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#1142 葛城四天王のひとり赤沢藤馬

それでは今日も尾崎紅葉の『三人妻』を読んでいきたいと思います。

雪村が女性たちを手放さないのは、好きな真似しても、どこにも洩れたことがないからである。客のある夜は、雪村も酔ってここに泊まり、暇な日は遊びに来て白髪を抜かせます。女性たちのなかに、十八歳になるお照という女性がおり、美しく物静かで、魂のある人形のようです。お照は、余五郎がお角を手に入れた恨みを語ります。素六も、余五郎に別荘を貸したことを後悔しています。お角をやることを断った素六ですが、余五郎がおとなしく引き込むのは苦肉の計略があるに違いないと、先を越すため、向島の別荘に急ぎます。すると、後ろから追いかけて来た馬車に呼び止められます。相手は重手代の笹川で、請負の入札で落札したため、すぐさま帰ってほしいという。急の仕事で雪村は麹町の何某の自宅を訪れます。一方その頃、余五郎は向島に着き、お角に会います。余五郎はお角の別荘からの脱走を急き立てます。お角は箪笥などをかき回して、事の急であることに心惑います。そこに余五郎が忍び来て、今身に着けたもの以外は持ち出すな、取散らかしたものは元の所に片付けろと言います。そして、お角は玄関に忍び出て、余五郎の馬車に乗り込みます。素六は心を急かされて明日を待てず向島に来てみると、取締りのお八代が目の色を変えて「さきほどよりお角の姿が見えません」と面目なき顔色。素六は騒がず、「しばらくこのままに捨て置け」と言います。物が物だけに取り戻すのは面倒である。さりとて指をくわえて、このまま見ているわけにはいかない。余五郎の無作法すぎる所業に腹立てているところに、余五郎からの手紙が届きます。そこには「妊娠中はこちらで世話したく、当分預かりおく」と書かれてあります。雪村も硯を持って来させ、「よろしく頼む」と書いた返書を使いの者に渡します。翌日、深川へ腹心を差し向けると、余五郎は不在ですがお角に会えます。向島を逃げたのは余五郎の差し金だが、世話してくれと頼んだのは自分である、雪村に不服はないが、謝罪は二三日中に余五郎から人を遣わして、話し合いを取り計らいたいとお角は言います。言付けを聞いた雪村は憎き言い分と腹立てますが、ここは度量の大きさを見せて余五郎を気の毒がらせ、のちにうまいことをする餌に用いようと計算します。

四日過ぎて、葛城より彼[カノ]始末に就[ツイ]て談[ハナ]したしとて、四天王の一人[イチニン]なる赤沢藤馬[アカザワトウマ]といふもの来[キタ]りぬ。世才[セサイ]六分[ロクブ]に学識四分[シブ]の化合物にて、英国にても才子といはれし「けむぶりつじ」大学の法学士なり。

#282でも説明しましたが、イギリスで学ぶといったら、維新以前は、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジでしたが、維新以後は、ケンブリッジやオックスフォードが中心となります。ちなみに#1103で紹介した大倉喜八郎(1837-1928)も1900(明治33)年にケンブリッジ大学に留学しています。

神妙に今も官[カン]に在[ア]らば、秘書官ともあるべき身なるに、小手[コテ]の利過[キキスギ]から仕損ぜし事ありて職を免ぜられ、才[サイ]無くても馬鹿律儀な奴が安泰のお役所勤[ヅトメ]は、釣堀[ツリボリ]で魚を捕ると同じ事にて可笑[オカシ]からず、とそれより術[ジュツ]を韞[ツツ]みて世を玩[モテアソ]び、何するにもあらで色酒[イロザケ]に興じ、新橋の芸妓[シンガア]六十余人に、英語の綽名[アダナ]をつけて行[ハヤ]らせしは此[コノ]男なり。

不思議なもんですね……芸妓を英語で表現しようと「シンガー」とルビを振ったのに、そんな苦労もどこへやら、今じゃそのまま「geisha」で通じちゃうんですからね……ちなみに坪内逍遥も『当世書生気質』で芸妓に「シンガー」とルビを振っています。詳しく#122をご覧ください。

というところで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!


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