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マパ、は言い間違いなのかわざとなのか

 エン様(子どものあだ名)がママ、パパと言うようになった。
 少し前までママっ子で何をしていてもママママママーと連呼され、ノイローゼになるかと思った。最近はパパも大好き。ママと遊んでいるとパパ、パパ、とパパのことを気にしている。パパは東京でお仕事してるよ、と言ってもパパ、パパと言っている。そのくせパパが家に帰ってくるとママー! なんでやねん。
 ママに嫌なこと(食後に口を拭くとか、着替えとか)されるとパパを呼び、パパに嫌なことされるとママを呼ぶようになった。
 ママ限定で「マ↑マ↓」と、すんごい偉そうなイントネーションで呼びつけてくる。ここに来て座ってほしい、寝ころんでほしい、などいろいろ指図してくる。「マ↑マ↓」、「マ↑マ↓」と親を呼びつける1歳児を想像してほしい。
 台所などで手が離せない時は足元から「ママー!」と大声で叫んで自分の要望を通そうとしてくる。まじで王様エン様。

 まぁ何はともあれ、言葉でコミュニケーションを取れるようになったのは良いことだ。ただ、つい最近覚えたてほやほやの言葉なので、たまに変なことを言っている。時々「マパ」と言う。「パマ」と言うこともある。

 これはわざとなのか? 言い間違いなのか? 気になった私は言語学の本を読んでみた。

 本書では著者と研究協力者のお子さんの発言をベースに、様々な言語学のトピックスを紹介している。事例がおもしろすぎて笑いをこらえきれなかった。3,4歳児になり語彙が増えてきたころにおもしろい発言が多数飛び出すようなので、1歳児を育てている私からするとこれからがとても楽しみになった。

●マパ、パマは音位転換の可能性

 自分が小さい時、こう言った記憶はないだろうか。
「とうもころし」
 あるあるー! 「とうもろこし」が言えなくて「とうもころし」になってた。あと私は「たかしまや」が言えなくて「たかしやま」になっていた。「ふんいき」が「ふいんき」とか。
 こういった、文字が1つひっくり返ってしまうことを音位転換というらしい。なぜ音位転換が起こってしまうのか、仮説の1つとして「口の動き的に言いやすい方に流されてしまう」というものがあるようだ。とうもろこしの「ろこし」よりは「ころし」、高島屋の「まや」よりは「やま」、雰囲気の「んい」よりは「いん」が言いやすいような気はする。

 マパ、パマも音位転換なのだろうか。だとしたら口をついて出てしまった言い間違いなのかもしれない。ただ、明らかに「ママ」、「パパ」の方が言いやすいと思うので、わざと言っている可能性もある。一方で言葉を覚えたての1歳児なので言い間違いの可能性も残る……。

●単語の範囲はどこまで?

 エン様の2大ブームはブーブーとワンワン。ママの次に言っているのがブーブーとワンワンだと思う。しかし、ブーブーが車を、ワンワンが犬を指しているかというとはっきりしない。

ブーブー:車。横から見た車も、正面から見た車も、ブーブーと認識している。電車と車は区別している。特殊な形をした働く車もブーブーとわかっている。ただ、全然関係ない(何を指しているのかわからない)ものもブーブーと言っていることがある。
ワンワン:犬、馬、牛、熊、全部ワンワン。
ブ:元はブドウのことをブと言っていた。しかしイチゴもブ、ミニトマトもブ。直径3cmほどの粒状の食べ物は全部ブらしい。

 言語学ではこのような状況を「過剰一般化/過剰拡張」というらしい。子どもは最初に意味を広く取って、大人と会話する中で少しずつ意味を縮小していくようだ(専門用語では「意味範囲の修正」というらしい)。

 過剰拡張は名詞だけでなく、動詞にも起こるらしい。

「どうしてお片付けができないの」「どうしてお約束が守れないの」と小言ばかり言っていたら、K太郎(5歳)にこう言い返されたことがありました。
「お母さんの飼い方が悪いんだよ!」

広瀬友紀『ちいさい言語学者の冒険』P.81 ※太字は筆者による

 「飼う」という動詞はペットにしか使わないが、お母さんがK太郎を飼っていることになっているw

●動詞の活用は難しい

 高校の古文の授業、四段活用、上一段活用、カ行変格活用とか懐かしい。古文は得意な人と嫌いな人がはっきりわかれるイメージだが、私は超超古文好きだった。浪人時に良い先生に当たったおかげでセンター古文は常にほぼ満点が取れた(当時)。センター古文はルールを覚えてしまえばだいたい解けるからだ。

四季の美「古典文法の動詞・形容詞・形容動詞・助動詞を解説!活用表・意味・接続を復習しよう

 古文の授業では意識的に覚えた動詞の活用だが、現代日本語でも同様に活用があり、私たちは無意識に使っている。しかし言葉を覚えたての子どもにとって動詞の活用は、高校生が初めて古文を習う時のように難しい。

「これ食べたら死む?」
「死まない?」
「ぼくなんかもう死めばいいんだ」

広瀬友紀『ちいさい言語学者の冒険』P.41

 死の活用形! この子は「死ぬ」をマ行の活用にしてしまっている。死ぬ→死む、死なない→死まない、死ねば→死めば。著者曰く、マ行の活用をする動詞は多いが、死ぬの活用(ナ行五段活用)は現代日本語で特殊であり、子どもたちは使い慣れたマ行の活用を適用しているとのこと。センター古文と似たような壁にぶち当たっていると思うといじらしい。

 さらに、動詞の活用が難しいのは英語圏でも同じらしい。中学生でぶちあたる過去形の作り方のイレギュラーパターン
 
go→went(なんでgoedじゃないねん)
sit→sat(なんでsittedじゃないねん)
hold→held(なんでholdedじゃないねん)

 これは英語圏の子どもたちも間違えるらしい。あと三単現のsを忘れるとか、Nobody likes me と言いたいところ Nobody don't like me と言ってしまうなど。どれも中学英語のよく間違えるポイントだ。英語圏の子どもたちですら中学英語と似たような壁にぶち当たっていると思うといじらしい。

●子どもは言葉を大人から学んでないのか?

 本著では多様な事例が紹介されているが、興味深いのは「大人は絶対そんな言い間違いをしない」という点だ。大人が言っていないのに子どもは言い間違える。これが示唆していることは一体何なのか?

 筆者はいくつかの研究を引用し、ジブンデミツケル、と結論付けている。

子どもはどうやら、一般化できるルールを見出すことにつながりそうな場合だけ、周囲から得られる情報を参考にしているようです。そのルールが、たとえ大人の文法としては間違っていても、等の子どもがそれでやっていけると思っている段階では、その判例となるような大人の正しい用例も、指導もスルー。ただし、新たな一般化規則が見いだせそうであれば、また大人の言葉を参考にしてみたりする。そうして自分で試行錯誤を繰り返してく。

広瀬友紀『ちいさい言語学者の冒険』P.62

 エン様のちいさい言語学者としての冒険は始まったばかり。本著を読んで、これからなかなかおもしろそうな旅路が始まるぞ、とワクワクしている。興味を持った人はぜひ読んでみてください。


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《終わり》

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