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部下に避けられるダメ上司の特徴


今回は、上司が部下に接する際の「心得と心根」について経営者である私が解説いたします。

部下に接する際は以下の2点が大切です。

①上司がやめるべきは“こまかく”

②上司がやるべきは“こまめに”

 1.上司がやめるべきは“こまかく”

“こまかく”とは上司が部下に接するときに戒めとすべき“心得”(心がまえ、心がけ)を表しています。
心得とは上司が持っておくべき基本的な部下観です。


よく上司が部下の働きに対してこまかくチェックする人がいます。

部下が何か発言をするたびに、何か行動をするたびに上司は“気になるのか?”、“気にいらないのか?”きまって口を出す。
しかもことあるごとに…。


これって部下にとっては、極めて厄介で面倒な小うるさい存在ですね。
かつて私も同じことをしていました。

これでは“こまか過ぎる”。
何事も過ぎると良いことはないのです。


私の経験から言いますと、

「部下に口うるさい上司は、部下との信頼関係にあえてヒビを入れている」

と言えます。



例えば、上司の部下に対する確認行為一つとってもこまかく聞けば聞くほど部下は尋問されていると感じ

「自分は信用されていないのかも」

と受け止めてしまう。


部下の顔を見るたびに、または部下に与えた仕事が頭に浮かぶたびに気になりとっさに反応してしまう上司。

「あれって、どうなっている?」
「これってもう終わった?」

と。



これが繰り返さえされると、上司の部下に対する“監視行為”となってしまう。
この監視行為、やっている上司には「監視している」と自覚がなくとも部下はされていると思ってしまうものです。


かつての私も条件反射のごとく感情の赴くまま部下にこまかく確認していました。
所謂、“直情径行”の典型です。

*直情径行(ちょくじょうけいこう):相手を顧みることなく感情のなすまま、思うままに行動すること。
「直情」はありのままの感情。「径行」は思いを曲げずに行動すること。


結果、部下は私に近寄らなくなってしまったのです。



そこで、改善しようと試行錯誤をしました。

たどり着いた解決策は、「週間定期ミーティング」を行うことでした。


報連相は定期的なミーティングの場で!


“気まぐれにこまかい聞く行為”をやめ、信頼関係を取り戻すために私が実践したことは

「部下の報連相の時間を毎週、定期的にミーティングの形で設ける」

ということでした。
予め決めておく機会に、予め決めておいた事項に沿って報連相を実施したのです。




このような段取りをしておけばこちらから不意に、一方的に部下の仕事中に報連相を求める必要がなくなります。

同時に指示命令も突然、発することもなくなります。
もちろん、重要な案件で緊急を要する時には例外として報連相を求めたり、指示命令をしますが…。




ではここで実際の場面を紹介します。
まずは悪いケースとなる“こまかく”の事例です。


《悪いケース》
〔上司が部下に、日常的に思い付きで報連相を求めるケース〕

上司:「例のあの件さ、どうなっている?」
部下:「何の件ですか?」
上司:「決まっているだろう!今月末までに仕上げることになっているA社へのプレゼン企画書作成の件だよ」


部下:「まあまあ進んでいます。自分なりに資料収集が          終わり、ある程度、まとめ始めています」 

上司:「まあまあ?間に合うのか?」
   「そうならそうと途中経過を報告してくれよ!」
   「A社へのプレゼンは失敗できないからな、わかっているだろう!」


部下:「もちろん、重要なプレゼンとはわかっています。ただ、まだその企画書、未完成だったので報告する状況ではないと…」 

上司:「未完成でも、どこまで作成が進んでいるのか気になるんだ。こちらから報告を求める前に報告してくれよ。気が利かないな~」



上記の会話は部下の通常業務がほぼ滞りなく進んでいるのにもかかわらず、上司が不意に報連相を求めている場面です。しかも、

「着実に進んでいるか?」「ちゃんとやっているか?」「もしかしたら間に合わないのでは?」

といった疑念も持ちつつの監視行為に近い会話のトーンです。



このような上司からの“こまかく”確認する行為が頻繁に続くとなれば、部下のモチベーションは下がりストレスは高まる。


そして、やる気も失せる“極めて不健康な関わり方”だと思います。
ですから、不意打ちの“こまかく”はやめたほうがよいのです。

次に“こまかく”をやめた良いケースです。

《良いケース》
〔上司と部下間で、報連相を定期化し実施しているケース〕

上司:「この一週間、お疲れさまでした。では、今進めている企画書作成の進み具合を報告してれるかい」

部下:「何とか予定通り進んでいます。途中、少しばかり手間がとられた時がありましたが…」


上司:「そうか、よかった。予定通り進んでいるんだね。その手間がとられた時があったって、どんな状況だったんだい?」


部下:「ええ、企画書の中の重要な部分のところで客観的なデータを盛り込もうと思ったのですが、なかなか見つからなかったのです。しかし公的機関のレポートをいろいろ調べていく内に説得力のあるデータを見つけることができました。結構、時間がかかってしまい少々焦りましたが…」


上司:「そうだったんだ。大変だったね。でも、よく見つけ出してくれた」
   「プレゼンが楽しみになってきたよ」
部下:「ありがとうございます。私も緊張はあるものの楽しみになってきました」




上記の会話は、週間で業務進捗についての報告会を予め決めている場合のものです。
落ち着いた雰囲気の中で上司は一貫して部下を承認しようとしています。
定期的に開くことが予め決められている報告会ですので、部下も報告の要領を得ていて素直に話すことができます。




上司、部下ともに「プレゼンが楽しみ」と気持ちが合致しているところはとても実りのある会話となりました。

人間関係においても健康的である以上に信頼の絆が深まっていくように思います。
今では主流となりつつある1on1ミーティングのようでもありますね。




やはり、

「都度、こまかく言うな、都度、こまかく聞くな!」

が上司の心得と考えます。


言うも、聞くもこまかく行うこと自体、上司本人にとっても、部下本人にとってもイライラ感がつのりストレスもたまるもの。
挙句の果てには信頼関係までも損なうと思います。


2.上司がやるべきは“こまめに”である

”こまめに”とは上司が部下に接するときの持つべき“心根”( 心の奥底、本当の心)を表しています。
この心根とは本心からの相手を想うという意味合いです。




部下との信頼関係や上司への親しみ易さを築くには“こまめに”が大切です。
そして、この心根である“こまめに”は「三マメ」の実践によって表現できます。




私は20代の頃、ある会社で営業をしていました。
その際、営業研修会などに出ますと、「営業担当者は三マメに徹せよ!」などと指導を受けたものです。
この場合の「三マメ」は顧客に向けた実践行為ですが、私は上司が部下に接する際にも十分に当てはまる考え方と思っています。

❖“こまめに”の実践は三マメから


「三マメ」とは

・手マメ
・足マメ
・口マメ

のことです。



まさに“こまめに”を表現する行為です。


もっと具体的に言えば、手マメはまめに手紙を書いたり、メールをすること。
足マメはまめに足を運び直接、相手のところに出向くこと。
口マメはまめに電話をかけたり対面で声をかけたりすることです。

この“こまめに”は上司の持つべき“心根”としてとても重要だと言いたいのです。



三マメは、部下とのコミュニケーションにおいて良好な関係を築き、心の生産性を高める実践的な行為です。

上司が部下に感謝の心を表す、励ましと期待の心を表すため、自らの言葉、表情、態度を手、足、さらに、口の三マメを通じて表現する行為と言えるでしょう。



その結果、部下の自己肯定感は高まり、仕事へのモチベーションもおのずと強化される。

上司からの些細な言葉一つとってもほんの一瞬の微笑みの投げかけもさりげない小さな動作でも、三マメによって“こまめに”表現されると受けた部下の心には

上司への敬意や感謝、同時に安心と親近感

などを抱くようになります。


知らず知らずのうちに醸成されていくのです。

「〇〇課長は私のことをいつも気遣ってくれている」
「〇〇部長は私のことをいつも見守ってくれている」
「なぜか〇〇主任と会話をかわすと心が落ち着く、楽しい気持ちになる、やる気も出る」

など・・・。

❖経営の神様も“こまめに”を実践していた


ここで“こまめに”の事例を紹介します。
“こまめに”が心根を表し、「三マメ」 がその実践行為であることを如実に表している事例です。
経営の神様と言われた松下幸之助氏のエピソードを紹介します。(松下幸之助氏の伝記より)

『幸之助が工場建設用地の検分で神奈川県を訪れたときのこと。

鮨屋に5人分の弁当を頼み、社員の出身地に合わせて3人分は関西風、2人分は関東風にして印をつけておいた。

浜辺にござを敷いてお弁当を広げ、社員は感動しつつ味わった』

というのです。

「社長自らが社員に対してここまでのことができるでしょうか?」

ここまでの心配りは“こまめに”の心根から生まれていると思います。



また、こんな話もありました。


『ある夫婦が新幹線に乗っていると、斜め前の席に幸之助氏が座っているのに気がついた。夫は「あっ、松下さんだ。話しかけてみたいなあ」と言ったのだが、妻は「やめときなさいよ。あんな偉い人があなたと話しするはずがないじゃない」と引き留めた。

それでも夫が「一言だけでもしゃべりたいなぁ」と言っているのを聞いて妻は、「じゃあみかんを買ってそれを差し上げるのを話のきっかけにしたらどうかしら」と提案した。

早速、夫はみかんを買って幸之助氏のところに持っていき「いかがですか」と手渡した。幸之助氏は一瞬びっくりした顔をしたのだが、嬉しそうに「ありがとう!」と言って受け取りその場で皮をむいて食べ始めた。

そして、幸之助氏は京都で下車する前にこの夫婦の席に来て、「先程はありがとうございます。おいしかったですよ」と頭を下げた。

このご夫婦はその幸之助氏の振る舞いにいたく感動したのだが、その後ホームに降り立った幸之助氏は、その夫婦の乗っている座席の窓のところに来てさらにお辞儀をし、新幹線が動き出すまで夫婦を見送ったのである。

旦那さんは涙が出るほど感激し、家に帰るとさっそく電気屋さんを呼んで、電球の一個に至るまですべてナショナル製品に替えさせたという。』



まさに心根ある“こまめに”を三マメの実践を通して表現している事例と言えます。
このエピソードは経営者としての理想の振る舞いととらえることもできますが、人を導くリーダーとして、また部下を持つ上司の姿として大いに参考になると思います。


やはり、“こまめに”の実践は人の心を動かすものですね!


❖私が実践した“こまめに”について


ついでに私自身が行ってきた三マメを披露します。
私は社長として会社の全社員に公平に“こまめに”を約30年間にわたり実践してきました。

私は社員の入社日、誕生日、また入社してからの個々人の冠婚葬祭の日には必ず直接メール(手マメ)を送ったり、直接会いにいったり(足マメ)、そして、直接言葉をかけたり(口マメ)していました。


同時に、毎月の給与袋には明細書とともに私のメッセージ(想い)を書き留めた文書を入れていました。


これまでを振り返ると、我ながら本当にこまめにやっていたと感心してしまいます(自画自讃になりますが)。
私の心の誓いとして、この“手マメ”、“足マメ”、“口マメ”の三マメは「すべての業務に優先する」としていました。




私が実践したこの行為は、経営者としての自らの能力不足を“こまめに”で補っていたとも言えます。

「能力が低くいのであれば、誰でもやることができるが継続が難しい、しかし、継続できればいつの日か、周囲はその存在を認めてくれる」

と思って実践していたことです。




この実践は、

「経営者である私は社員を家族と同じく思い大切にしていくよ。そういう経営者を目指しているよ」

ということが本気で思っていることを認めてもらいたい、との強い信念からでした。



経営をして35年が経ち現在は目が少々不自由となりやめましたが、これまでの私が書き続けたメッセージをすべて持ってくれている社員がいることがのちにわかり感激したことがありました。

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