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遼州戦記 保安隊日乗3

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遼州戦記 保安隊日乗 3 あらすじ

遼州同盟司法実働部隊『保安隊』も部隊の拡張が決定された。誠は新型法術兵器の運用を任されることになる。しかし、その導入は彼等を新たな戦場へといざなうことになっていく。

https://note.mu/tt1933mania/m/mae4ea3209ab5

遼州戦記 保安隊日乗 3 季節がめぐるなかで 1

 左手からボールが離れた瞬間。遼州司法局実働部隊、通称『保安隊』野球部の不動のエース神前誠(しんぜんまこと)は後悔の念に囚われた。東和実業団都市対抗野球、三回戦。相手は誰もが鉄板と予想する優勝候補、菱川重工豊川。
 誠の小隊の女隊長でクローザーのカウラ・ベルガーの独特のアンダースローの救援を待たず。試合はコールドで一回戦、二回戦を自分一人で投げぬいてきた。今回も八回裏ワンアウトまで失点は三点でリー

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遼州戦記 保安隊日乗 3 季節がめぐる中で 2

ぼんやりとした意識、我を取り戻したのはマウンドの上。
 誠が立っていたのはプロも使う東都大社球場のマウンドの上だった。高校野球東東都大会準々決勝、誠の左腕がメンバーをここまで引っ張ってきた。守備につく仲間達の視線が痛かった。九回裏、ツーアウトからファーボールを連発して一、二塁。打席には四番打者。リードは一点。誠はセットポジションから小さめのテイクバックでアウトコース低めに直球を投げ込む。
『ここは

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遼州戦記 保安隊日乗 3 季節がめぐる中で 3

 日差しを浴びて目覚めた誠は硬い簡易ベッドから身を起すとそのままシャワー室へと向かった。昨日あれだけ酷使した左腕を何度か回してみるが、特に違和感は無い。そのまま食堂で施設管理の隊員や教導官達に囲まれて食事をしたがそこにシンの姿は無かった。
 敬虔なイスラム教徒である彼が別のところで食事をすることはよくあることなので、誠も気にもしなかった。そして疲れた雰囲気の試験機担当の技師達を横目で見ながら携帯通

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遼州戦記 保安隊日乗 3 季節がめぐる中で 4

 シンはコンクリートの壁に亀裂も見えるような東和陸軍教導部隊の観測室に向かう廊下を歩いていた。まだ早朝と言うこともあり人影はまばらである。それでもアラブ系の彫りの深い顔は東和軍では目立つようで、これまで出会った東和軍の将兵達は好奇の目でシンを見つめていた。
「あれ?シン大尉じゃないですか!」 
 高いテノールの声に振り向いたシンの前には、紺色の背広を着て人懐っこい笑顔を浮かべる小男が立っていた。

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遼州戦記 保安隊日乗 3 季節がめぐる中で 5

「神前曹長!安全装置解除の指示が出ました!」 
 誠の05式の足元の観測装置をいじっていた西の顔がモニターに広がる。
「了解!第一安全装置解除。続いてエネルギー接続段階一、開始」 
 次第に鼓動が高鳴るのを感じながら、誠はいつものシミュレータの時のように思った通りに動く自分の手を感心しながら見つめていた。
『これが昨日の投球でできたらなあ』 
 そんな雑念が頭をよぎる。考えてみれば試合途中で抜けて

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遼州戦記 保安隊日乗 3 季節がめぐる中で 6

「観測機器のデータは?」 
 画像一杯のピンク色の光線が消えるとランは指揮席に腰を下ろしてオペレータ達に指示を出す。
「各ポイントのセンサーのアストラルダメージ値、すべて想定威力を越えています」 
 オペレータの言葉にランは椅子に座りなおす。
「これで威力に関しては十分であることがわかったわけですか」 
 そう言いながら禁煙パイプを口にくわえてモニターを眺めるシン。彼の法術の指南でここまでのデータ

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遼州戦記 保安隊日乗 3 季節がめぐる中で 7

「そう言えば、挨拶行かないの?」 
 機体を降りた誠の前でさんざん要にプロレス技をかけられていたアイシャが、屈伸をしながらカウラの顔を見上げる。
「そうだな。久しぶりだから顔を見せておくのもいいかも知れないな」 
 そう言いながらエメラルドグリーンのポニーテールを秋の風になびかせるカウラ。だが、一人眉をひそめているのが要だった。
「おい、あの餓鬼のところに行くのかよ?」 
「餓鬼って……?」 
 

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遼州戦記 保安隊日乗 3 季節がめぐる中で 8

「狭い!」 
「なら乗るな」 
 カウラのスポーツカーの後部座席で文句を言う要をカウラがにらみつける。仕方なく隣で誠は小さく丸くなる。空いたスペースは当然のように要が占拠した。高速道路ということも有り、スムーズに豊川の本部に向かう車。
「でも、あれよね。ランちゃんのあの言葉、気になるわよねえ」 
 助手席で伸びをしながらアイシャがつぶやいた言葉に、隣の要がびくんと反応した。
「冗談だろ?あの横暴だ

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遼州戦記 保安隊日乗 3 季節がめぐる中で 9

「じゃあお言葉に甘えて」 
 カウラはそう言うと要と誠をつれて隊長室に入る。嵯峨の双子の娘の姉、茜が主席捜査官としてこの庁舎に出入りするようになって、一番変わったのがこの隊長室だった。
 少なくとも分厚く積もった埃は無くなった。牛タンを頬張る明華の足元に鉄粉が散らばっているのは、ほとんど趣味かと思える嵯峨の銃器のカスタムの為に削られた部品のかけら。それも夕方には茜に掃き清められる。
 猛将、知将と

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遼州戦記 保安隊日乗 3 季節がめぐる中で 10

「それじゃあアタシはシャムの機体使うからな」 
 ハンガーに入って口を開いたランはそこまで言うとまた誠をにらみつけた。かわいらしい少女とも見えたが、その目つきの悪さは誠の背筋を冷やすのには十分だった。
「なんだ?その面は」 
 そう言うと近づいてくるラン。
「いえ!何でもないであります!」 
「声が裏返ってるぞ。まあいいや、さっさと乗れよ。パイロットスーツなんかいらねえからな」 
 そう言うとラン

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遼州戦記 保安隊日乗 3 季節がめぐる中で 11

「結構……もったじゃねえか!」 
 要が少し引きつった笑いを浮かべている。カウラはハンガーの脇の先ほどの戦闘が映っている画像を何度も巻き戻しながら見ていた。目の前には西が敬礼をしている。何か自分でも不思議な感覚に囚われたように感じながら、誠は静かにコックピットから降りた。
「カウラ!ちっとは新人の教育の仕方がわかってきたみてーだな。まあ詰めは甘いけどな」 
 モニターとにらめっこをしているカウラに

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遼州戦記 保安隊日乗 3 季節がめぐる中で 12

 昼飯を終えると誠は冷蔵庫と呼ばれる電算室にいた。目の前の空間に浮かぶ画面は二分割され一つは先ほどの戦闘が、もう一つはランに提出を求められた戦闘時における対応のレポートが映し出されていた。
「誠ちゃん」 
 後ろの声をあえて無視して誠は作業を続けていた。もうすぐ定時である。とりあえずレポートを書き終わった誠はランに指定されたフォルダーにそれを保存すると伸びをした。
「あのね、誠ちゃん」 
 誠はそ

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遼州戦記 保安隊日乗 3 季節がめぐる中で 13

 あまさき屋のある豊川駅前商店街のコイン駐車場に着いたときは誠はようやく解放されたという感覚に囚われて危うく涙するところだった。予想したとおり、後部座席に引きずり込まれた誠は要にべたべたと触りまくられることになった。そしてそのたびにカウラの白い視線が顔を掠める。
 そして、明らかに取り残されて苛立っているランの貧乏ゆすりが振るわせる助手席の振動。生きた心地がしないとはこう言うことを言うんだと納得し

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