【 短編小説 】 娘の学園祭。
こっそり来てしまった。
娘が頑張っているところを見たいのだ。
可愛いひとり娘。
早くに妻を病で亡くし、父と娘、二人で頑張って来た。
どうしても通いたい学校があると、この東京の学校に入学した。
本当は地元の学校に通って欲しかったが、子どもの頃からの夢へ、まずは第一歩となる学校であった。
「元気で頑張っているよ」と、欠かさず連絡をくれる優しい娘である。
「ただ、先輩たちの気合が凄くてちょっと怖い、優しいけど」と。
厳しい学校と聞いてはいたが、上下関係も相当なのだろうか。
娘の学校の学園祭は毎年大人気であった。
頑張りを見たいと思い、行くことは告げずにこっそり学園祭の前日にやって来た。
家から東京までは朝一で出ても昼過ぎになってしまう。
学園祭の開始から、学校も見て回りたいのだ。
しかし東京はどこもかしこも人でいっぱいだ。
ちょっとお茶でも・・と思うが、何だかどこの店も落ち着ける雰囲気では無さそうだった。
駅から離れたところで落ち着いた雰囲気の喫茶店があり、小窓を覗いてみると席は空いていた。
ブレンドコーヒーを頼み、ほっとひと息ついてしばらくの後。
派手な見栄えの女性三人が入店してきた。
夕飯はどこで頂こうかな・・
営業の高山さんが「東京はやたら洒落た雰囲気ばっかりで、それでいてちょっとの量で値段が高いんだよ」と、「スカイツリークッキー」を配りながら言っていた。
娘と食べに行きたかったが、学園祭前日の大忙しなところで呼び出す訳には行かないし、何より内緒で来ているのである。
そんなことを考えていたらコーヒーを飲み干していた。
腹に溜まって値段も良心的な食堂でも探そう、そう思っていた矢先。
ふたつ向こうの席の派手な女性三人組の会話が耳に入って来た。
「・・・くみのこと聞いた? あいつら焼き入れるんだって。」
「マジか? 派手だねぇ、どんだけアピールするのよ、寒いわ。 」
「どうするよ。 負けられないじゃん、皆殺し?」
「マジ? 敢えての、半殺しじゃない、ここは。」
「なめられるんじゃね? ぬるいわって。」
ヒソヒソと会話は続いている。
私は耳を疑った。
気合の入った先輩云々の話はよく聞いていた。
何のことだ? 学園祭潰しの画策でも??
伝票を握り締めた私は彼女たちを凝視してしまっていたようで、そのことに気付いたひとりの女性が怪訝そうに仲間に耳打ちし始めた。
私は急いでお勘定をお願いして、店を飛び出した。
店から離れて急いで娘に電話をした。
繋がらない・・・、準備に忙しいのだろう。
学校に乗り込んで今の話を先生方にするべきだろうか??
いや、しかし・・・
私が告発することで、頑張っている娘に何か危害でも加えられることがあったら・・。
宿に戻り、娘に今さっきの出来事を綴ったメールを送信したが、返信は来ない。
明日の朝いちばんに学校へ向かう決意をし、悶々とした夜を過ごした。
朝食に向かうも今一つ食欲が出ないため、トースト1枚を牛乳で流し込んだ。
娘からのメールの返信は相変わらず無い、まさか何かあったのか。
「マジ? 敢えての、半殺しじゃない、ここは。」
娘が標的じゃないことを祈りながら、学校へ急いだ。
学園祭らしく校門が飾られており、不穏な雰囲気は感じられない。
娘から聞いていた3階の販売実習室とやらに急ぎ足で向かった。
まだ来客はまばらと見えて、生徒たちから「ようこそ~」「こんにちは~」とにこやかに声を掛けられた。
明るい前向きさを感じる生徒の中に「焼き」や「半殺し」を画策している人間がいる。
祈る気持ちで運動不足の足を震わせながら3階へ到着した。
実習室の扉は開いており、恐る恐る覗き込んでみた。
娘が自分に気付き「あ!! 父さん!!」と驚きながらも元気に声を掛けてくれた。
無事だ・・・
力が抜けそうな脚に喝を入れて、娘に歩み寄ると後方から「えぇ? さとーちゃんのお父さん?」の声が。
この声・・、「半殺し」の声だ!!
後ろから昨日の三人が回り込んで来た。
「あぁ!! 昨日、喫茶店でお会いしましたね。初めまして、こんにちは!」
昨日とは打って変わって、白衣に身を包んだ例の三人組が、娘の両側に立ってニコニコと挨拶してくれた。
恥ずかしそうにする娘の前のテーブルには、展示販売する商品が色々と並んでいた。
手の込んだ四季折々の果物や花を模した創作和菓子や団子が並ぶ中、私の眼はひとつの商品に釘付けになった。
「ぼたもち みなごろし」
「ぼたもち 半殺し」
こ・・これは・・・!
「お父さん、ぼたもちお好きなんですか? 試食いかがですか?」
「皆殺し」がにこやかに「みなごろし」と「半殺し」を小皿にひとつずつ取り分けてくれた。
「皆殺し」の横に「1組」と「焼き印」の入ったクッキーの小袋が置いてある。
隣の実習室は洋菓子の販売をしているらしい。
「さとーちゃん、まだ1年だからこっちの和菓子は作れないんですけど、ぼたもちは一生懸命小豆を煮て味付けを頑張ってくれたんですよ!」
差し出されたお皿のぼたもちを受け取り、ひと口頂いた。
「・・美味いよ、上手に作ったなぁ」
はにかむ娘の顔を見ながら、こう声を掛けることで私は精いっぱいだった。
妻がよく作ってくれた、あの程良い小豆の甘さが私の口中を満たしていた。
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