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政治(経済)講座ⅴ1381「米国社会の分断と世界恐慌の予兆」

 米国社会の分断が進んでいるようであるが、今更驚かない。米国の歴史を俯瞰すると南北戦争があった。国を二分する戦いがあったことは歴史の教科書にも載っていることである。英国から独立した米国の歩んだ歴史は現代の倫理感覚からいうと、狂った暴力と財力が支配する人種差別が横行する世界であったことは否めない。アフリカからの奴隷貿易で売り買いされた人々が過酷な労働によって作り上げられた「武力・財力がすべて」で、その世界に君臨するのが白人であった。紆余曲折を経て、アフリカ系アメリカ人公民権運動が始まり、選挙権を得た人々による白人ではないバラク・オバマ大統領を選出することになる。昔、米国の法律で「禁酒法」というものがあった。これはキリスト教は「酒・酩酊」を禁止しているためにできた法律である。ところが、赤いワインはキリストの血と言って飲むことが許されていた。ちょっと、脱線したが、「950ドル(約10万円)未満の万引きや窃盗を重罪に問わない」というカリフォルニア州の州法があることをご存じか。「禁酒法」時代は密造酒で活躍したアル・カポネが有名であるが、良いと思った法律が犯罪を助長させることになる。余りにも犯罪者が増えたことと、州財政で警察官を減らしたことと、所得が低く貧しいから犯罪を犯す社会に問題があるので、そのような貧しいものを犯罪者にしないようにするという理屈からできた善意に満ち溢れた法律であるが、逆に窃盗が増えているのである。今回はそのような報道記事と米国大統領選を垣間見る報道記事を紹介する。
蛇足:数百ドルの窃盗は生活苦が原因であるケースが多く重い罪で罰するのではなく更生の機会を与える
弱者を救済し、かつ刑務所にかかるコストを削減するための州法だった。
地獄への道は善意で舗装されている
The road to hell is paved with good intentions.
善意でなされた行為であったとしても、その実行により意図せざる結果が招かれる。まさにことわざ通りの事が目の前で起きている。

     皇紀2683年9月23日
     さいたま市桜区
     政治研究者 田村 司

憲法に基づく「トランプ公職追放」論が急浮上、その論点は?

ニューズウィーク日本版 によるストーリー •

憲法に基づく「トランプ公職追放」論が急浮上、その論点は?© ニューズウィーク日本版

トランプは共和党予備選の第2回テレビ討論会もボイコットする予定 Leah Millis-REUTERS

<暴動や反乱に加担した公職者を追放するという憲法修正14条が注目の的に>

現在、世論調査では共和党の米大統領候補として過半数を超える支持を受けている、ドナルド・トランプ前大統領は、9月27日にカリフォルニア州で予定されている、第2回テレビ討論もボイコットする構えです。半数以上の支持があるのに、喋る時間は全員均等というようなイベントは不公平だというのが言い分です。

このままですと、トランプが2024年夏には共和党の統一候補として選出されるのは間違いないという声が高まっている一方で、ここへ来て大きな問題が浮上しています。

それは、「憲法修正14条問題」です。合衆国憲法の修正14条(第3節)には「公職追放規定」というのがあります。具体的には「官職にある者として、合衆国憲法を支持する旨の宣誓をしながら」その後、「合衆国に対する暴動または反乱に加わり、または合衆国の敵に援助もしくは便宜を与えた者」は「合衆国または各州の官職に就くことはできない」というのです。

この8月末以来、この憲法の条項がトランプに適用されるかどうか、法学者の間で活発な議論が展開されています。議論の内容は次のようなものです。

クーデター教唆でアウト?

1)大統領の座にあった2021年1月6日に、「既に敗北していた大統領選の結果を覆すクーデター」を教唆し、暴力事件を扇動したというのは、紛れもなく「官職にある者による暴動、反乱」であり、トランプは公職追放の対象になる。従って、2024年の大統領選の投票用紙には記載できない。

2)憲法解釈としては、この「公職追放条項」は即時適用がされる性格のもので、議会などの承認は不要である。(但し、憲法の条文によれば上下両院それぞれ3分の2の賛成があれば追放を解除することは可能)

3)大統領選の本選ではなく、各州の予備選においても、合衆国大統領を選ぶということは合衆国憲法の適用を受けるので、2024年1月以降の各州予備選の投票用紙にも記載できない。

これを受けて、既に訴訟合戦が始まっています。現時点では判決の動向は以下のようになっています。

4)同じように1月6日暴動に共感しつつ、バイデン当選を否定した連邦の保守派議員には「公職追放条項」を適用して、議員資格の欠格を求めた裁判があったが、基本的に「主犯でない」ことなどを理由に公職追放はされず。

5)フロリダ州で起きた「トランプを24年の選挙の投票用紙に乗せるな」という訴訟は、「原告にはそもそもこの問題を起訴する合理的な理由がない」として、却下。

となっています。では、公職追放に不利な判決が出ているからといって、トランプに適応されない可能性が高いかというと、4)に関してはトランプは主犯格ですので、この判決とは次元が異なるという説があります。5)に関しては、それこそ法廷は「トランプは公職追放の対象になるか?」という肝心の点の判断はしていないわけで、今後へ向けた判例にはなりません。

そんな中で、1月のアイオワ州、2月のニューハンプシャー州(いずれも共和党の日程)辺りを目指して、その予備選の投票用紙からトランプを排除するという動きが既に始まっています。そんな中で、現時点で言われているのは。「この問題は直ちに連邦最高裁判所の憲法判断」を必要とするという考え方です。

そこで問題になるのが、連邦最高裁の判事構成です。現在は、保守6名、リベラル3名となっており、表面的には保守派が有利に見えます。過去にさかのぼって、大統領選の結果に最高裁が関与した例としては、2000年のブッシュ対ゴアによる「フロリダ再集計」があります。あの時は、保守対リベラルのラインに従った4対4の評決になり、中間派のオコーナー判事が1票を投じたことで、「ジョージ・W・ブッシュ大統領」が誕生しました。

では、今回は6対3なので、トランプ有利かというと、実は「全くわからない」という説が多く囁かれています。まず、リベラルの3名(ソトマイヨール判事、ケリガン判事、ジャクソン判事)はブレがないと見ていいでしょう。

問題は保守の6名です。その中のトーマス判事とアリトー判事の2名は、ブレない保守派とみなされています。その一方で、ロバーツ最高裁長官は、かなり以前から保守派の判事というよりも、歴史に名前が残ることを意識していると思われます。つまり、保守派というよりも中間派として評決に加わることが多くなっているのです。

ですから、長い歴史の中で、この判断がどのように記憶されていくのか、ロバーツ長官の判断は難しいところです。「明らかな反乱の責任を指摘して公職追放したことで、民主主義を救った」とされるのか、「危険な人物を追放することが出来ずに、大統領に再選させてアメリカ史の混乱を招いた」とされるのか、あるいは「あくまで国民に判断を委ねた結果、国の方向を安定させた」という評価になるのか、選挙結果を見通しつつ、投票用紙に残すべきか追放すべきか、長官のキャリアの中でも大きな判断になるでしょう。何よりも純粋な法理論として憲法をどう解釈するか、専門家としての高度な判断が求められます。

注目される保守系判事の動向

興味深いのは、残りの3名(ゴーセッチ判事、カバナー判事、バレット判事)は、トランプが指名した判事だということです。では、極端なポピュリズムに迎合する人物なのかというと、そうではありません。保守的ですが、判事として法学者としてエリート中のエリートの中から選ばれた人々です。

この3名に関しては、最高裁判事候補に指名してもらった恩に報いるという動機はあるかもしれません。トランプの側は、それを強く期待していると思います。ですが、仮にトランプの歴史的評価が最悪になっていった場合は、トランプに指名され、トランプを助けたということになると、米司法の歴史において、この3名は永久に汚名を背負うことになります。

ということは、ロバーツ長官とはまた別の意味で、「ここでトランプを葬った方が、自分の長い歴史的評価には有利」という判断もあり得るのです。また、まだこの3名は50代ですので、今後20年以上最高裁判事の地位に留まる可能性があります。その長い年月にわたって、最高裁判事としての権威を保つにはどちらが良いのか、悩みは深いと思います。

1つ懸念されているのは、仮に最高裁が「トランプは公職追放」という判決を下した場合に、トランプ派の一部が過激な暴力行動に走るという可能性です。そうした事態を回避するということも、アメリカの民主主義を守るためには欠かせません。そんなわけで、2024年の大統領選へ向けて、この「憲法修正14条(第3項)」は、いずれ大きな問題になる可能性が濃厚です。


米国株の大暴落と世界大恐慌、引き金は2024年米大統領選

山﨑 養世 によるストーリー •2 日

ベン・バーナンキFRB議長が大恐慌を防ぐ上で果たした役割は大きかった(2012年12月12日撮影、FRBのサイトより)© JBpress 提供

 私は常に悲観論者なのではない。

 リーマンショックから6か月後の2009年3月、米国でも日本でも「大恐慌」の襲来を予言する本が売れていた頃に、「日本復活の最終シナリオ 太陽経済を主導せよ」(朝日新聞出版)を出版した。

 その第1章に「戦前型大恐慌が起きない理由」を説明した。

 当時の私が「リーマンショックから戦前型大恐慌が起きない」と正しく予言した理由は2つあった。

 一つには、当時の米国ではリーマンショックに対する「巨大災害対応措置」が迅速に、しかも党派を超えた「ワンチーム」で行われたからだ。 

 具体的には、リーマンショックが起きた時のブッシュ(子)政権において、銀行預金と金融機関を保護して「金融恐慌」を防ぐための措置が取られた。

 とりわけ、戦前の大恐慌の研究者として2022年にはノーベル賞を受賞した、当時のベン・バーナンキFRB議長が、金融政策のトップとして、天災と同じく初動対応が最重要の大規模金融崩壊の危機に直面した時に、リーマンショックの震源地であった政府機関FNMAファニメイや巨大保険グループAIGの救済などの瞬時の対応措置を矢継ぎ早に取った。 

 そして、かつて私の上司でもあった、ゴールドマン・サックスの元会長で金融機関のトップをよく知る当時のヘンリー・ポールソン財務長官が、次々と破綻していくメリルリンチなどの金融機関を、生き残る金融機関にこれまた瞬時に合併させていくなどして、破綻の連鎖を防いだ。

 議会もこうした金融の巨大災害対応措置を超党派で支持した。

 米国の戦後最大の経済危機が大恐慌に繋がるのを米国の政権執行部と議会が「ワンチーム」で阻止した。

 2つ目は、世界の主要国が「体制や地域の違いを超えて」協力して、米国発のリーマンショックが世界の金融と経済に波及することを防ぎ、また、震源地である米国経済の立ち直りを全面支援したからだ。

 こうした国際協力は、2001年に同じブッシュ(子)政権当時に起きた米国への「同時多発テロ」に対してロシア、中国、日米欧の主要国が体制の違いを超え、一致して同時多発テロを受けた米国を支援したことを彷彿させた。

 とりわけ、米中両国が協力して危機の拡大を迅速に防いだ。

 2008年のリーマンショック以前にも米国のブッシュ(子)政権と毎年数日間にわたって「米中戦略対話」を行っていた中国の胡錦濤政権は、「体制の違いを超えて」中国史上最大の財政出動による世界的な「需要創出」を行って米国経済を支えた

 2000年代に本格化した「グローバリゼーション」の中核が、体制の違いを超えた「米中経済同盟」であることを如実に示した。

 また、日米欧3極の財政金融当局は一致して金融危機対応と財政出動を行い、リーマンショックが世界に広がるのを、「地域を超えて」一致協力して防いだ。

ワンチームが大恐慌を阻止

 しかし、リーマンショックから15年経ったいまは、多くの人が楽観しているように「リーマンショックが世界大恐慌に発展しなかったのだから、次に米国株が大暴落しても世界大恐慌なぞ起きるはずがない」と想定することは到底できない。

 リーマンショックからの米国株大暴落のショックが世界全体に波及することを防いだのは、あくまでも、米国の統治機構が党派を超えてワンチームで巨大災害対措置をとったからであり、国際的には主要国が体制と地域の違いを超えて一致して行動したからだった。

 だから、もし、リーマンショック当時、米国内が「分断」されていて瞬時に必要な「巨大災害対応措置」が取られていなかったら米国株大暴落のショックは米国の金融と経済を直撃していただろう。

 また、主要国が体制や地域などによって「分断」されていて一致した協力体制が取られなかったら、米国発の巨大経済災害は世界に広がっていただろう。

 つまり、リーマンショックは戦前のような世界大恐慌を引き起こしていただろう。

 リーマンショックそのものが、その後の米国社会内部と主要国の間、その双方の分断を深めた。この点が重要だ。

 リーマンショックからの金融危機の回避策は、米国が大恐慌の淵へ落ちるのを防いだのだが、多くの国民の強烈な反発を招いた。

「なんでウォール街の金持ちを国民の税金で救済するんだ」「なんで貧しい99%が豊かな1%を救済しなきゃいけないんだ」という怨嗟の声がウォール街を取り巻くデモにあふれた。

 リーマンショックが大恐慌になるのを防いだ最大の功労者のFRBのバーナンキ議長は、翌2009年に就任したバラク・オバマ新大統領に再任されなかった。

 この時から、次の金融危機対応へのハードルは上がったのだ。

金融救済につきまとうモラルハザード

 この問題は根が深い。「なぜ貧富の格差が広がるのか」という米国でも世界でも深刻な問題に直結するからだ。

 まず、リーマンショックでの財政負担、つまり国民負担での金融機関救済による「危機回避」は「大きな政府」そのものだからだ。

「極小の政府」「市場原理」という米国流の新自由主義やリバタリアンの主張には原理的に反している。

 そして、金融機関の救済には常に「モラルハザード」が付きまとう。

 金融機関のトレーダーたちは、張っていく「ポジション」を最大化する傾向がある。儲かったら巨額のボーナスがもらえる。

 トレーダーが大損して会社が潰れたら?

 その時は自分は解雇されるが、会社は政府に救済してもらえる。そのトレーダーは職とボーナスを失うが、また、次の金融機関で巨額のポジションを「張って」巨額のボーナスを狙うだけだ。

 現に、リーマンショックの危機に際して救済された金融機関の幹部たちは数年経つと巨額のボーナスを受け取った。

 米国民の間からは「ふざけるな」「不公平」という声が上がった。

 しかし、米国の政府に保護された「自由主義経済」では極めて正当な経済行為とみなされる。

「何かおかしい、誰かなんとかしろ!」という不満が燻り続け、左右両極に爆発して米国民の分断化を深めた。

 リーマンショックは国際的な分断も招いた。

 リーマンショックは米国経済に深い傷を与えた。

 GAMFAなどの巨大IT企業を除けば、GE(ゼネラル・エレクトリック)などのかつての超一流企業の多くが凋落し、まして、米国内の一般の製造業は「メイドインチャイナ」をはじめとした外国製品に圧倒された。

 ファーウェイのように技術とビジネスモデルでも米国企業が敵わない中国企業が現れ、金融や不動産、サービス産業などの分野でも、リーマンショックからほとんど無傷で絶好調の中国からの資金や消費に米国経済が依存するようになった。

消えたアメリカンドリーム

 かつて米国の中産階級の中心であった中西部の「ラストベルト」と呼ばれる工業地域では、米国製造大企業の工場に勤める高卒の白人がほとんどの工場労働者は、その多くが、祖父や父の代から同じ工場に勤め、自宅を持っていた。

 従業員としての年金も医療保険も、死ぬまで会社が面倒を見てくれていた。給料も普通の大学教授よりも高かった。これが「アメリカンドリーム」の中核だった。

 もちろん、この「大企業の工場で一生働く」という「米国の夢」は、1970年代の日独企業の台頭で揺らぎ始め、80年代の「ジャパンアズナンバーワン」の時代に危機を迎えた。

 しかし、1990年代以降、日本企業は低迷して「米国製造業復活」の希望を抱かせた。

 こうした米国内陸部、ミッドウエストと呼ばれる地域のアメリカンドリームを粉々にしたのが、民主党のビル・クリントンから共和党のブッシュ(子)の両政権が進めた「米中戦略的パートナーシップ」と「米中戦略対話」だつた。

 確かに、米国企業は米国内の工場を閉鎖して中国に移転して、できた安い製品を中国から米国に輸入すればいい。そうすれば「米中で協力して日本製品に勝てる」なるほどそうなった。

 労働コストが高く、ストが頻繁で、品質管理が難しい米国内の工場を閉め、土地も人件費もはるかに安く勤労意欲は旺盛で労働組合もなく地方政府は様々な恩典を鄧小平が考案した「経済特区」で与えてくれる中国に、米国の製造業は怒涛の生産シフトをした。

 そして、安い「メイドイン中国」を輸入して「エブリデイ最低価格」を売り物にしたウォルマートは全米を席巻した。

 これが私が2007年に「米中経済同盟」が形成されたことを論証した米中経済関係の中核だった(2007年「米中経済同盟を知らない日本人」徳間書店)。

 グローバルにビジネスを展開する米国大企業は「米中水平分業」で急激に収益を伸ばした。

 コストは激減したが売値は少し下げる程度でよく売れたからだ。これが2000年代の「インフレなき米国経済成長の不思議」の正体だ。

 それにつれて米国グローバル企業の株価は上昇した。

金融財政、暗黙のアコード

 もちろん、GAMFAなどのIT企業は、インターネットによる情報と技術の海外移転を簡単にし、米中を中核としたグローバリゼーションにより驚異の成長を遂げた。

 ゴールドマンサックスやJPモルガンなどの米国のグローバル金融企業も、2006年の中国国有銀行の巨額不良債権問題の処理を契機に中国の金融システムに入り込むことに成功した。

 こうして出来上がった「米中経済同盟」の両国政府間の中心となったのが「中国が米国輸出で稼いだドルは米国債に投資する」という金融財政の暗黙の「アコード」であり、ブッシュ(子)政権と胡錦濤政権の「米中戦略対話」の最重要課題であった。

 これは、1985年のプラザ合意以降の日米の暗黙のアコードにも似ていた

 その一方で、中国への反感のマグマも蓄積された。

 にわかに世界一クラスの金持ちになった中国の富裕層は、米国両岸のニューヨークやサンフランシスコやロサンゼルスやフロリダの高級不動産を買い世界を旅し、香港や銀座では日本のウイスキーやキューバの葉巻などの「爆買い」をした。

 グローバル企業、グローバル金融機関、GAMFAなどの巨大IT企業、中国人が買う高級不動産やラグジュアリーブランド、そうした「米中経済同盟」とグローバリゼーションの受益者の多くは、米国の東海岸、西海岸、つまり両岸地域に所在する。

 両岸地域では不動産ブームが起き、全国に波及して、「どうせ上がるから大丈夫という」楽観論が米国の不動産市場を支配して、その後のサブプライムローン問題の大きな要因にもなった。

 こうして米中経済同盟とグローバリゼーションで豊かになる米国両岸地域を横目に、その被害をもろに被ったのが広大な米国の内陸部であり、そこで働く「古き良き中流の米国人」たちだった。

 長年地域の経済と社会の中心であった工場は「中国に移転する」「中国製品にはかなわない」として閉鎖された

 失業、消費激減、自治体の財政破綻、公共サービスの低下、スーパーや商店の撤退、遊園地の閉鎖。伝統ある地方のコミュニティの多くが崩壊していった。

 日本のように自治体が財政的に苦境に陥っても手厚い国の財政支援により公共サービスが一定水準維持される国とは違って、地域の自治と自活が基本の米国の自治体は本当に破綻して倒産してしまう

米国民の不満は爆発寸前に

 その再建はとても難しい。

 米国の既存の政治家に対する反感が高まった。

「一体、誰がこんな国にしたんだ?」「民主党のクリントンも共和党のブッシュも私たちを騙したのね。何がグローバリゼーションよ。そんなものはいらないわ」「元のアメリカを返して。私の人生を返して」

 こんな切実な声はリーマンショックの前からあったが、リーマンショック後に急速に高まる中国のプレゼンスが米国の広大な内陸部に深刻な不安と不満を引き起こし、巨大な地殻変動と「分断」を引き起こした。
その間に中国でも不満が高まった。実は、中国でも、「中米経済同盟」が引き起こした急速なグローバリゼーションで成長し目が眩むような富を手にしたほんの一部の富裕層と、他の多くの庶民との格差は広がっていった。

 高度成長期の日本よりもひどい大都市部の恐ろしく高額になったマンションの価格熾烈な受験戦争に勝ち抜くためのとんでもなく高い教育費やそのための引越し、農村から都会に出てきても中々与えられない都市戸籍・・・。

 マルクスがいた頃の19世紀のロンドンを彷彿させる凄まじい貧富の格差が広がった。こうした不満は、しばしば日本や米国への不満ともなって噴出する。

 だから、いくら米国が専制政治と言おうが、習近平政権による特権層の腐敗の摘発に対して国民から拍手喝采が湧いたし、「改革開放」と「米中経済同盟」の生みの親であった鄧小平時代の先富論が「平等よりも誰かが先ず金持ちになれ」というものであったとすると、習近平時代の「自由よりも平等」という政策シフトに対して多くの国民が賛同しているのも「格差社会をなんとかしてくれ」という切実な庶民の声が背景にある。

 しかし、中国においても、国民間の格差は厳然として巨大に広がっている。

 ただ、中国においては、かつて最大の社会問題であった絶対的な飢餓は劇的に減少し、新幹線や高速道路、上下水道、電気、などの社会インフラが全国に凄まじい勢いで建設され、大西部開発などの地域経済格差の是正の施策も一定の効果を挙げた。

 さらには、向上した医療や社会福祉、さらには、世界一先進的な水準にまで達した社会のIT化は、たとえ、それが政府から国民への監視機能を高めたにせよ、国民間の取引リスクや信用問題を劇的に改善したことも間違いない。

 つまり、グローバリゼーションと米中経済同盟によって、米国の内陸部は圧倒的に損をする一方、米国両岸部は大きく儲かった。中国は全体に底上げしたが、国民間の格差は絶望的までに広がった。

トロイの木馬

 米中両国は、その内部に相手国への反感と敵意という「トロイの木馬」を抱え込んだ。

 夜になると木馬から敵兵が出てくるのだろうか、そんな恐怖も抱えながら。こうした事態を予想したから、私は2007年に出版した「米中経済同盟を知らない日本人」で、米中両国に起きる「分断」と相手国への敵意の発生を警告するために「米中がお互いがトロイの木馬になる」という節を設けた。

「下手をしたら、米中経済同盟が、お互いに相手を破壊するトロイの木馬になるかもしれない」「アメリカの中産階級を没落させてアメリカ国民の不満が高まる」ことも「中国での貧富の格差の拡大」がはらむ危険も警告した。

 そんな分断と怒りの時代の米国に「政治的天才」が現れた。

 2016年に多くの専門家の予想に反してヒラリー・クリントン氏を破って第45代米国大統領となったドナルド・トランプ氏だ。

「民主党のクリントンも共和党のブッシュも信用できない。オレは中国のせいでクビになったんだぞ。なんで中国なんかと付き合うんだ」

「グローバリゼーションなんてクソ食らえ。オレのアメリカを返してくれ」

「私たちの暮らしを返して。人生を返して」

「誰にこの怒りをぶつければいいの? ワシントンの政治家なんて、自分のことしか考えていないじゃない」

 リーマンショックの後の「米中経済同盟」を中核としたグローバリゼーションの時代に対して強烈な反感を持つ多くの米国民は、中西部を中心に、不満、不安、怒り、救いを求める気持ち、憎しみ、などの様々な「思い」を抱え「誰も聞いてくれない」「誰かいないのか」という感情が膨張していた。

 多くの人が麻薬やオピオイドに走り、命を落とした

 その時に、米国民大衆の渦巻く思いを受け止め、派手なジェスチャーにし、言葉にして、怒りを表現し、次に「こうすれば大丈夫。君もアメリカも復活できる」という希望を与えてくれた政治的天才がドナルド・トランプ氏だった。

政治的天才の二面性

 トランプ氏は米国中西部の「古き良きアメリカン」からはかけ離れた人物だ。

 トランプ氏が「the Art of the Deal」という本を引っ提げ、天才ディールメイカーという触れ込みで、派手でカッコいい、米国人のよく言う「ロックスター」として登場してきた1987年をよく覚えている。

 生き馬の目を抜くニューヨークの不動産業界の猛者の中で、甘いマスクと金髪で、同じくモデルのような夫人を連れ歩く若きトランプ氏はセクシーでかっこいい「セレブ」であり、憧れの「アメリカンドリーム」の体現者だった。

 同じ天才的な成功者でも、ビル・ゲイツ氏のような経営者とは明らかに違うタイプの存在だった。

 政治的天才は、ある時代の国民大衆が持つ強い感情、その多くは怒りだが、をよく理解し、代弁し、大胆なメッセージを打ち出し、希望を与える。

 政治的天才はしばしば、自分が多くの国民からかけ離れた特殊な人間であることさえ、大衆からの憧れのパワーに変えてしまう。

 しばしば、政治的天才の語ることが真実でなくても大衆は気にしない。自分たちが聞きたいことを言ってくれる、その魔力が魅力なのだ。

 トランプ氏が基盤とするグローバリゼーションの最大の受益都市であるニューヨークや、氏の派手な不動産事業やカジノやリゾートなどは、中西部の衰退するラストベルトの工場地帯とは全くの好対照なのだが、トランプ氏はその政治的天才を駆使して、1980年代のセレブとしてのデビューからおよそ30年後に、米国を救う「ヒーロー」、国民大衆の代弁者であり救世主、として再登場した。

 政治の舞台でトランプ氏が打ち出した「Make America Great Again=MAGA」は元々、1980年代にロナルド・レーガン大統領のトレードマークであったが、トランプ氏の魔法にかかるとたちまち強力な磁力を発揮した。

 そして、大統領に就任したトランプ氏は「アメリカファースト」を唱え、日本などの同盟国にも強硬な姿勢を示した。

アメリカファースト」を徹底すれば、それは「パクスアメリカーナ」と呼ばれた戦後の米国と世界の繁栄の基盤であった「自由貿易」を米国自らが放棄するだけでない

 米ソ冷戦終了以来の「体制を超えた自由貿易」を中核とする「グローバリゼーション」をも放棄することになる。

 1990年代以来の米国経済と米国株復活の最大の要因は「グローバリゼーション」であり、その最大の効果である「インフレなき=超低金利の経済成長」であった。

 だから、「アメリカファースト」で「グローバリゼーション」を放棄すれば、インフレと高金利、そして、不景気が併存する「スタグフレーション」の到来を予測しなくてはいけない。

 ところが、今の米国株式市場は「グローバリゼーションが永遠に続く」のでなければ正当化できない水準まで上昇してしまっている。

 米国株の今後の大暴落の根本要因である。

 「アメリカファースト」とは、一言で言えば「保護主義」だ。

 トランプ前大統領の「アメリカファースト」という政策の多くは、2020年に誕生したバイデン政権に引き継がれた。

 かつては他国での優遇関税や国内産業への補助金を口を極めて非難して「自由貿易」を高らかに謳った米国が、今や、制裁という名の輸入関税を連発し、また、テスラなどの国内企業を保護する巨額の補助金を与えている。

「保護主義」である。

 さらに米国が進める中国との「デカプリング」とは特定国に対する攻撃的な貿易政策であり、「フレンドシェアリング」とは、戦前の「友好国のみとのブロック経済」という、世界を「分断」したブロック経済を彷彿させる。

 このように見てくると、来年2024年の米国大統領選挙は、まず、米国内の分断を加速して、米国株が大暴落した時に、米国の統治機構が機能不全となり、ワンチームで「巨大災害緊急対応」を取ることを不可能にし、米国内に大恐慌を発生させるだろう。

 そして、大統領選挙でバイデン、トランプ両陣営ともに「保護主義」を連呼することで、世界主要国が「体制を超えて」一致協力して経済と金融危機に対応することも不可能となり、大恐慌は世界に広がるだろう。

 世界システムは、第2次世界大戦前夜以来の危機を迎えている。

10万円までの窃盗を重罪としないカリフォルニア、"万引き天国"問題のその後

掲載日 2022/03/08 11:00 更新日 2022/03/08 11:26

著者:Yoichi Yamashita

950ドル(約10万円)未満の万引きや窃盗を重罪に問わないというカリフォルニア州の州法によって万引きが横行し、耐えられなくなったドラッグストアやディスカウントストア、スーパーが次々に閉店している。日中に堂々と大きなバッグに商品を詰め込み、店員は関わるのを避けて盗み放題
昨年後半から今年にかけて、そうした異常な状況が日本でも度々報じられていたのでご存知の方も多いと思う。

都市に広がる窃盗と暴力的な事件、そうした地域で閉店する小売店

問題視されている州法は、2014年に住民投票で承認された「Proposition 47」だ。
数百ドルの窃盗は生活苦が原因であるケースが多く重い罪で罰するのではなく更生の機会を与える
弱者を救済し、かつ刑務所にかかるコストを削減するための州法だったが、950ドルまでなら捕まっても放免されるお墨付きになっていると報じられた。では、この問題のその後をご存知だろうか。

大都市のドラッグストアやスーパーなどの窃盗被害は減少せずカリフォルニア以外の州でも起こっている。例えば、ドラッグストアのRite Aidが12月と1月に20万ドルを超える被害があったとして、ニューヨーク市ミッドタウンの店舗を閉鎖 した。窃盗犯は毎日のように、時には1日に2度、洗濯用の大きなバッグを持って現れていたという。

昨年12月に全米小売業協会(NRF)がリリースした調査データによると、盗られている商品は、デザイナー衣類、そして洗剤、ヒゲ剃り用のカミソリ、ブランド物のハンドバック、香水が続く。窃盗が多い都市のトップ5は、ロサンゼルス、シカゴ、マイアミ、ニューヨーク、サンフランシスコだ。

カリフォルニアのProposition 47が原因の万引き増と報じられていたが、その指摘に違和感を覚える状況だ。まず、カリフォルニア州だけではなく他の州の都市でも多発している。さらに納得できないのが、クマ用のスプレーで店員を襲ったり、集団の窃盗団だったり、数十人のホームレスを雇っての襲撃など、万引き(shoplifting)の域をはるかに超えた組織的な犯罪が次々に起こっていること。被害額も大きく、「Proposition 47で950ドルまでなら重罪に問われないから」という理屈が通らない。そもそもカリフォルニアの950ドルという線引きは米国で飛び抜けて緩いわけではなく、むしろ緩和した州の中では保守的な方だ。1000ドル以上の州は多く、2000ドルを超えている州もあるのだ

下はFBIが公開している犯罪統計だ。カリフォルニア州の窃盗はProposition 47が承認された時期に増加したものの、その後は減少し続けており、そして2020年に急減した。2021年には増加したが、コロナ禍前の水準には戻っていない。

  • カリフォルニア州の窃盗犯罪数の推移。新車不足で中古車の価格が上昇し、車の盗難はコロナ禍前の水準を超えているが、窃盗や強盗は増えてはいない

コロナ禍とProposition 47によって窃盗が急増しているかのような報道と異なり、実際には窃盗が減少している。ただし、サンフランシスコやニューヨークのような都市のドラッグストアやスーパーでは店舗を閉鎖に追い込むほど万引きが増えている。だから、盗られている商品のトップ5に、洗剤、ヒゲ剃り用カミソリなどが入っている。

つまり、ドラッグストアやディスカウントストアのような特定の小売りを狙った窃盗が突出して増加しているのだ。それらに共通するのは、店の大きさに対して少数の店員でオペレートされ、セキュリティは単純。棚に商品を山積みしていて、大量の商品を一気に持ち去れる。

この問題の根底には、銃社会、暴力事件が起こりやすい社会環境がある。NRFの小売店を対象としたアンケート調査によると、米国の小売店で最も憂慮されている問題は店内での暴力である。都市の小売店は発砲事件を含む暴力が珍しくない場になっており、だから店員は店内での異常時に自分の身の安全を優先する。店員が少ない大型店なら、騒いで速やかに行動すれば簡単に商品を盗み取れる。ネットも利用するようになった組織的な窃盗犯が、そうした小売店をターゲットにし始めた。

一時Apple Storeをターゲットにした組織的な窃盗が頻発した時期があったが、盗まれたApple製品は特定されてアクティベートできなくなる。危険を冒して盗んでも、盗んだ商品はパーツとしてしか転売価値がない。窃盗対策のスマートショッピングカートを導入している小売店もある。商品棚のセンサーからのデータで不審な動きを監視し、必要に応じてカートの車輪をロックして犯罪を未然に防ぐ。

しかし、窃盗被害の多い都市で閉店しているドラッグストアやディスカウントストアのセキュリティ強化は、 商品の棚に鍵 をかけたり、出入口を狭くして周囲にバリケードを設けるといったものばかり。それでは一般の買い物客の利用が不便になるばかりで、窃盗を減らせても客足が遠のく悪循環である。組織的な窃盗の増加に対してApple Storeが閉店を決めたら驚くことだが、Rite Aidなどの閉店は必然といえる。

窃盗や暴力事件が増えている地域では券売機を頑丈な格子で保護

組織的窃盗の増加で、米国ではeBayやAmazonといったオンラインマーケットプレイスにおいて販売者の身元確認と連絡先情報の開示を義務づける動きが活発化している。盗品転売や詐欺を防ぐ対策は必要ではある。だが、最近のオンラインマーケットプレイスへの圧力は店の入り口にバリケードを築かせるような危うさも感じる。オンラインVS実店舗の対立で、オンラインマーケットプレイスでのビジネス機会や利用者の利便性を損なうような対策になるのは望ましくない。

Proposition 47によって窃盗が増加したという一面のみに焦点を当てた報道もそうだが、危険な暴力が人々の日常に存在する腐敗より、転売に使われるマーケットプレイスに非難の矛先を向ける。暴力が起こりやすい社会環境に向き合わない米国の深刻な問題が現れている。

《ドラッグ蔓延も深刻化》被害額950ドルまでの窃盗は「軽犯罪」扱い…“万引き天国”サンフランシスコに広がるディストピアの闇

6/28(水) 12:10配信

高層オフィスビル街は“ゴーストタウン”に

サンフランシスコではドラッグの蔓延が深刻な問題となっている

全米屈指の都市として名高いカリフォルニア州サンフランシスコ。シリコンバレーと合わせた「ベイエリア」は、IT・テクノロジーのメッカとしても有名だ。
そのサンフランシスコは現在、窃盗やドラッグ、警察官不足、ゴーストタウン化など、数多の問題を抱えている
「世界でもトップクラスの富裕層が住む街」に何が起こっているのか。実際に訪れて、その様子を見てきた。
【画像】米国カリフォルニア州北部に位置するサンフランシスコ(出典:shutterstock.com / Lynn Yeh)

“IT成功者”が住む、ベイエリアの文化的中心地

「サンフランシスコ」と聞くと、皆さんはどんなイメージをお持ちだろうか。 ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴに続く、全米の人気都市? 
坂の多い街並みを走るケーブルカーや赤い色が印象的なゴールデンゲートブリッジ、世界一脱走が難しい監獄島・アルカトラズなど、数多くの観光名所がある街?
 1960年代のヒッピー文化を歌ったスコット・マッケンジーの名曲「花のサンフランシスコ」も有名だ。
日本人にとっては、1990年代にミスタードーナツがサンフランシスコのチャイナタウンをイメージした飲茶メニューを提供したり、2002年頃に新庄剛志がサンフランシスコ・ジャイアンツで活躍したりと、もしかしたら全米第3位の巨大都市・シカゴよりも馴染みが深いかもしれない。 実際に同市を訪れたことがある人なら、このサンフランシスコにシリコンバレーを合わせた「ベイエリア」が、今日の社会を牛耳るテクノロジーのメッカであり、個人資産10億ドル(1400億円)以上の超富裕層が世界一多く住むエリアであることもご存じかもしれない。 ただし、AppleやGoogle、Meta(旧Facebook)などの本社があるシリコンバレーは、わずかに郊外型のショッピング施設があるだけで、美術館などの文化施設や観光地はほとんどない。そのため、こうした巨大企業に勤める裕福な経営陣の中には、街の賑わいを求めてサンフランシスコに住む人も少なくない。 TwitterやPinterestのように、サンフランシスコに本拠地を置くIT企業も多い。動画サービスのYouTubeも、サンフランシスコ郊外のサン・ブルーノに本社がある。 そんな土地柄だけあって、この20年ほどの間に、もともと高かった不動産価格がさらに高騰している。50平米ほどの1室アパートでも、家賃は月額50万円を下らない。小さな家でも買おうとすれば、普通に数億円の買い物になる。東京・港区の2~3倍以上の不動産価格だ。 「ITで成功した世界でもトップクラスの富裕層が住む街」と聞くと、先進的な未来都市を想像する人もいるかもしれない。たしかに最近では、街中で「Cruise」という無人の自動運転タクシーが走り回っているなど、未来的な部分もあるにはある。
一方で、コロナ禍以降、街の中心部ではまるで末世のような荒廃とした様子を目にすることも多い

1回あたり13万円までは盗み放題

筆者がそんなサンフランシスコの変貌を目の当たりにしたのは、2022年6月。
パンデミック後、はじめて訪米したときだ。 久しぶりに街一番の高級ショッピングエリア・ユニオンスクエアの周辺を散策していたら、かつて高級百貨店「バーニーズ・ニューヨーク」があったビルの壁に、張り付くように立っている男性がいた。閉店したバーニーズ・ニューヨークを見て感慨に耽っているのかと思ったが、よく見るとビルの壁に立ち小便をしている。東京で言えば、銀座のような高級百貨店エリアで、だ。 シリコンバレー企業に勤める友人にこのことを話すと、2021年頃はもっとひどかったそうだ。 その友人がサンフランシスコの中心街にある雑貨店で会計をしていると、そのすぐ後ろを、両手一杯に商品を抱えたホームレスが、会計もせずに店を出ていこうとしていたもちろん窃盗だが、店員は諦めた様子で、大声で罵りながら会計作業を続けている。捕まえる素振りも見せなければ、警察を呼ぶこともしない。友人が「警察を呼ぼうか?」と聞くと、店員は「どうせ警察は来ない」と諦めていたという。
驚くのは、これが珍しい事件現場ではなく、コロナ禍のサンフランシスコにおける“日常”だということ。そこかしこの店で日々、同じようなことが今でも繰り返されている。 勇気ある客が窃盗犯を押さえつけて返品させたケースもあるが、その結果、暴力沙汰に発展し、殺傷事件に発展した例もある。そのため、最近ではほとんどの店員や客、さらには近くを通りかかった警官までもが、そのまま窃盗を見逃しているのだという。 サンフランシスコのあるカリフォルニア州では、2014年に悪名高き「州法修正案47」が可決した
驚くべきことに、この修正案では、被害額950ドル(約13.5万円)以下の窃盗は「軽犯罪」扱いなのだ。 それでもコロナ禍以前では、この法律が問題になることはなかった。
しかし、2021年7月に状況が一変。ロサンゼルス近郊にあるファッションディスカウントストア「T.J.マックス」で、2人組の若者が両手一杯に商品を抱えたまま、白昼堂々と会計をせず、店外に出ていく事件が起きた。その様子を捉えたビデオがソーシャルメディアで広がり、テレビでも報じられた。すると、全米規模で模倣犯が続出したのだ。 その後、ほかの地域では模倣犯による窃盗は減ったが、サンフランシスコでは、これが2023年夏現在でも続いている。

高層オフィスビル街は“ゴーストタウン”に

その理由については、さまざまなことが言われている。だが、先の「州法修正案47」が、こうした行為を助長していることは明らかだろう。 それに加えて、サンフランシスコの警察不足という問題も関係している。土地柄、不動産価格が高く警察官が住める場所ではないためか、サンフランシスコでは2010年頃から警察官の数が減少しており、問題となっていた。 重犯罪への対応や、観光地や学校行事などに警察官を配備することも多いため、常態化した窃盗に時間を避ける警察官がほとんどいないのだ。 もちろん、これだけ窃盗が常態化してしまうと、商業は成り立たなくなってしまう。コロナ禍に入ってから、サンフランシスコ市内の中心地では驚くほど多くの店舗が廃業したり、無期限の休業を実施したりしている。  「GAP」「バナナ・リパブリック」などのファッション系ショップをはじめ、「AT&T」が運営する携帯電話ショップ、スーパーマーケット「ホール・フーズ・マーケット」など、閉店を発表した企業の数はすでに25社以上にのぼる。米国最大の薬局チェーン「ウォルグリーンズ」にいたっては、市内の5店舗を一斉に閉店した。 閉じたまま営業を再開しない飲食店なども多いが、実はこれにはもう1つ理由がある。今のサンフランシスコは、観光地にはそれなりに人がいるが、オフィス街などには平日の日中でもほとんど人がいないのだ。 サンフランシスコでは、テクノロジー関連以外の企業でも、社内のIT化が進んでいることが多い。そのためパンデミックが落ち着いたあとも、多くの企業が自宅からのリモート勤務を継続しており、おしゃれな高層オフィスビルが立ち並ぶエリア(東京で言うと、大手町のような場所)が、ほぼゴーストタウンのような状態なのだ。 それゆえに、かつてはランチで賑わっていたであろうビル周辺の飲食店も、「CLOSED」のプレートを出して鎖をかけたままになっていることが多い。 市内で人を見かける場所と言えば、先に触れたユニオンスクエアや湾岸沿い、公園、美術館などの観光スポットと、多くのホームレスが住むテンダーロイン地区(Twitter本社のすぐ近く)くらいという極端な状況になっている。 もっとも2022年春頃までに比べると、これでも状況はかなりよくなったそうだ。 不動産価格の高騰とインフレによる物価の高騰、そこにコロナ禍が重なり、2019年からの3年間でベイエリアではホームレス人口が35%も増加したという(サンフランシスコ市調べ)。 このため2021年末から2022年の春頃までは、大幅に増えたホームレスが、元々ホームレスが多かったテンダーロイン地区だけに収まりきらず、ユニオンスクエアを含む観光の中心地にも溢れていたという。 筆者がバーニーズ・ニューヨーク跡地で見かけたホームレスも、その名残だったのだろう。2022年夏、観光が再び動き始めてきたのに合わせてサンフランシスコ市が観光スポットを中心に重点的に警察を配備し、ホームレスを追い出し始めた。その影響で観光エリアは徐々にかつての姿を取り戻し始めたが、それによってテンダーロイン地区の状況は一層ひどくなった。

「ドラッグ蔓延」でさらに泥沼化

ここまででも十分ひどい状況だが、今のサンフランシスコにはもっと深刻な問題がある。それは、ドラッグの蔓延だ。 コロナ禍において「フェンタニル」という500円ほどから買える安価かつ中毒性の高いドラッグが全米で広がった。このドラッグ中毒がもっとも深刻に広まっているのが、サンフランシスコのテンダーロイン地区だ。訪れてみると、道のそこかしこに、このドラッグの中毒者が溢れているフェンタニルは摂取すると感覚が遮断されてしまうようで、道の真ん中で身体をクネっと曲げた状態で立ったままピクリとも動かない状態の人が、そこかしこにいる。 また公衆トイレがないため、道の真ん中で排泄をしている人も多い。排泄中のそのままの姿勢で止まってしまっている人歩道の真ん中に倒れこんでそのまま動かない人もそこら中にいる。もしかしたら、まだ生きているかもしれないが、死んでいる可能性もある。2023年の最初の3ヶ月間だけで、このフェンタニルの過剰摂取による死者は41%も増加したという。 そこまで危険なドラッグでありながらも、多くのホームレスが一時的に心の痛みを和らげるために使用を続けているのだ。 そんなドラッグ中毒者が溢れる危険な地区にも住宅があり、学校に通う子どもたちもいる。 筆者が本稿の取材のために友人の車でエリアを回っていると、何か物々しい警備がされている公園があった。何事かと思ってよく見ると、警察官によって周囲がガードされた公園の中で、運動会のような学校行事を行っているところだった。公園の中だけは、健全な学園生活が広がっているが、警備をしている警察官の足下には、生死不明のホームレスが転がっている。なんとも奇妙な光景だ。 その後、公園から2ブロックほど登った道を車で走っていたら、アジア系男性とアフリカ系男性が口論をしていた。そして突如、女性の悲鳴が聞こえてきた。何事かと思ったら、アジア系男性がカバンから拳銃を取り出して構えていた。その様子を見て悲鳴をあげる女性もいるが、見慣れた光景とばかりに、チラっと様子を見て友人と談笑をしながらその横を通り過ぎていく女性2人組もいる。まさにカオスな状況だった。 世界一の富裕層が集う都市でありながら、状況が改善しそうな気配は見えてこない。いや、それどころか悪化の一途を辿っている。 最近、ホームレスにドラッグを売っているディーラーやその仲介者たちたちが、ホームレスたちにドラッグ代を稼がせるために、お店の窃盗をさせているという。お店から盗んできた盗品を安く引き取っては、街一番の大通りで堂々と路上販売しているのだ。 日本には、今でも世界的成功を収めたIT企業が集まるベイエリアに強い憧れを感じている人が少なくない。たしかにサンフランシスコの観光地の多くは、コロナ禍を経てもその美しさを保っている。富裕層が住むおしゃれな高級住宅エリアに行けば、相変わらず海や丘の景観は美しいし、遠くに見下ろす摩天楼の街並みにも息を呑む。 しかし、いざ街中に足を運んでみると、人のいないビジネス街を無人の自動運転タクシーが周回。高級ブランドと高価なグルメを求める観光客が賑わう地域から数ブロックも離れると、ドラッグに溺れたホームレスたちが、魂を失った状態で静止している。 今のテクノロジー社会のいびつな成功が生み出した「ディストピア(反理想郷)」を感じずにはいられない光景だ。 文・写真/林信行

警備員の目の前で堂々と万引き、窃盗容疑で男を逮捕 米サンフランシスコ

2021.06.23 Wed posted at 11:09 JST

(CNN) 米カリフォルニア州サンフランシスコ市内のドラッグストアで男が警備員らの目の前で大量の商品を堂々と盗んで立ち去る様子が撮影され、警察は万引きを繰り返していたとみられる男を窃盗などの容疑で逮捕した。

店内で撮影された動画は、サンフランシスコで広く横行する万引き問題の一端をのぞかせている。

サンフランシスコ警察のツイッターによると、逮捕されたのはジーン・ルゴロメオ容疑者(40)。19日午前8時半ごろ、市内のドラッグストアに同容疑者が入店し、陳列棚の化粧品を手当たり次第に袋に入れる様子を警官が目撃した。盗もうとした商品の総額はおよそ978ドル(約10万円)。同容疑者は窃盗未遂などの容疑で逮捕された。逮捕に対して抵抗はしなかった。

警察は以前から、市内で相次いだ万引き事件に関与した疑いでルゴロメオ容疑者の行方を追っていた。

これに先立ちドラッグストアチェーンのウォルグリーンの店舗では、男が次々に商品を万引きして大きな黒いごみ袋に入れる様子を、CNN提携局KGOの記者が目撃して撮影していた。

この店の警備員を含む3人が携帯電話で現場を撮影し始めても、男は万引きをやめなかった。男は盗んだ商品を入れた袋を自転車に積み、警備員の目の前を通過してそのまま逃走。警備員は盗品の入った袋に手を伸ばしてつかもうとしたが、そのまま見過ごした。けが人はいなかった。

ルゴロメオ容疑者はこの事件に関して強盗や窃盗の疑いがもたれている。

さらに、同じウォルグリーンの店で5月29日と30日、31日、6月1日にも万引きや強盗を繰り返した疑いや、今月17日にドラッグストアで万引きした疑いもあり、計16件の罪に問われて現在も勾留されている。保釈金は2500ドル(約28万円)に設定された。

市内で横行する万引き問題をめぐっては、地元当局が先月開いた公聴会で、ウォルグリーンやドラッグチェーン大手CVSの関係者から事情を聴いていた。相次ぐ万引きについて当局は、出来心による犯行ではなく組織犯罪と位置付けている。

ウォルグリーンの広報によると、サンフランシスコ市内の小売店では以前から、こうした窃盗行為が公然と行われて問題になっていたという。

カリフォルニア州検察によると、昨年10月には盗品の買い取りや転売にかかわった容疑で5人が逮捕されていた。この捜査では、小売店から盗まれた総額約800万ドル相当の商品が押収・回収された。

捜査当局はこうした犯罪について、「盗品を手に入れて転売し、市内や州内、そして全米で流通させることを狙った組織的行為が間違いなく存在する」とKGOに語っていた。


参考文献・参考資料

憲法に基づく「トランプ公職追放」論が急浮上、その論点は? (msn.com)

米国株の大暴落と世界大恐慌、引き金は2024年米大統領選 (msn.com)

世界の分断は加速するか 回避する道は? 知の巨人たちのことば | NHK | ビジネス特集 | 国際特集

“トランプ2.0”? アメリカ大統領選挙 共和党注目のラマスワミ氏って? | NHK

アメリカ合衆国の犯罪と治安 - Wikipedia

アメリカ・カリフォルニア州で窃盗の罪が軽罪に格下げ!集団万引きがダイナミック活動する様子がヤバい | SOCOMの隠れ家

シリコンバレー101(914) 10万円までの窃盗を重罪としないカリフォルニア、"万引き天国"問題のその後 | TECH+(テックプラス) (mynavi.jp)

《ドラッグ蔓延も深刻化》被害額950ドルまでの窃盗は「軽犯罪」扱い…“万引き天国”サンフランシスコに広がるディストピアの闇(集英社オンライン) - Yahoo!ニュース

警備員の目の前で堂々と万引き、窃盗容疑で男を逮捕 米サンフランシスコ - CNN.co.jp

アフリカ系アメリカ人公民権運動 - Wikipedia

アル・カポネ - Wikipedia

地獄への道は善意で舗装されている - Wikipedia

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