【短編小説】可愛くないモノ Vol.5

「はい、これで8人全員揃ったね」私と優香が少し遅れて店に入ると、優香の前の会社の知り合いだという田中が言った。
「ごめんね、幹事のくせに遅れて。あ、初めまして野島優香です」
「初めまして。優香と同じ会社で働いている霧島翠です」私は優香に続いて挨拶をした。


男性陣は田中と、田中の高校時代の友人三人、女性陣は、優香の短大時代の友人二人と私達だった。壁中が水槽になっている店内は、非日常的な空間を演出していて、やる気のなかった私も少しは楽しい気分になった。
しかしそれは、優香の友人達を見ていてすぐに掻き消された。彼女達も優香同様、若い女性特有の華やかさがあった。特別に美人というわけではないけれど、人生を謳歌している人だけが持つ独特の香りのようなものが、彼女たちからは漂っている。私は何だか自分が惨めに思えた。今日は、化粧ノリは良いほうだ。一応お気に入りの服も着ているし、ヘアスタイルもいい感じに仕上がっている。それなのに自分だけがモノクロで無臭に感じられるのは、中学生くらいからずっと私の中に渦巻いているしみったれたモノが、ついに外側に溢れ出し、纏わりついて離れないから……そんな気がした。
 
 二件目はカラオケという定番コース。その頃には皆いい具合に酔っ払っていた。私も、憂鬱な気分を誤魔化そうと気づけば相当飲んでいた。
「翠ちゃん、お酒強いね」隣に座っていた神田という男性が話し掛けてきた。
「そう?神田君も結構飲んでるじゃない」私は神田の細長い指を眺めながら答えた。全然ときめきはしないけど、この中でなら神田が一番タイプだな、そんなことを思った。
「翠ちゃん、酔っ払ってる?」田中の騒音に近い歌声も、皆の話声も全部掻き消され、ボンヤリとした頭の中で、神田の声だけが響く。
「酔っ払ってるよー」私はなんだか楽しくなってきて、バカで素直でワガママな、可愛い女の子のフリをした。

 記憶がない訳じゃない。相当酔ってはいたけれど、全部はっきり覚えている。あれだけぐるぐる回っていた頭で、私はちゃんと決断したのだ。
起き抜けに覗いた鏡の中の自分が、もしも物語に出てくるお姫様の様に美しかったなら、この罪悪感にも似た惨めな感情を持つことはなかっただろう。昨夜の余韻にまだ浸っていられたはずだ。もしくは、とてもすっきりとした気分で、不自然なくらいあっさりと、気持ちを切り替えることが出来たかもしれない。


だけど現実はそうはいかない。内臓の不健康さが顕著に表れた、くすんだ肌。腫れて印象の薄くなった目。メイクはほとんど落ちていた。微かに残ったマスカラのせいで上まつ毛と下まつ毛がくっ付いて、瞬きがし辛い。同じスッピンでも、化粧を落とした直後の、まだよそ行きの顔をしている私とは違う。寝起きの顔は最悪だ。一気に現実へと引き戻された。
酔った瞳には高級ホテルのスウィートルームにすら映った部屋が、安いラブホテルの一室へと変わっていた。愛していない男性とのふしだらな快楽は、宿題をやり残したまま遊びに夢中になった後の帰り道と、よく似た不安を私に与えた。もしも私が、遣り甲斐のある仕事を持ち、絶世の美女だったなら、きっとこうも焦燥感にかられることはなかった。

だけど……甘美な遊びを我慢して真面目に生きてきた私に、果たしてその努力に相当する良いことが今まであっただろうか。これで良かったのだと、自分に言い聞かせた。私は落ちかけのメイクを完全に落とすと、さっと服を着て、バッグから何も取り出していないことを覚えていながら三度も忘れ物がないかを確認し、ベッドで怠そうにしている神田に「帰ろう」と声を掛けた。

to be continued......

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