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「何もない母の日」という喜び

つい一昨日は「母の日」でした。

我が家は自宅から離れ、京都府に滞在していました。
用事があってこの日は京都にいたので
母の日とは縁がない年になるだろう、とは思っていました。

でも蓋を開けてみればこの「何もない母の日」というものが
いかに価値があったのか、と思い知る事となるのです。

さて、「おっといけない、母の日だった!」と夫が気づいたのは
もうその日の夕方のことだったようです。
昨年の失敗もあり、うんと前から手帳に書いていたにも関わらず
おっちょこちょいがご愛嬌の人なので当日はすっかり忘れていたようです。

こちらもそのことを知っていたので、少々は期待したような気もするのですが
まぁ、誠実ですが不器用な彼のことだからそんなにも上手くお膳立て出来ていないだろう、せっかく京都にいるのだし、余計なことは考えずに、と思ってもいました。

もうひとつ、私自身今年は大きな心境の変化もあり、
「まぁ母の日、別にいらないな〜」とも思っていたのです。

なんでしょう、母の日、母の日、とは言っても
クリスマス商戦だったり、バレンタイン商戦だったりと同様
これは「母の日ビジネス」ではないか、と思い始めたんですね…。

花屋さんが儲かるのは大いに結構です。
私は花が好きなので、お花屋さんなくなると悲しいので。。。
(もっと日頃から皆さん、お花屋さんでお花を買われたらどうかなと思います。)

ただ、そもそも、母に感謝するタイミングをこんなふうに
一斉に設定する必要もないのではないか?
感謝とは日常的に発せられるものであって然るべきだと思うのです。
そうすると、これはどうも世の中の仕組みに踊らされているような気がしていたのです。

そんなわけで、私自身「あぁ、そういう流れに乗るのいやだなぁ〜、嫌いだな〜」
と思い始めていたので
これでもって、「母の日は本当にいらないな」と考えていたのです。

でもうちの家族は、私のこんな思いをサクッと超えてきました。
面白い人たちです。

まず14歳の長男。
この日、京都入りしてすぐ、長男を京都駅でおろしました。
そして彼は1人大阪へ向かいました。
お目当ての野鳥展が重なったので、別行動を取ったのです。

1日に2つの講演を聞き、憧れの先生方と直接お話をさせて頂いたり
サインをいただいたり、野鳥グッズを手に入れたりと
満足の行く時間を過ごす事ができたようです。

初めての京都駅、初めての大阪、あべのハルカス、、、。

1人で昼食をとり、夕飯は立ち食いそばを経験してきたようです。
京都のお気に入りの銭湯で落ち合った時は、ヘトヘトでしたが
その顔をみれば今日1日がいかに充実していたか物語っていました。

そんな彼に往生際の悪い母はひっそりとこう言いました。
「ねぇ、今日母の日だよ…」
どんな反応するのか、面白がって言ったのです。
「あ、そうなんだ!そんなこと考える余裕なかったな〜」と
なんともあっけらかんとにこやかにサクッとした答えが返ってきました。
面白いくらい躊躇もせず、言ってきました。

私が返した言葉は「だろうな!笑」です。

もう、悲しさとか寂しさとか全くありませんよ。

あぁ、そんなに良い1日を過ごしてくれたんだ。
余計なこと考える暇もないくらい夢中でいられたんだ。
それは、母としてこれ以上ない喜びです。
この日、息子はとても良い1日だった。
普段以上の喜びや収穫がありとても満たされている。
本当に幸せなことだと、長男の言葉に嬉しくなりました。

そしてこんな長男の前にもう2人、
面白い人たちがいたのです。

あ、ちなみに1番ちっちゃい3歳の娘は
夫から「いつもありがと!言うんだよ、言って、ほら!」と促されたのですが
彼女の方が夫より一枚上手で「おとーさんが言いなよ!」とあしらわれていましたね。

少し後から、ちっさな声で「いつもありがと」と言ってくれましたけどね。
なんとも微笑ましい2人のやりとりでした。

さて、面白い人の話です。
10歳の次男坊。
いつも素直で可愛くていじらしい奴です。
でもさすが、男子。
多分忘れてたんです。
そして彼も末っ子と同じく私がいないところで夫に促されたようです。

ただ、次男から返ってきた言葉は思いがけないものだったそうです。
夫に対しての次男からの答えは

「ぼくは、いつもお母さんにそれを伝えているし、大切にしているから
こう言う形を取らなくて良い」というものでした。

夫もこれを伝えられて、「確かにそうだ!」と思ったそうです。

理想的です。
100点です、息子よ。

そして、本当にそうなんです。
彼が言ったことは紛れもない、事実です。

食べるのが面倒になっちゃうような柑橘も
ずっとずっと剥いて
実が綺麗にとれると私にくれます。
自分はボロボロのところばかり食べるのです。
美味しいものも大体、最初にも終わりにも私に分けてくれようとします。
わたしのポンポコリンのお腹を見ては
「このままではいけない、マッサージをしよう!」と
一回30分近く私のお腹をマッサージしてくれます。

物理的なことに限らず
彼が意識的に「ありがとう」を伝えてくれていることも感じるし
率先して協力しようとしてくれていることも分かります。
日頃から十分に感謝も愛情も思いも伝わってきます。

ホームスクリーングをしていて一緒にいられる時間が長いから尚のこと
お互いの存在が重要であることを認識しあっていると思います。

ほんと、母の日、いらないね。

次男の言う通りだし、そんなふうに言い切れる彼は素晴らしいなと思いました。
なんだかウチ良い子育てしているなぁと自画自賛してしまったし
そんな親子関係を築けていることが、誇らしく思えました。

もうなんだか、百点満点に幸せな母の日です。
ものじゃない、型にはまったスタイルでもない。
子供達がそれぞれにそれぞれらしく生きる形を見せてくれること。
これは、母親冥利に尽きるものだ、と思います。

この子達の母をやれていることが、何よりに幸せだと改めて、確認しました。
子供達にこそ、感謝と敬意を表したい、そんな母の日でした。

あれ、面白い人もう1人は?
これ、娘じゃないんです。

うちの夫の話。

母の日忘れてた事が居た堪れなかったんでしょうね。
私は彼の母ではないので、彼にどうこうしてもらうってことはないんですが
宿から買い物に行ったかと思えば
旅先にも関わらず、バラの花を一輪買ってきました。
慌てて隠していましたが、狭い空間です、入ってきた瞬間から
バレバレなのですが、とりあえずこちらへ来るまで待ちました。

折に触れて、花を買ってきてくれる、素敵な人です。
それにしたって、旅先でまで?!と半ば呆れ気味だった私ですが
彼からも素敵なプレゼントをもらう事になりました。

バラももちろんですが、その経緯を話しながら夫は泣きました。

宿のそばの小さな花屋さん。
一本買ったバラの花に合いそうな一輪挿しがあり
それについて尋ねたところ、ご店主の奥様が買ってこられたもので
決して売れないものなんだと断られたそうです。

そしてその奥様についての思い出を涙ながらにお話しくださったそうです。
3年前に他界されたという、最愛の奥様の話を。

夫は宿へ帰って来てその話をしながら泣いていました。
いろいろな思いが交錯したようです。

ご店主の涙が心に刺さり、奥様を思う気持ちを汲むと
耐えきれなかったのだと思います。

更には仕事柄、人の死に目に立ち会うことも多く
その先にはこうして何年も悲しみを背負って生きている
残された人たちの存在があることも辛かったそうです。
私は「どうぞそれを背負わないで」と言うことしかできませんでした。

とは言え実はこの時も別件でトンチンカンなことをやらかしてきた夫なので
2人しんみり悲しみくれてと言うよりは
私もそれはそれこれはこれ、と割り切って明るく対処していたので
夫も泣きながら、そして笑いながら最終的に
「もっとあなたのことを大切にする!」とわたしに言ってきました。

私はと言えば
「これ以上大切にしてもらう事がない!」と答えました。

こうやって、泣いて笑って、怒ってはまた笑う。
子供の成長を共に喜び、未来をこれからも共に歩いていける。
それは当たり前ではなくて、尊くてかけがえのない1日1日なのだ、と
心に刻まれる体験になったと思います。

色々、拾ってくる人です。
うちの家族、みんなそうです。

あ、そうそう母の日?
母の日の話でした。
それ言ったらもう毎日、母の日だし、こどもの日だし、勤労感謝の日!
毎日が家族の日!です。

ドラマチックな映画みたいな事がたくさんあります。

それにしても、今年は濃かったです。
それはたくさんの幸せと感謝に満たされていて
最高の1日だったことは間違いありません。

そして、ここに卒業宣言します。
やっぱりー母の日ーというレッテルからはもう卒業で良い、と心底思う日でした。





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