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映画感想 ハート・オブ・ストーン

 新たなるヒーロー誕生か!

 『ハート・オブ・ストーン』は2023年のNetflix公開作品だ。ガル・ガドットが主演兼製作を担当。『ワンダー・ウーマン』に続く新しいシリーズ、新しいヒーローを生みだそうとかなり気合いの入った作品だ。監督はイギリス出身のトム・ハーパー。作品履歴は2008年にテレビドラマの監督としてキャリアをスタートさせ、2018年に『ワイルド・ローズ』で映画監督デビューしている。監督としてのキャリアは本作で3本目。
 脚本家はグレッグ・ルッカとアリソン・シュローダーの2人。グレッグ・ルッカはDCコミックのライターとしてキャリアが長く、そこで何度もアイズナー賞を受賞する凄腕。映画の脚本家としては2020年の『オールド・ガード』でデビューしている。アリソン・シュローダーは2007年に映画のシナリオライターとしてデビューし、2016年の映画『ドリーム』、2019年のアニメ映画『アナと雪の女王2』など、女性を主人公にした作品を中心に手がけている。
 映画批評集積サイトRotten tomatoではかなり残念な評価が下されており、現在128件の批評家評があるが肯定評価29%、オーディエンススコア53%となっている。ざっくり見たところ、この作品特有の個性が感じられない。特にトム・クルーズ主演の『ミッション・インポッシブル』にあまりにも似すぎている。ただ似ているだけで、それを越える要素がなにもない……。と、とにかくもケチョンケチョンである。
 まあ、そんなこと言わずに……。とりえあず見てみようじゃないか。


 イタリア、アルピン・アレーナ・セナーレスの山頂に作られたロッジタイプのホテル。そこにMI6のメンバーが潜入していた。目的は武器商人の逮捕。3年間消息を絶っていたが、このホテルに姿を現すというが……。リーダー格のパーカーを中心に、ベイリー、ヤン、新人のストーンがホテルにやってくる客を監視していた。
 間もなく武器商人マルバニーが姿を現す。パーカーとヤンがマルバニーを追ってホテル内に潜入。ストーンはコンピューターでハッキングし、パーカーとヤンを顧客リストに加えようとするが……アクセスできない。ローカルアクセスしか入れない仕組みだ。
 やむなくストーンがホテル内に入り、警備長の側へ行き、携帯電話をハッキング、パーカーとヤンを敵の顧客リストに加える。
 ようやくパーカーとヤンがホテルの奥の部屋に入る。そこでは――米国海軍特殊部隊(シールズ)のライブ映像が流れていた。どうやら作戦中らしく、そのうちの誰が死ぬかを賭けたギャンブルをやっていた。
 違法賭博の現場だ。パーカーとヤンは武器商人マルバニーを逮捕しようとする。しかし抵抗され、戦闘となる。パーカーはどうにかマルバニーを押さえてループウェーに乗る。しかしマルバニーの部下達が集まり、ロープウェーの終着駅に待機している。
 このまま行けば、パーカーが殺される……。ベイリーとヤンが車に乗って雪山を下りていく。新人のストーンは雪で足を滑らして、負傷し「2人で行って!」と声をかける。
 その後で――ストーンはすっと立ち上がる。
「ジャック。ハートの9よ。予測をお願い」
 新人諜報員ストーンの正体、それは秘密組織【チャーター】のエージェントだった。チャーターとはどこの国家にも所属せず、秘密裏に活動し、この争乱の世を守る一団だった。
 ストーンはパラシュートを強奪して雪山を一気に下りていき、駅に集結していた武器商人の手下達を一掃する。パーカーはマルバニーを押さえたまま、無事に駅に到着。しかしマルバニーは意識を失い、泡を吹いていた。青酸カリだ! やっと武器商人を押さえたと思ったのに。大捕物に失敗した。MI6のメンバー達は落胆するのだった。


 ここまでで20分。
 前半20分でかなりがっつりしたアクションシーンが描かれる。ところが、前半20分は謎めいたキーワードだらけでちょっとわかりづらい。最初の20分の躓きやすいと感じられるところを詳しく見ていこう。

 主人公はこの方。最近は『ワンダー・ウーマン』でお馴染みのガル・ガドット。MI6の新人諜報員なので、「危険なので車から出るな」と指示を受けている。相変わらずの美人だけど……体細ッ! スーパーヒーローを演じているときはアーマーを着ているから気にならなかったけど、改めて見ると華奢。あの細さでアクションを演じられるのだから、本当にポテンシャルの高い女優さんだ。
 それにしてもMI6はジェームズ・ボンドやイーサン・ハントと人材豊富。これだけの人材がいれば余裕で世界平和を維持できそう。映画のネタにしやすいんだろうね。いつか「映画に出てきたMI6メンバー大集合」映画を作ってくれないかな……。

 MI6が逮捕したいと狙っているのがこいつ。武器商人マルバニー。3年間潜伏していたが、「珍しいギャンブルが開催される」という話を聞いてノコノコと出てきたらしい。
 後でわかる話だが、マルバニーを誘い出したのはハッカーのケヤ・ダワン。この辺りは後々わかる話なので、今は置いておこう。

 さて、このシーンは何をしているのだろうか?
 警備長の携帯電話をハッキングしようとしたのだが、ネット経由でハッキングができず、側に近付いてローカルアクセスでのハッキングをしなければならなかった。
 そのために近くまで行くのだが、そこで警備長の携帯電話をプルル…と1回鳴らしている。なぜ鳴らしたかというと、携帯電話は一瞬でも鳴ると基地局にデータが送信され、タイムスタンプが残る。なので1回鳴らして、その直後基地局にハッキングし、履歴を遡ると一瞬前にデータ送信された携帯電話が警備長のものだとわかる。そうやって警備長の携帯電話を特定し、それからハッキングしている。
 警備長もマッチョなだけの無能ではないので、1回だけ鳴らされたのを見て、「ハッキングされたかも」とすぐに警戒して周りを見回している。
 このやり取りは後のほうでももう一回繰り返されるので、覚えておこう。

 警備長の携帯電話をハッキングし、武器商人の顧客リストの中にパーカーとヤンをくわえる。それでようやくホテルの地下へと侵入する。
 するとそこで、米国海軍特殊部隊(シールズ)のライブ映像が流れていた。作戦中のシールズをハッキングし、その映像を見ながら「誰がどうやって死ぬか」を当てる悪趣味なギャンブルをやっていた。
 違法賭博の現行犯で逮捕の口実ができた……とパーカーとヤンがマルバニーに近付くが、警備員のハゲ達がなかなか優秀で、2人の動きに気付いて戦いが始まる。

 その後、武器商人マルバニーを捕まえたが、蜂の巣に突っ込んでる状態。今すぐにでもそこを離れなくちゃ……というその時、

 声が佐倉綾音にそっくりなかわい子ちゃん「ケヤ・ダワン」が姿を現す。インド出身の女優さんで、『RRR』に出演していたアーリヤー・バット。作中では少女っぽい風貌で登場するが、女優さんは30歳。
 ケヤ・ダワンはこのホテルにマルバニーを誘い込んだ「悪いハッカー」なのだけど、実は自分のボスに不信感を抱いていて、一見するとMI6の活動を冷やかしているように見えて、今回の一件の裏に「別の組織」いるというヒントを与えている。ストーンの前に姿を現したのは、密かに「彼女に救われたい」と考えていたから。
 ケヤ・ダワンの生い立ちを主人公ストーンとそっくりに作っているのは、この二人が「対象」となっているから。「表」と「裏」の関係性になっている。

 マルバニーをとっ捕まえて、逃げるぞ! ……という時、ストーンが雪でずっこけて負傷してしまう。仕方なく、他のメンバーだけでパーカーとマルバニーを追うことになるが……。

 実はストーンは謎の組織「チャーター」のエージェント。画像は“本部”から指示を受けるために、イヤホンを耳に付けているところ。
 ここから「チャーター」「ハートの9」「ハート」という独自の謎用語が出てきて、「なんぞ?」となる。
 まず「チャーター」とはどこの国家にも属しない、元・諜報員達だけで作られた秘密組織で、秘密裏に事件に介入し、解決に導いている。MI6すらその組織のことを知らず、「噂話」か「都市伝説」の類いだと思っている。
 「ハートの9」はストーンのコードネーム。チャーターには4つの部署があって、それぞれハート・スペード・ジャック・クラブとトランプにちなんだ名前が当てられている。組織の中で一番偉い人がK(キング)なので、ということはメンバーはだいたい12人くらいいるんでしょう。
 「ハート」はスゲェー・コンピューターのこと。チャーターがこんなヒーロー的活躍ができるのは、チャーターというスゲェー・コンピューターがあるから。

 チャーターのコードネーム・Jがハートを使用しているところ。Jの周囲に照明器具のようなものが立っているところを見ると、複数のプロジェクターで立体映像を作り出し、たぶん触感はないが手の動きを検知していて、画像が次々に遷移する仕組みになっているのだろう。
 立体映像が作られているが、これは衛星カメラを含むいろんなカメラから出てきた画像を合成し、立体映像をリアルタイムレンダリングして出している。きっと未来のゲームはこんなふうになるんだろうな……。

 ストーンの目元のアップ。たぶん、コンタクトレンズじゃないかな。コンタクトレンズにAR画像を映し出す……という技術をどこかでちらっと見たことがある。まだ実現してないようだけど。

 ストーンが見ている風景。ストーンの視界にナビゲーションが現れている。便利ねぇ。未来のVRはきっとこんなふうになるんだよ。

 「ハート」と呼ばれるコンピューターはたぶん「凄いAI」のこと。世界中で起きている状況をリアルタイムで把握し、目の前のミッションがどうやったら成功するか方法を示し、さらに成功するかどうかを確率で表示している。
 こういうの、数十年後には現実になるのかな……。

 と、まあだいたいこの辺りまで把握していれば、「よくわからないな……」という状況は防げるはず。
 他に押さえておきたい場面は……

 ここ。ガル・ガドットやっぱり細いな……じゃなくて、こんなふうに引いた視点になって、何かしらの「なめ物」越しの映像になると、「誰かから見られている」という雰囲気になる。この場面で何を伝えたいのかというと、ストーンとパーカーのやり取りを誰かしらが「監視」している、ということ。しかも2組以上の組織から。
 なぜ「2組以上の組織から監視されている」といえるのかというと、こんなふうに引いた視点の画面が、右から、左から、とイマジナリーラインを越えてパッパッと出る。

 こんな感じ。
 この場面、カメラワークが不自然に感じられるのは、ただの2人きりの対話シーンではなく、「監視している誰か」がいて、ストーンはその存在にうっすらと気付いていて警戒しているから。
 監視しているのは、まずストーンが所属するハート。もう一つはケヤ・ダワン。
 この後も、極端に引いた画面になる場面が中盤までぽつぽつと挿入される。注意して見ておこう。

 もう一つ見ておきたい場面はここ。
 だいたい50分を過ぎた頃、バスにいるストーンの元にケヤ・ダワンが電話をかける。しかもバスの掲示板をハッキングしている。ここで何でもない対話をするのだけど、後になってストーンはこの時、ハッキングしたんだからタイプスタンプが残っているはずでは……と気付いて調べると、ばっちりタイプスタンプが残っていて、ケヤ・ダワンがどこにいるか特定できてしまう。
 さて、問題はケヤ・ダワンはミスをしたのか、わざと痕跡を残したのか? 一流のハッカーだったら痕跡はすぐにでも消すはず。ケヤ・ダワンはストーンを甘く見て油断したのか?
 そうではなく、ケヤ・ダワンは自分を発見してほしくてわざと痕跡を残している。

 それがわかるのはここ。
「私のコードがバレてたら破滅よ」
 ヘンな言い回しだね。これは周りに「自分がひそかにストーンにメッセージを送ったことに気付かれてはいけない」から、それを隠すためにこういう言い回しになっている。自分が所属している組織のボスに、相当の不信感を持っていたからの行動だね。
 でもそれを仲間にバレちゃまずいから、ストーンにあたかもイタ電をかけて挑発している……ふうを装っていた。この辺りがわかると、ケヤ・ダワンの行動原理がわかってくる。

 解説はここまで。ここからは映画感想。
 Rotten tomatoではボロカスになっているこの作品だが、言われているほど悪くない。単発のアクション映画としてしっかり楽しめるように作られている。ただ――『ミッション・インポッシブル』と比較されちゃった……というのが引っ掛かりどころで、トム・クルーズのあの映画と比較されちゃうと見劣りする……というのは間違いない。あっちのほうがアクションがもっともっと豪華。MI6が主人公のスパイ映画……という前提を置いちゃうと比較されちゃうのは仕方ない。でもあの映画を頭から消して、この映画だけを純粋に見ると、ちゃんと面白い作品。内容もしっかり作られている。アクションシーンもよくできてるよ。

 私が気になったところはそこではなく、女性登場人物を優遇しすぎているところ。善人はみんな女性。主人公の味方になる人は女性。悪党は男。というか、悪い奴はだいたい男……という描き方。
 これは欧米の映画特有の手癖で、「男」と「女」に分けて対立させようとしている。欧米において、「女が自立すること」は「女が男になること」ということになっている。それで私は冒頭に、「新たなヒロイン」ではなく「新たなヒーロー」と書いた。女が男っぽくアクションすること、が欧米において「男社会に女が戦うこと」という表現になってしまっている。
 これは私からしてみれば浅はかで、そういう男か女かという対立軸を捨てて、女の悪役もしっかり描くべきだよ。性別関係ねぇって。それができてはじめて「性別の問題」を乗り越えたってことだから。

 ガル・ガドットはこの映画を「新しいシリーズ映画」としてスタートさせるつもりだったが、残念ながらRotten tomatoではボロカスな評価。パート2が作られるかどうかは現状、わからない。
 私としては、本人に意欲がまだあるなら続きをやるべきだ……とは思っている。だって『ミッション・インポッシブル』の第1作目だってそこまで面白かったわけじゃないんだしさ。ここからさらに続けて、ガル・ガドットならではの“色”が出てきたら成功。2作目、3作目とやってみて、なんの色が見えてこなかったら失敗かな……。
 よく「トム・クルーズの映画はみんなトム・クルーズになる」……っていうけど、それでいいんだよ。ジャッキー・チェンはどんな役をやってもジャッキー・チェンだし、アーノルド・シュワルツェネッガーの映画はどの役をやっててもアーノルド・シュワルツェネッガーにしか見えない。渥美清や木村拓哉も同じく。そういうのは、その俳優でしかない個性があるからこそできること。どんな役柄でも器用に演じられます! ……という俳優だと逆にこれができない。ガル・ガドットもその座席に着くことができたら、ガル・ガドットという人間自身が一番の魅力になる。
 この映画にそういう意味でガル・ガドットの魅力が出ていたか……というと出てなかった。それは脚本の問題だとか、演技力の問題だとかではなく、ガル・ガドットにまだそういう“色”が出てないから。こういうのは演技力とかそういう話ではなく、“資質”の問題だから、本人の努力次第でそういう“色”が出てくるかどうかはよくわからない。この映画が『ミッション・インポッシブル』と比較して「なにか足りないな……」と感じたならそこ。ガル・ガドットならではの“色”・“魅力”が出ていない。脚本やアクションではなく、「ガル・ガドット」が一番足りてない。
 でも、こういう映画を自分が製作まで名乗り出てぶち上げた……ということは、そういう役者になりたい……という意欲を示したこと。そういう心意気は評価したい。これで諦めず、まだガル・ガドットプロデュースで作品を作って欲しい。そういう挑戦する人を「出る杭で叩く」という趣味はない。この作品も「大満足の1本」とはいえないものの、第1歩を踏み出したのだから、この女優の成長を見守っていきたい。もしかしたら、「ガル・ガドットはどの映画のどんな役柄を見てもガル・ガドットでしかない」という境地を生み出すかも知れないから。ただし、それは「演技」としての評価を捨てる……っていう意味でもあるけど。


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