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本を「聞く」ことが好き


深い瑠璃色の空に
一、二粒の星が
音もなく点る如月の早朝。


私は、パジャマに
あたたかい上着を羽織って
ひとり、キッチンに立ちます。
それから
携帯電話を片隅に置き、
液晶の上の再生ボタンを押して
昨晩の続きをリクエストします。


ナレーターの方の声が
シンとしていた空気の中に、
しっとり響きゆくのを聞きながら
私は、朝食の支度にとりかかります。


流れるのは
川端康成作「伊豆の踊子」。
ナレーターは榊原忠美ただよしさんです。

その次の朝八時が
湯ヶ野出立の約束だった。
私は共同湯の隣の買った鳥打帽を被り、
高等学校の制帽を
カバンの奥に押し込んでしまって、
街道沿いの木賃宿へ行った。

伊豆の踊子 川端康成


渋く落ち着いた声。
染み入るような深い声。
美しい日本語を、
情緒豊かに読み上げる声に
耳を委ねて
静かに堪能します。




このところ、
本を「聞く」のがすきです。

いわゆる、オーディオブックに
夢中です。


ゆっくり本を広げられない時でも
耳さえ傾ければ、忽ちそこは
物語の舞台。
オーディオブックはそこが魅力ですね。


以前までは、
本はやっぱりじっくりと、
自分で読み進めてゆくのが
いちばんだと思っていたのですけれど、
聞いてなるほど。

本を楽しむという点では同じでも
活字を目で追うのと、
耳で聞くのでは、
全く異なるエンターテインメントなのだと
気付かされました。





手を動かし
刻んだ白ねぎと青菜と
さいの目に切ったお豆腐を
小鍋へ放ちます。

出汁の香りを含んだ湯気が広がり
野菜がことこと煮立つその合間も
傍らでは、
ストーリーが展開してゆきます。



青年の目に映る無垢で美しい踊り子。
彼女を取り巻く環境と揺れる青年の心情。
上品な色気が漂う描写。

この美しく光る黒目がちの大きい目は
踊り子の一番美しい持ちものだった。
二重まぶたの線が言いようなく綺麗だった。
それから彼女は花のように笑うのだった。
花のように笑うという言葉が
彼女にはほんとうだった。

伊豆の踊子 川端康成




口調、声色、読む速さをかえながら
何役をも演じ分ける声が
本来紙面上にあったはずの“文字”を
目の前の“風景”へと
ふうわり、浮かび上がらせます。




本を「聞く」ことが出来る、

今までは淡々と過ぎていた時間が
物語によって彩られる


空が薄い明かりを宿しはじめてもなお、
儚い想いを語るナレーションは、
やさしく、美しく、続きます。



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