【短編小説】可愛くないモノ Vol.3

「ねぇ翠、今週の金曜日、コンパ行かない?」優香はおはようも言わず、顔を合わせるなりそう誘ってきた。
「いいけど、相手どんな人?」
「一人は前の会社の人なんだよね。他はその人が連れてくるから私も知らないんだけど」
「そうなんだ。別にいいよ。特に予定もないし」
「オッケー。じゃあ決まりね」優香はやけに嬉しそうに笑った。
優香はいつも楽しそうだな、と思った。こうして優香と話すことも、仕事内容だって嫌いじゃないのに、どうして私はこんなにも毎日憂鬱なのだろう。どうして子どもの頃から変わらず、平日を頭の中で早送りして過ごしてしまうのだろう。

 ーストレスからくる不安や寂しさ、虚しさ、こういった憂鬱な気分が二週間以上続き、日常生活に支障をきたす場合ー
鬱というキーワードで検索すると、このように説明されている。日常生活に支障をきたす……か……。それなら、毎日なんとか仕事に来ている私は病気じゃないのかな。じゃあ、癖みたいにこんな言葉を検索してしまう私は、一体何なのだろう。明日から仕事を休んでしまえば、私は病気?こんなのは屁理屈だって分かっているけど。でも、それなら、行き場のないこの辛さは、どうすればいいの……。



 

昼休みや放課後、私は先生と美術室で過ごした。私のくだらない悩みを、先生はいつも親身になって聞いてくれた。そして先生は、いつも教師らしからぬことを言うのだ。だから信頼出来たし、何でも話せた。いつだったか、私が同じクラスの桜井さんを褒めた時、先生は言った。
「あんな子は、ひとつも面白くない」多分先生は、私が良いと思っている部分を指してそう言ったのだ。桜井さんは、とても大人でブレない人に見えた。同級生とは思えないようなその安定感が、私はすごく羨ましかったのだけど。
「先生のくせに、生徒のことそんな風に言っていいのかなー」
「そうだね。駄目な先生だね」何かを諦めたように、力なく、優しく笑う先生の顔を見る度、私の胸はキュンと鳴いた。
先生は、いつも私以外の女の子を貶してくれた。私だけ、が好き。私だけに、価値をくれる人が好き。私の中の、暗くて、強烈で、粘っこいモノ。好きな人に褒めてもらうだけじゃ満足できない、強欲で底意地の悪い私を、先生はいつだって満たしてくれた。



 金曜日、私はいつもより少しだけお洒落して出社した。だけど優香は、ちょっとどころではなかった。
「うわぁ、優香、綺麗。何て言うか、お金のかかりそうな女だね」白を基調とした品の良い膝丈のワンピースに、ルブタンのピンヒールを履いた優香を見て、私ももう少し気合入れて来れば良かったなと後悔した。
「そう?ありがと。あ、メンバー見たらとりあえず誰がいいか打ち合わせしておこうね。かぶらないように」優香はニヤリと笑った。
「うん。ていうか私、楽しく飲めればそれでいいから。気に入った人がいたら優香、いけばいいよ」
「せっかく行くのに、何でそんなやる気ないのよー」優香は不足そうに仕事にかかった。
いつにも増して綺麗に仕上がった優香の姿を、男性社員の目が追っていた。同い年、同じ職場で同じ給料、同じく彼氏もいない。優香と私の何がそんなに違うのだろう。どうして優香はいつも楽しそうなのだろう。優香はいつだって女の子だった。現金なところもあるが、素直で、若い女性特有のキラキラしたオーラがある。顔やスタイルを冷静に見て、ポテンシャル自体は、正直なところ負けているとは思っていないけれど、私と彼女、パッと見て誰もが彼女の方に目を奪われるだろうことも、私は知っていた。

「ねぇ、見て。これ買っちゃった」優香が自分のデスクの下から、ヴィトンの新作のバッグを出して来た。
「この前もバッグ買ってたけど、大丈夫なの?」
「それが大丈夫じゃないの。でも欲しくてつい」
「ついって。貯金なんてそんなにしてたっけ?」
「カードだよー」
「また?本当に懲りないよねぇ、優香」私が呆れた顔をすると、優香は舌をペロっと出して悪戯に笑った。
バッグかぁ……。私は久々に、あのことを思い出した。私には、バッグにまつわる(正確にはリュックなのだけど)、幼い日の不可解な記憶があるのだ。

to be continued……

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