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#979 詩人の哲学上所見と実感とは必ずしも詩の価値を上下するものにあらず

それでは今日も、森鷗外の「早稲田文学の後没理想」を読んでいきたいと思います。

かの逍遙子がみづから無意識哲學を藏して、又みづからこれを讀む眼を持ちたること、かの逍遙子が隨信行を須[マ]たずして隨法行を作し得べき人なることは既に我責を輕うするに足るものなれど、われは姑くこれを度外に措き、進みて今の世の學者の間にて、言論の爭をなさむとするとき、いかなるものをば互に知りたりと預期すべきかを問はむとす。苟も今の學者として、哲學上の論戰をなさむとするものは、近世のおもなる哲學統をば知りたりと預期すべきは、誰も否といふまじき原則なり。先づ此原則を立ておきて、試にハルトマンが書のいかなるものなるかをおもへ。逍遙子はみづからいはく。ハルトマンは近世の大哲學者なり。ハルトマンの哲學は、ウンド出でざる前に於ては、殆一世を風靡せりきともいふべしといへり。されば逍遙子はハルトマンの哲學を以て近世の大系統なりと認めたるなり。唯逍遙子はウンド出でゝよりハルトマンの聲價下りたりとやうにいへど、一昨年の普魯西[プロシア]年報に載せたるウンドが哲學系といふ評論などを見ば、ウンドが物生的自然主義hylozoischer Naturalismusの決してハルトマンが試みたる哲學と自然學との調和の右に出づること能はざるを知るに足らむ。そは兎まれ角まれ、逍遙子も時を限りてはハルトマンが學の世間を風靡せしを認めたるなり。果して然らばその學の歸するところをば、今の世に立ちて理想の新義を製し、沒理想の新學を起すものゝ須く知るべきところにはあらざるか。われはひとり逍遙子が問の眞面目なりや否やを疑ふのみならず、かの蕨村子の如き上下三千載の哲學史を一呑[ヒトノミ]にしたるやうなる多聞博通の士が斯くまでにハルトマンの無意識哲學を僻典視する所以をおもひて、つひに我惑を解くこと能はず。

「ウンド」は、ヴィルヘルム・ヴント(1832-1920)のことでしょうね。詳しくは#934を参照してください。

和上はついで又いへらく。逍遙が知らざるところはシエクスピイヤの主觀(實は實感)なり。鴎外はシエクスピイヤが曲を、無意識中より作者の意識界を經て生れ出でたるものなりといひき。さらば鴎外はシエクスピイヤといふ作者の主觀(實感)をも知りたる筈なれば教へよとなり。
シエクスピイヤが實感(早稻田黨の所謂主觀)若くはその哲學上所見(彼の所謂理想)をばわれとても、逍遙子がシエクスピイヤの諸傳記を讀みて知り得べきだけより多くは、知らむやうなし。わが無意識より出づる詩の事をいひしは、大詩人の詩は斯くあるべしと推論したるにて、わが地位にありては始より徒勞なるべうおもはるゝ、シエクスピイヤが實感若くは其哲學上所見とシエクスピイヤが戲曲とを比べ考へたる論にはあらず。われ豈逍遙子が如きシエクスピイヤに邃[オクブカ]き人に向ひてことあたらしく教ふべきことあらむや。
和尚またいはく。鴎外はシエクスピイヤが詩人たる技倆、シエクスピイヤが詩の質を逍遙が評のうちに求めたり。されどかの技倆といひ、質といふものはシエクスピイヤが主觀(實は實感)にして、シエクスピイヤが主觀は逍遙の見えずといへるものなるを、鴎外強ひて問はむとせば、そは論理に違ひたるべしといふ。
わが見るところを以てすれば、詩人の哲學上所見と其實感とは必ずしも其詩の價値を上下するものにあらず。二つのものは詩境の外にありて、僅に影響を詩に及ぼすものなり。されば詩の質をば、われその作者を知らずといへども、猶これを評することを得べし。詩の質にして妙ならば、われその作者の技倆のすぐれたるを推知することを得べし。

ということで、この続きは……

また明日、近代でお会いしましょう!

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