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立ち飲み業態から、次のトレンドが生まれるかもしれない深い訳

2023年4月に総務省統計局が発表した「サービス産業動向調査」の2023年2月分結果(速報)によると、飲食店などを含む「宿泊業,飲食サービス業」が11か月連続で売上高が増加しており、サービス産業の売上高増加に寄与していることを報告しています。
コロナ禍では飲食サービス業のビジネス全体が停滞し、生活者のライフスタイルの変化から各店舗でテイクアウトやデリバリーサービスを始めるといった動きがみられました。
そして、外食ニーズが徐々に回復しつつあるアフターコロナにおいて、生活者の意識や市場環境にまた変化が出てきているようです。
今回は、立ち飲み業態に注目し、昨今のトレンドを「飲食店経営」副編集長 三輪大輔さんにレポート頂きました。

コロナ禍で人流が変わったり、外食の絶対数が減ったりした結果、これまでの業態では通用しなくなり、業態転換を行う企業が増えました。唐揚げやフルーツサンド、焼き肉、寿司など、多くの業態が話題となりましたが、今、注目度を高めているのが立ち飲み業態に他ありません。ここ最近、大手チェーン店が立ち飲み業態のブランドを出店させるケースも目立ちます。

立ち飲み業態は、実は数年前にもブームがありました。それを牽引したのが株式会社アクティブソースの展開する「晩杯屋」。“せんべろ”の代表格でもある同店は2009年に一号店をオープンさせると都内を中心に店舗数を拡大させ、存在感を一気に高めることに。しかし、2017年7月に「丸亀製麺」を運営する株式会社トリドールホールディングスの傘下に入り、多くの業界関係者を驚かせました。

なぜ現在、また立ち飲み業態に注目が集まっているのでしょうか。その背景を探っていくと、「コロナ禍での人々の意識の変化」と「原材料費の高騰をはじめとした市場環境の変化」の二つの理由にたどりつきます。

コロナ禍での人々の意識の変化

コロナ禍で外食の絶対数が減った主な原因は、大型の宴会が減ったこと。現在、そのニーズは徐々に回復してきていますが、コロナ禍前と同じ水準に戻ったとは言い難いのではないでしょうか。それは2次会についても同じです。気の置けない仲間や親しい同僚などとの少人数の飲み会は増えていますが、これまでと同じように2次会、3次会まで行かなくなっています。そこで求められているのが、もう少し飲みたいと思ったときに、一人で気軽に行ける店。そういったニーズを持っているのは、もともと飲むのが好きな人のため、一回店を気に入ったら長く通ってくれる確率が高いのです。コロナ禍で強かったのは常連の多い店。その流れを踏まえても、立ち飲み業態が秘める可能性は大きいといえます。

原材料費の高騰をはじめとした市場環境の変化

昨今、原材料費の高騰がすさまじく、それを受けて、値上げを決めた飲食店も多くあります。一方で、コロナ禍で外食の絶対数が減っているため、売上のトップラインを上げるのが難しくなっている。だからこそ、飲食店の生き残りのためには、原材料費や人件費といったコストをうまくコンロトールして利益を残していく姿勢が欠かせません。そのような状況を踏まえると、立ち飲み業態は少人数のスタッフで営業ができたり、着席よりもお客を入れることができたりする特徴があるため、少ないコストで最大限の売上をたたき出すことができます。つまり、コストが高騰している今、最適な業態だといえるでしょう。

こうした背景により、今後、市場がさらに盛り上がっていきそうな立ち飲み業態。実際、これまでとは違うスタイルの店も現れてきています。「磨き込まれた専門性」と「多様なニーズの取り込み」の二つの切り口で、そうした店舗を紹介していきます。

1 磨き込まれた専門性

トリドールホールディングスが「晩杯屋」を傘下にした当時、500店舗体制を目指すという話がありました。しかし、現在、約40店舗体制となっており、500店舗という数字の達成は難しい状況が続きます。「晩杯屋」がトリドールホールディングスのM&Aに応じたのは、物件情報の確保や資金調達がスムーズにいくことでさらなる店舗展開を推進できるからでした。また、仕入コストの削減も傘下に入った理由の一つだといわれています。「晩杯屋」は“せんべろ”の聖地とあって、一品当たりの価格がかなりリーズナブル。商品のラインアップ数も料理とドリンクを合わせるとかなり多い。M&A の背景には、FL (F=Food cost/材料費、L=Labor cost/人件費)をコントールしながら拡大していくのは、かなり難しかったことも関係しているのでしょう。

居酒屋も同じ流れが進み、かつて隆盛を極めた総合居酒屋は衰退し、代わりに焼き鳥や串カツ、餃子といった専門業態が台頭。コロナによって市場環境は変化しましたが、各社がつくる新業態は軒並み専門性の高い店舗です。その流れは、立ち飲み業態にもやってきている。原材料の高騰はもちろん、専門性の高い“尖った業態”を求める消費者の声に応えるように、これまでとはひと味違った業態が現れてきています。

その中の一つが、俺の株式会社の新業態「俺の天ぷらバル」。同ブランドは、2022年8月に1号店を新橋(東京・港区)にオープンするや否や、瞬く間に人気店となり、同年12月には心斎橋(大阪・中央区)に2号店をオープンさせています。

同ブランドの特徴は、一流のフレンチシェフがつくる天ぷらをカジュアルに楽しめる点。全メニューの監修は同社の人気ブランド「俺のフレンチ」で総料理長を務める遠藤雄二氏が行なっています。フレンチならではの創作天ぷらから、俺のシリーズらしい高級食材を使った天ぷらまで幅広くそろえ、100円台からリーズナブルに楽しめます。これまで同社は「俺のイタリアン」をはじめ、「俺のフレンチ」「俺のBakery」「俺のスパニッシュ」「俺の焼肉」と“俺のシリーズ”を展開してきました。その中で、俺の天ぷらバルは日常使いやサク飲みにもピッタリな全く新しいコンセプトの業態となっています。

そもそも同社は11年9月にオープンした「俺のイタリアン新橋本店」で、一大ムーブメントを起こしました。俺の天ぷらバルでは「立ち飲みで高級食材をリーズナブルに」という、俺のシリーズが掲げてきたコンセプトに原点回帰しています。その点からも、市場でどこまで店舗を伸ばしていくか注目度は高いといえるでしょう。

2 多様なニーズの取り込み

コロナ禍を契機に、人々が飲食店に求めるものが多様になっている。そうした時代の変化に対応し、多様なニーズを取り込むため、立ち飲みカウンターを併設する店舗もにわかに増えています。

例えば、株式会社ダイニングイノベーションのグループ企業の株式会社すみれが運営するやきとり酒場「一鳥前(いっちょまえ)」。同店は、2022年9月に東急東横線日吉駅(横浜・港北区)の西口にあり、どちらかというと住宅立地に近い場所にあります。そうしたエリアの特性を反映し、「街の酒場として、近隣の人々の第三の心地良い居場所(サードプレイス)」というコンセプトを掲げるとともに、多様なニーズを取り込むため立ち飲みカウンターをはじめ、テーブル席とカウンターを用意。立ち飲みカウンターは、いつでも、気軽に立ち寄ってもらえるようにビール、サワー、ハイボールといったアルコールを100円引きにし、席や利用シーンによって価格を変えているのも面白い点です。

また、2023年4月に、新丸ビル7階の「丸の内ハウス」にオープンした「鮨&BAR 不二楼」も、寿司店にスタンディングBARを併設している店舗。同店は株式会社和僑ホールディングスが運営を行ない、「博多前鮨」と、技術を深掘りした「江戸前鮨」、そして不二楼独自の「熟成鮨」を融合させた「新江戸前鮨」を一貫280円という手頃な価格で提供。スタンディングBARでは女性バーテンダーが本格的なカクテルを提供しており、待ち合わせから会食まで幅広い利用シーンに対応しています。

なお、ここ最近、立ち食い寿司もにわかに盛り上がりを見せています。寿司というと、現在、アルコールと寿司を手軽に楽しめる寿司居酒屋が好調で、あえてカタカナで「スシ」と表記し、SNS映えするような創作系のメニューを提供する店舗も多いです。株式会社FOOD & LIFE INNOVATIONSが展開する「鮨・酒・肴 杉玉」をはじめ、食べ放題で話題を集める「すし酒場 フジヤマ」や関西を中心に展開する「すし酒場 さしす」といった人気店も出てきています。しかし、参入するプレイヤーが増えるに連れて競争が激化し、今後、生き残りが難しくなる可能性が高いでしょう。

もともと立ち食い寿司は人気店の多いジャンルではありましたが、市場環境の変化を踏まえ、さらに盛り上がるかもしれません。現に、回転寿司チェーン「スシロー」グループの株式会社京樽が「立食い寿司みさき」を新宿にオープンさせています。まだ実験的な取り組みでしょうが、店舗の評価は高く、秘めているポテンシャルはかなり大きいといえます。

また、立ち食いは、若手をはじめとした独立の手段としても、かなり魅力的。コロナ禍では、ゴーストレストランでできるだけ低コストで独立する流れが生まれましたが、デリバリーは、目の前にお客様はいないので、飲食ならではの醍醐味が薄れてしまいます。また、提供するのも、つくって時間が経ってからもおいしい料理なので、飲食店とは条件も異なります。
一方、小規模の立ち飲み業態だと、オーナーともう一人スタッフがいれば回せるため人件費が掛からないだけでなく、専門化を進めれば原材料のコントロールがしやすく、家賃を抑えることもできる
加えて、お客様の反応をダイレクトに感じながらブラッシュアップできるなど、メリットは大きく、次の外食業界のトレンドが立ち飲みから生まれたとしても決して不思議ではありません。

(取材・文:「飲食店経営」副編集長 三輪大輔)

立ち飲み“再”ブーム到来の背景にある世の中のニーズや環境変化、それに対応する各ブランドの戦略をレポートしていただきました。専門性を高めて“尖った”コンセプトで人気を博すケースもあれば、従来の店舗に立ち飲みスペースを追加してターゲットを広げようとする試みもあり、各社が創意工夫を凝らしながらアフターコロナ時代の価値創造にチャレンジしているのが印象的でした。通常の店舗と比べて低コストで出店・運営できるという点から、新たなプレイヤーの新規参入はもちろん、大手企業やホールディングスが新しいコンセプトやメニュー、顧客体験のアイデアなどを実験的に試す場としても有効活用できそうです。果たして、立ち飲み屋さんから外食産業のイノベーションは生まれるのか、期待を込めてウォッチしたいと思います。

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