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映画感想 トロール

 ノルウェーは怪獣で何を語る?

 今回視聴映画はNetflixオリジナル、ノルウェー発の怪獣映画『トロール』。
 監督はロアール・ユートハウグ。2018年に『トゥームレイダー』を監督。その『トゥームレイダー』が完成間近の頃、デジタルスタッフと故郷であるノルウェーの民間伝承を元にしたストーリーの構想を話し合った。ノルウェー伝承のモンスターが、都市オスロを襲う物語だ。その企画が間もなくNetflixで採用され、2021年に発表された作品が本作である。

 では前半のストーリーを見ていこう。


 それはノラ・ティーデマンの幼い頃だった。父と二人でロム峡谷に登り、向かいに立ち塞がる谷を二人で眺めていたとき、父はこう語った。
「おとぎ話には真実を含んでいる。見るまでは信じられないか? でも信じなきゃ見られない。ノラ、見えるか。目で見るんじゃない。心で見るんだ」
 促されるままに向かいの谷をじっと見詰めると、その顔に不気味な巨人の顔が浮かび上がって見えた。トロールの顔だ。

 それから20年後。ノラは「恐竜ハンター」となり化石発掘をやっていた。ノルウェー北西部、大西洋岸の土をスタッフと一緒に掘り返している。成果がずっとなく、大学からの研究費はすでに底をついている。絶体絶命だった。
 そんなとき、ついに恐竜の化石を発見する。
 馬鹿げていると言われても、ずっと信念を持って続けていれば報われるときがある。仲間達と祝杯を挙げようとしていたが、そこに軍のヘリコプターがやってくる。
「ノラ・ティーデマンさん? 今すぐオスロに来てもらう。国家の安全に関わることです」

 同じ頃、ドブレ山脈のトンネル工事中に謎の大爆発が発生。作業員が土砂の中に飲み込まれ、その周囲に集まっていた環境活動家も巻き込む大惨事となっていた。さらに事件現場から「足跡」のようなものが南方向に点々と残されていった。
 足跡は地底ガスによる陥没穴と推測されたが、ノラは即座に「これは足跡でしょ」と断定。実際の事件現場へ行って調査をすることになった。
 事件現場へ行き、足跡をずっと追っていくが、しかしその足跡はあるところでふっつりと途切れてしまう。サーモグラフィーにも生命反応なし。生物的ななにかがいたとしても、そいつは痕跡を残さず姿を消してしまった。
 途方に暮れたノラは、父トビアスのもとを尋ねる。父トビアスはあの後、「見えないもの」を信じすぎたがゆえに正気を失い、人目を避けて暮らしていた。
 その父を説得し、再び足跡が消えた谷へ向かうと、岩場が突然動き出す。岩場が目蓋だったみたいに開いて、ぎょろっとした目がこちらに向けてくる。それに続いて巨人がのそりと立ち上がるのだった……。


 ここまでで35分。何かしらの事件が起きて、その事件を追跡していると、とうとう謎の巨人に行き当たる……という導入部はややミステリー調にお話しが進んでいる。

 ノルウェーの映画なので、ノルウェー語の作品となっている。時折英語が出てくるが、英語は〈〉でくくられている。普段の映画では英語が括弧なしで、英語以外の言語が〈〉で示されるのでちょっと不思議な感じがする。

 本編の感想文の前に、本編画像を見ながらちょっとしたツッコミを入れていきましょうか。

 まずこちらの方。首相補佐アンドレアス・イサクセンという人で、お話しが進むと主人公ノラの相棒となる。
 画像を見た瞬間、みんな思っただろうけど……アンガールズの田中に似てない? 登場してきた最初のシーンから、「あ、アンガールズ田中だ」って私は思った。笑っている顔なんて特に似ている。もうずっとアンガールズ田中にしか見えなかった。それで私は「アンガールズ田中ノルウェー映画出演作品」と勝手に思うことにした。

 このシーンは「オイオイ!」って思ったところ。画像だけ掲示してもどこが「オイオイ」なのかわからんよね?
 このシーン、恐竜の化石が発掘されて、ビールを開けてみんなでお祝いをしている場面。手前を歩いている主人公ノアも、2つ前のカットまでマグカップを持っていたはずだけど、このカットでは手元からマグカップが消えている。みんなが持っているマグカップにビールが注がれたはずなのだけど、(手前に歩いてくるのでマグカップの中身が見えちゃってるのだけど)ビールが消えている。
 この辺りで変な隙のある作品だとわかってくる。

 作中、目立った存在であるシグリットちゃん。ここ、ノートパソコンが気になるよね。

 カビゴンとキノピオはすぐにわかる。中央右はスタートレックかな? 左上はベビーヨーダ? 他のステッカー画像もどこかで見た……という気がするんだけど。

 トンネル掘削工事中に突如出現した謎の巨人。
 この構図だけど……偶然かな? この構図って『ウルトラQ』だよなぁ? たまたま似た構図で作っちゃっただけかな。

 本編画像。山中の一軒家が謎の巨人に破壊される。なんで街中じゃなくてこんな辺鄙な一軒家なのか……というと予算。そこは察してあげよう。
 気になったのがこの場面のシーン構成だけど……初代『ゴジラ』だよなぁ? まず犬がけたたましく吠えて、次に住人が振動に気付き、「なにか近付いてくる!」……ゴジラとの違いは、ここに住んでいた老夫婦は地下に逃げ込んだところ。ゴジラとほぼ同じシーン構成だけど、この老夫婦は地下に逃げ込んだために生きのびている。

 巨人は姿を消し、唯一の痕跡は「足跡」のみ。足跡を調べるのもやっぱり初代『ゴジラ』。もしかして三葉虫が発見されるかな……と期待したけれど、そこまで『ゴジラ』をなぞらない。というのもこの巨人は海からやってきたわけではない。ちゃんとしたオリジナル設定を持っている。

 さーて、いよいよ巨人の登場……! でもあえて画像は見せないよ。本編を見てね。  どんな姿かというと……結構《おじさん》。ノルウェーの伝承を大事に描いているのがわかる。

 ではそろそろ映画の感想文を始めよう。
 舞台はノルウェーで、ノルウェーの文化を背景に作った作品。言語もほぼノルウェー語。新鮮に感じられたのは、作品が始まってほぼずっと空が曇っていること。空が曇っているのは、トロールは光に触れると石になってしまう……という設定があって曇ってなければならないのだけど、「光の重さ」が他に国では得がたいものがある。この光の感触でちょっと独特な空気感の作品になっている。日本だとこういう曇り空を撮影しようとしたら梅雨時ということになるけど、もうちょっとジメッとする。

 謎の巨人が現れて、オスロの都市、首相官邸と次々と画面が移り変わっていく。この辺りはハリウッド方式。音楽の付け方もハリウッドスタイル。でもそれで出てくるのがノルウェーの都市だから「へーこんななんだ」とそれだけでも興味深い。ノルウェーの首相官邸って小さいな……とか。

 前半30分は謎の巨人が出現したらしいが、その後姿を消してしまう。果たして巨人なんかいたのか。地下ガスによる陥没ではないのか……。でもノラだけは「いやこれ足跡でしょ」と突っ込んで単身事件現場へと向かう。
 ちょっとミステリー形式の作り。こういう作りはどんな作品でも楽しくなる。
 そこから35分、トロールが登場。
 40分、移動するトロールと戦闘になるが、ノルウェー軍敗北。
 その後もトロールはなぜか首都オスロを目指す。
 トロールはなにを目的にオスロを目指すのか、トロールをどう対処していいのか。トロールが首都を破壊するかもしれない危機、オスロへ向かうまでをタイムリミットとして、「攻略法」を発見できるかどうか……というところでエンタメ的な面白さを出している。
 この辺りのエンタメの作りは非常にうまくいっている。率直に言って楽しい。他の人のレビューに「ゴジラとキングコングのエミュレート」と書いているけれど、確かにそういうところはある。B級モンスター映画の定石をみんなしっかり踏んでいる。この手のモンスター映画が大好きな人なら、心から楽しめる一作なのは絶対間違いない。

 では「怪獣映画」としてどうなのか?
 怪獣映画は背景にテーマがなければならない。この作品は「トロール」というオバケを使って、何を語りたかったのか?

 まず映画中のトロールについて深く見ていこう。
 映画の前半、足跡を追いかけていったが、ある場面で突然消えてしまっていた。実は周囲の岩場と同化していたのだが、普段からフィールドワークをやっているノラやその父トビアスも気付かず、サーモグラフィーで覗いてみても姿を発見することができなかった。
 間もなく戦闘になるのだけど、トロールに近代兵器をぶつけてみても打撃を与えた直後には回復する様子が描かれている。
 この描写からわかるように、本作のトロールは「生物」ではなく「オバケ」(妖怪という言い方もあるかも)。オバケだから周囲の岩場と同化できる……というか「岩そのもの」になっていた。オバケが相手だから近代的な武器がほとんど通じない。幽霊に大砲をぶつけたって効果がないのと一緒。そこで対処の方法が、「伝承の存在には伝承のアイテムを」ということになる。
 しかし現代の若者はノルウェー伝承なんてほとんど忘れているから、答えがわからない……という展開となっている。

 その背景にある思想はなんなのか。作中に頻繁に語られるのは「キリスト教化」。
 キリスト教は今となってはヨーロッパ全体に広まった思想で、あたかも昔からずっとヨーロッパはキリスト教だった……みたいに現代人は考えがちだが、そうではない。実際にはヨーロッパのそれぞれの国にそれぞれの土着的宗教というものがかつてはあった。しかしそれらは南から広まってきたキリスト教に「異教」「邪教」という非難を受け、弾圧を受け、改宗を迫られ、それで現代の姿に至っている。
 中世、中世以後もまだヨーロッパには様々な土着的宗教があったのだけど、それらは後世の人々によってねじ曲げられ、彼らのお祭りなどは邪教の集会「サバト」と名前を付けられ、今ではほとんど元々がなんだったのかわからない状態になってしまっている。文字資料が徹底的に封じられ、残されなかったからほとんどわからない。

 そこでこの作品が出してきたのが、「トロール」というオバケ。
 トロールとはなんなのか?
 Wikipediaを見るとトロールはスカンジナビア半島で古ノルドで語られた物語の中に登場してくる。現代語で表現するとなんなのかわからず、今でも古ノルド語の呼称「トロール」が使われている。
 トロールが何者だったのか漠然としていて、洞窟や岩場に住んでいて、コミュニティの形式は小規模血縁集団(バンド)。血縁者のみの小規模コミュニティで過ごしていた。姿に関しては文献によってまちまちで、人間とほぼ変わらないとするものがあれば、醜い存在としているものもある。共通しているのは人間、つまりホモ・サピエンスよりも巨大だったということ。
 このトロールと呼ばれたものがなんだったのか。実際に存在して、ホモ・サピエンスが到達した頃にスカンジナビア半島にいたのか、あるいはもともとそんな存在はおらず、なにかの「例え話」として生み出された存在なのか。もしも存在していたならばホモ・サピエンスとは別種の巨人種ということになる。存在していないとするならば、その時代の人々がスカンジナビア半島の自然に対し、「まるで巨人のような」と表現したところが表現だけが残り、キャラクター化していったものだと考えられる。どちらが正しいのかはわからない。

 それでこんな伝承のオバケをどうして持ち出してきたのか……それはこの映画がなぜ構想されたのか、ということを考えねばならない。

 トロールが出現した切っ掛けはトンネル工事中。その最中にトロールは出現した。
 これはどういうことかというと、トロールはスカンジナビアの雄大なる自然と結びつけられた存在である。それを破壊しようとしたから、その自然の申し子たるトロールが出現し、逆襲にやってきた。
 トロールが地上に出てきてみると、ノルウェーの人々はかつての暮らしや習慣をすっかり忘れている。完全にキリスト教化。作中に「キリスト教化」という言葉が頻繁に使われたが、「トロールに紐付いたもののなかにノルウェー本来の教えがあるんじゃないか」という作り手側のメッセージがあったから。ノルウェーの忘れられた古い神が、だらけた現代人に逆襲にきたぞ……そういうお話し。もしも日本が舞台だったら、妖怪が大挙してやって来て、「西洋化けしからん!」と言っているようなお話し。
 そこに登場するトロールは、古ノルド語の存在。言語というのはそのコミュニティの原型的な精神を映す。その原型的な言語から生まれたキャラクターが、「西洋化けしからん!」と現代のノルウェー人を叱りにやって来ている……そういうお話し。
 そういう存在だから、別にトロールはノルウェーの人々を憎んで、片っ端から攻撃してやろうとは思っていない。なぜ軍隊と対峙したのか……というと一方的に攻撃してきたから。攻撃してきたから反撃したに過ぎない。
 途中、テーマパークのような場所を通り、パニックになるけど、トロールはそこにいる人に損害を出さないよう気を遣っている。映画の中ではあたかもトロールが暴れ回っているようには見えるけども、注意深く見ていると、人間側が攻撃したから……という段取りを必ず作っている。ある意味、人間側のマッチポンプ。

 そんなトロールにも弱点がある。トロールはオバケで、人々が語り継いできた「概念的な存在」であるから、人々が「それが弱点だ」と語り継いだものが弱点になる。太陽に弱い……というのもそうだし、教会の鐘を嫌うというのも、そのように伝承で作ったから。生物的な存在ではなく、あくまでもオバケだから、そういう対処法になっていく。それを現代的な映像の中にうまく採り入れて表現しているところは上手い。

 映画の後半には、ノルウェー王家が登場してくる。制作者のノルウェー王家に対する気持ちというのはさすがによくわからない。ただとにかくも王家をキリスト教化の本丸のような扱いになっている。本当に映画に描かれたとおりなのか、それとも監督の偏屈なのかはわからない。
(ちなみに現在のノルウェー王家はグリュックスブルク家。設立は1825年とあって、意外と歴史が浅い。といってもヨーロッパ王家は歴史が複雑なのでよくわからん……)

 と見てきてもわかるように本作に通底しているのはノルウェー国民としてのアイデンティティ。こういうところは日本の初代『ゴジラ』、庵野秀明『シン・ゴジラ』と一緒。怪獣という題材を使って、ノルウェー国民に語りかける内容になっている。それでいて、怪獣が暴れ回る痛快エンターテインメントになっている。
 ただ怪獣が出てくるだけではなく、怪獣という題材を使いつつ、何を語りたいのか、怪獣が何の比喩なのか、その意図が明確になっているところが良い。正しく怪獣映画の精神を持った作品だ。
 それに画作りもよくて、曇り空の重い光の中に姿を現すトロールがなんともいえない。トロールの姿ははっきり言えばヒゲのおじいさん。怖い……というよりちょっとサンタクロースっぽい愛嬌さすらある。でもそんな岩肌のおじいさんでも存在感があるのは、映像がしっかりしているから。

 さて、エンタメとしての整合性についてだけど……妙に隙がある作品でもある。まずシグリットちゃんだけど、ノートパソコンでいとも簡単に軍のコンピューターにハッキングできてしまう。その後は暴走する司令官に右ストレート!
 主人公ノラだけど、トロールに鐘の音を聞かせるという間違った判断(これでかなりデカい損害を出してしまっている)。最後にはトロールに紫外線を当ててやっつける……という対処法を提案するけど、「やっぱりダメだわ」と途中で電源を落とそうとする。それを誰も止めようとしない!
 そういうヘンな隙、ヘンな粗のある作品ではあるのだけど、そういう微妙に緩いところを含めてもちょっとした持ち味になっている。作品全体がそれを許容できる愛嬌を持っている。こういうところもB級感のあるモンスター映画だからだろうか。それともトロール自体がヒゲのおじいさんにしか見えないから?

 さて本作の評価は映画批評集積サイトのRotten Tomatoesでは26%の肯定評価。平均点は6.4。ヘンな粗はみんな気付いているけど、それはさておきとして、だいたい好意的な評価が下されている。
 この作品から果たして続編が作られるかは、Netflix次第……。


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