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open the curtain【滲み】1600字

「知らない洗濯物がどんどん増えていくの。」

カーテンを開けると知らない洗濯物が干してある。
室内を振り返るがここは私の家。6階。
カーテンを開けると知らないジョウロがベランダで転んでいる。
室内を振り返るがここは私の家。観葉植物は無い。
カーテンを開けると知らない雨が降っている。
室内を振り返るがここは私の家。天気予報はテレビで晴れを言っている。

引っ越し祝いだと言ってみよちゃんがワイン瓶を裸のまま抱えてインターホンの四角いモニターの中で魚眼レンズの洗礼を浴びている。
花柄のふわふわしたワンピースのくせにズカズカ人の家に押し入ってくるみよちゃんを私は好いている。
いつも通りの淡いピンクとテカったおでこで頬張るチーズのみよちゃんに、通勤電車の混み具合の酷さと上司の愚痴をこぼすと、そんなもんそんなもんとトロンとした目で微笑む。昼だと見晴らし良いならいいじゃんそんなもんよ。やんわりと引っ越しを肯定してくれる、そんなみよちゃん。

知らない洗濯物がどんどん増えていくの。
さすがのみよちゃんも目を丸くする。ニヤッとする。
なにそれ。
知らない緑のブラが干してあったの。
上から落ちてきたんじゃないの?
ここ最上階よ、それに落ちてたんじゃなくてちゃんと洗濯バサミで干してあったの、しかも私はブラの真ん中を挟むタイプだけど、その緑のブラはホックを挟んでた。
うーんそれじゃあ、、人差し指を顎に当てながら上を見上げて考えるみよちゃんはフォカッチャかライスどちらにするか悩んでいるよう。
引っ越し祝いじゃない?
私はため息をつきながら自分のグラスに赤を注いだ。みよちゃんをチラ見すると頷いたのでそちらのグラスにも注ぐ。

みよちゃんはこめかみとほっぺの間をかきながら、
どんどんって?と聞いてきた。
次の日はベージュのTシャツ、次の日はグレーの長い靴下。
苦しいコーデね。
みよちゃんのほっぺのかいたところが赤い。はだけたワンピースから白い足がのぞいていて色っぽい。
次の日はジョウロ、今度は青。
ちょっとベランダ見せてよ。そう聞こえ終わった頃にはカーテンがみよちゃんの手によってシャッという音を発していた。暗いベランダ。遠くに黒い海と港と灯台が見える。

滲み_open the curtain

さすがにこわくなってきた。みよちゃんはそう言いながらも窓を開けてベランダに出る。モワッという湿気が部屋に入ってくる。
誰か住んでるんじゃない?
やめてよ!さすがに私も声を張る。ベランダの室外機がウーーンと低音を響かせている。みよちゃんが室外機の裏や屋上の方や手すりなどを念入りに観察する。ゆっくりと振り返るみよちゃんが半身だけベランダに出ている私に疑問な顔を浮かべながら問う。

その、ブラやジョウロはどうしたの? 
フリマアプリで売った。
は?どんな度胸?だれが買ったの?
携帯の画面をみよちゃんに見せる。暗い中みよちゃんの顔だけが照らされている。時刻は2:30。
私も今気がついて鳥肌が立った。
全部同じ人が買ってるじゃん。

残ったワインも開けっ放しのまま、同じベッドの中で早く忘れようと2人で縮こまっているが、妙に室外機の音が気になり寝付けない。気のせい気のせいと言ってくれるみよちゃんはあまり怖がっていなそうだが、打って変わって引っ越しを促してくる。
明日管理人さんに話してみる。まだ言ってなかったんかいとツッコミを入れてくれるみよちゃんに安堵を覚える。みよちゃんの息がワイン。少し疲れた香りのするみよちゃんの髪をこんな間近で見るのは初めて。背後に感じるベランダの黒さから逃れようと、2mmみよちゃんに近づく。濡れるくちびるは厚ぼったい。
まだみよちゃんに言ってなかった事があるんだ。
ん?みよちゃんがうっすら二重まぶたをひらく。
私みよちゃんの事が好きみたい。
それいま?そんなもんそんなもん。
トロンとした目で微笑んだみよちゃんはそのまま目をつむった。
広い部屋に室外機の音に混じれて雨の音が聞こえる気がする。
ベランダから誰かに見られているようだったが、私は特に気にならなかった。

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