も忘れていたくらいだ

でも妹の中であの時の会話は
強烈に脳裏に焼き付いていたんだろう

「兄は私のことをずっと守ってくれました
 私にとってのヒーローです」

父親のいない家庭と言うこともあって
他の人よりかは妹の面倒を見てたかもしれない
でもあたり前のことをしていただけなのに

純白のドレスを身にまとって
豪華すぎる披露宴会場で、そんな場所で
そんなことをいきなり言うもんだから

いくらヒーローでも涙が溢れて来る

「私には新しく守ってくれる人が出来ました」

こっちを見ながらそう言い放って
妹は下手なウィンクをした

それは魔法のように心を震わし
その瞬間に専属のヒーローから解放されたとわかった

妹の隣に座る新たなヒーローは
僕なんかよりも全然強そうで優しそうで
後釜を安心してまかせられると思った

「だから、私より大切な人を見つけて
 その人を守ってあげてください」

せっかく解放されたばかりなのに
簡単に引退することは許されないらしい

確かに今、ずっと張り詰めていた心は緩み
ぽっかりと穴が空いている感覚があって
そこにぴったりと合う人がいれば、とも思ったり

兄であり父親代わりでもあって
恋人と間違えられたりもしたこともあったっけ
もちろん喧嘩もたくさんした

自分のことを一番に考えるのに慣れてないから
次の変身までは時間がかかるかもしれない

「まぁ長い目で見てくれよ」と
心の中でそう伝えた

お兄さんと呼ばれることになった新しい家族に
後でこっそり言ってやらないと

こいつのヒーローで居続けるのはなかなか大変だと
かなりのじゃじゃ馬娘だからって

少し遠くからこっちを見る妹
自分も目を潤わせているってのに
涙を拭う僕を見て、口を押さえて笑っている

そういや兄がヒーローってことは
内緒のはずじゃなかったっけか?


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