【短編小説】可愛くないモノ Vol.8

昨日早退したお陰で、今朝は随分楽だった。いつもより一本早い電車で会社に向かうと、廊下で高木に会った。

「おはよう、なんか話すの久しぶりだね」私がそう声を掛けると、高木は意外そうな、でもとても嬉しそうな表情を浮かべて言った。
「おはよう!何て言うか、翠から話し掛けてくれるなんて思ってなかった」
「そう?別に気にしてないよ。普通でいようよ」
「ありがとう。あー、良かったー。今日仕事頑張れそう」高木はそう言ってやけに張り切った様子で歩いて行った。
素直で可愛いな、と思った。高木と付き合っていた頃もそれなりに楽しかったと思えたことが、なんだか嬉しかった。どうしてちゃんと好きになれなかったのだろう。私が可愛げのない態度ばかりとらなければ、私は今も高木と付き合っていたのだろうか。そこまで想像してみて思った。


ーあ、やっぱり私、高木のことそれほど好きじゃなかったー


楽しいこともあったけど、それだけだ。恋と呼ぶには、あまりに何もかもが足りなかった。高木はよく「翠は全然俺を頼ってくれないね。もっと弱いところを見せてほしい」と言っていた。私はそれを聞く度、高木を好きじゃなくなった。本当の私を理解するなんて、無理に決まっているのに。そう、思っていた。分かったつもりで「俺が守ってやるから大丈夫」なんて、絶対に言われたくない。泣いている私の頭を撫でながら、私の全部を知った気になられるなんて考えただけでもゾッとした。

私をどん底から救う術を知っているのは先生だけ。私にとって弱さを救われるということは、強さを認められるということなのだ。
先生は、私の弱さを繊細さと呼び、君は特別なのだと言ってくれた。感度の良すぎる心を持て余しながら懸命に生きている君は、とても強い子だと言ってくれた。私に、価値をくれたのだ。

to be continued......

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