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小説置き場

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2018年9月の記事一覧

期間限定の恋草

期間限定の恋草

「恋なんて壮大な勘違いだよ」

と、あなたは言った。だから忘れるよ、今だけだよ、と。

 期間限定だった。あなたがすぐにここを去ることはわかっていたから。

「期間限定品って逃したくなくなるじゃん。そういうことだよ」

と、あなたは言う。わたしが好きになった笑顔で。残酷な人だ。わたしは小さくにらんだ。

 勘違いでもなんでもよかった。だから、わたしがいいのかダメなのかを言ってほしかった。それなのに

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奇偉な進路

奇偉な進路

 千帆が東京の専門学校に行くと言い出したのは、高2の終わりだった。

「お母さんにはめっちゃ反対されたんだけどね」

 あっけらかんと笑う千帆が眩しい。わたしは、専門に行こうかどうか迷って、結局無難な四大に進路先を決めたから。

「ナナは賢いんだから、大学行った方がいいじゃん」

と千帆は言うけど、千帆の成績はわたしとは変わらない。「一応行っておいたら」という周りの声に飲まれた選択をしてしまったよ

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最後の涼飇

最後の涼飇

「こう、夏が終わるなっていう風ってあるよね。ほら、今みたいなの」

 唐突に美月が言った。今日の気温は36度。

「何言ってんの。暑いんだけど」
「いや、暑いんだけど、そうじゃなくて。風だよ、風。風だけ秋」
「意味わかんないよ」

 美月は不服そうな顔をして、ガリガリ君をしゃくしゃくと食べる。夏の情景真っ盛りなんだけど。

「空気にさ、こう、秋の匂いが混ざるんだよ。それが風にのって、ふわっと香る。

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差添いのツバメ

差添いのツバメ

 そのツバメだけが、ずっと軒下の巣に収まっていた。

 下に落ちるフンの掃除係に任命されていた僕は、早く巣立てよな、と思っていた。親ツバメも心なしか心配しているように見える。

 巣にパンパンに収まりながら、いつまでもグズグズしているツバメ。まるで僕を見ているようで嫌な気持ちになる。僕の親もウロウロしては、あの親ツバメと同じ目をしているから。

「……でも、おまえは飛ばなきゃ置いて行かれちゃうんだ

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礼遇の幻

礼遇の幻

 その屋敷に行くと、いつだって豪華なお菓子が食べられた。そのためだけに出向いていたわけじゃなかったけれど、見たこともないお菓子が食べられるのは、ぼくのちょっとした楽しみだった。

「今日も来てくれたのね」

 アリアが微笑む。アリアはこの屋敷に住んでいる女の子で、どこかの国とのハーフだ。体が弱いため、学校には行けないのだ、とはじめて会ったときに聞いた。

「今日はね、ババロアが冷えているのよ。手作

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昧爽をもたらすメッセージ

昧爽をもたらすメッセージ

 どこかに行きたいと思っていた。だけど未成年のわたしはどこにも行けなくて、夜になるとパソコンをつける。

 デスクライトとパソコンの灯りがぼうっと部屋を照らす。ピアノの鍵盤を叩くように、キーボードを夜中打ち続けた。

 物語でなら、わたしはどこにだって行ける。笑って、泣いて、大好きな人といつまでも一緒にいられることだってできた。……それでも、少し思っている。大人に近づくたび、向こう側へ行くチケット

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寸景のマイルストーン

寸景のマイルストーン

 隠し撮りが好きだと言ったら、「やめてよ」と言われた。それでもやっぱり好きだから、懲りずにシャッター切っては、「もう!」と言われている。

 そのときにしか訪れない、一瞬の空気の揺らぎ。今にも溢れ落ちそうになっている、「好き」。そのすべてが幸せで、愛おしい。だから、僕はシャッターを切る。その場所の空気の手触りや匂いもすべて、一枚に閉じ込めるように。

「写真を見返したら記憶が呼び戻されるんだよ」

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生ひ優る花

生ひ優る花

 その懐かしい名前を見たのは、Facebookの友達申請だった。幼稚園の頃、一番仲の良かったハナちゃん。17年ぶりのネット上での再会だった。

 彼女の性は「佐藤」で、わたしの名前は「山本佳奈」。お互い、別に珍しくもない名前だ。おまけに、わたしはプロフィール写真も設定していない。よく申請してみようと思ってくれたなあ。人違いの可能性だってあったのに。

 ハナちゃんはプロフィール写真を設定していた。

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車窓の碧空

車窓の碧空

「命は巡るんやな」

 そっと大事なものを置くように、母が言った。静かな物言いとは対照的に、わたしたちを乗せたトヨタのAQUAは、青空の下を時速100kmで走っていく。わたしは、何とはなしに隣に設置された真新しいチャイルドシートに目をやる。わたしに似ているらしい小さな命が、音も立てずに眠っていた。

「諒ちゃんが生まれる前、おじさんが亡くなりはったやろ。生まれ変わりやないけど、巡るんやなあと思った

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炎節の旅立ち

炎節の旅立ち

 あの夏も暑かっただろうに、なぜだかうまく思い出せない。思い出せるのは、目が眩むような日差しと思考を奪う蝉の鳴き声。感情を浮遊させていた葬祭会場のしんとした空気と、指先の冷たさだ。

 ほとんど話したことがないクラスメイトが亡くなった。「嘘やと思った」と別のクラスメイトが言う。嘘だとしたらタチが悪すぎるけれど、嘘の方が良かった。

 同じ教室で数ヶ月過ごしただけなのに、訃報を受けてから、彼と交わし

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